言葉
人は案外やろうと思えば何でもできるものだ。
自分にはできないと思い込むことでハードルを下げ、できなかった自分を正当化する準備をしている。
根拠のない自信をもって挑戦することが成功の第一歩なのである。
「いい言葉だけどこれ言った人痴漢でつかまったんだよなぁ~」
「痴漢でつかまろうとその言葉が間違ったものになるわけではないけどね。もともと正しいかは別として」
「そう思うタイプ? 俺は犯罪者の言うことは全く聞く必要ないと思うけどな~。悪人に発言権なし」
「じゃあ聖人が犯罪者と全く同じことを言ってたとして、その言葉は聞くべきではないもの?」
「聖人の言ってることだから聞くべき」
「じゃあ犯罪者のその言葉も聞くべきだったってことね。大前提、聖人のその言葉は聞くべきものである。小前提、犯罪者は聖人と同じことを言っている。結論、犯罪者のその言葉は聞くべきものである。三段論法よ」
「それは『聖人』、『犯罪者』、『言葉』っていう要素を最小単位にしてるからであって、俺的には『聖人の言葉』、『犯罪者の言葉』が最小単位になってるんだよ。言葉はその発言者とセットになってて切り離せないもの。だから言ってることが正しいかよりも誰が言ってるかのほうが正しいと思うね」
「自己啓発ならそれでいいけど、権威主義は独裁による支配を招くわ」
「それした時点で聖人じゃなくなるから聞く必要なし」
「結局善であり続けられる者が強い言葉を持つということね」
ある日、地球で一番の聖人が神に祈った。
「飢餓がなくなりますように」
次の日、飢餓がなくなった。
またある日、地球で二番の聖人が神に祈った。
「安全な水とトイレを世界中に」
次の日、安全な水とトイレが世界中に供給された。
またまたある日、地球で三番の聖人が神に祈った。
「ジェンダー平等を」
次の日、ジェンダー平等が実現された。
ある日、地球一の悪人が神に……何も言えなかった。
世界中の刑務所で、言葉を発することができなくなる囚人が大量に発生した。
悪と名の付くあらゆるものが次第に言葉を発することができなくなり、最終的に世界の90パーセントの大人と一部の子どもが悪人だとして言葉を失った。
代わりに残り10パーセントの大人と多くの子どもは聖人だとして言葉に強力な力を持った。
発した言葉が物理法則を無視し実現する。
しかし、願ったことがなんでも実現するのをいいことに、私利私欲のために使うものが後を絶たず、聖人がどんどん悪人に変容していった。
悪人は言葉を失っていき、ついには全人類が言葉を失った。
人類は絶滅した。
「なるほど!人間でこの理論試すとこうなるのか~!」
「結局私たち神の言葉だけが善ってことね!」