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昭和6×年8月××日

 八月十日、私はいつも通り部活動に参加するために列車に乗って高校がある町へ向かった。

 その日は午後からの練習で、部活動が終わったのは夕方五時過ぎ。帰りの列車は十八時二十五分発だから、それまで友達と喋りながら時間を潰した。


 十八時十七分。一足先に友達が急行列車に乗って帰っていった。

 この急行列車が去ると、待合室にいた人たちはほとんど姿を消していた。


 少し遅れて私も改札を抜ける。

 時間ちょうどにぬるい風を纏いながらホームへ入ってきたベージュの車体に赤いラインが入った見慣れた車両に乗り込んだ。

 二両編成の列車の二号車の右側、後ろから二列目の席に座る。ほとんど乗客のいない車内で私が定位置にしている場所だった。

 今日は三列前の席におじさんが一人座っているだけのようだ。


 現代文の課題のため、読み進めていた本のページをめくる。

 村までは三駅、時間にしておよそ四十分。読み切れるといいのだけど。

 小難しい文章を目で追ううち、部活動での疲れからか私はうつらうつらと夢の世界に迷い込んでしまった。




 私はシャッター音で目を覚ました。

 半覚醒の脳裏に「乗り過ごし」の文字がふとよぎる。


 慌てて窓の外へ視線を向けるとそこはまだ見慣れた景色だった。二つ目の駅を過ぎて少し走った辺りだから、村まではあと十分くらいだろうか。

 膝から滑り落ちそうになっていた本を雑に鞄に押し込んで再び目を閉じる。

 その時。再びシャッター音が聞こえた。


 うっすらと目を開けて様子を窺うと、三列前に座っていたはずのおじさんが左側のひとつ前の列まで近付いてきていた。

 こちらの様子をチラチラと確認しながら何度もシャッターを切っている。


 その時になって、ようやく自分のスカートが何かの拍子にめくれあがっていたことに気が付いた。


 ――盗撮だ。しかもずいぶん堂々と……。


 噂では聞いたことがあったけれど、実際に目の当たりにするのは初めてだった。

 どうしよう、という思いと共に全身の血の気が引くのを感じた。


 間もなく村の駅に到着するというアナウンスが車内に流れた。

 するとおじさんはいそいそとカメラをリュックに押し込む。


 ――どうして……。まさか、私が降りるのを知ってて?

 こういう時、どうしたらいいんだろう。


 私は混乱した頭のままで鞄を握りしめた。


 いつも通りに列車は駅に停車した。

 微かに震える足で私は席を立った。

 ほとんど同じタイミングでおじさんも立ち上がる。

 心臓が止まりそうだった。


「ど、どうぞ?」


 後ろに立たれては何をされるかわからない。

 私は上ずった声でおじさんに道を譲った。

 おじさんは人のよさそうな笑顔で軽く頭を下げて歩き出した。


 改札を抜けたおじさんは外の様子をちらりと確認して、こちらへ引き返してきた。

 そのままの足取りで電気の消えた待合室に入る。陽も落ちたこの時間の待合室は、ほとんど暗闇だった。


「電気、つけましょうか」


 声を掛けながら待合室へ入る。

 この時私はおじさんをなんとかして駐在所まで連れて行こうと考えていた。それも、できるだけ自然に。相手に気付かれないように。

 イワおじさんはいつも二十時ぐらいまで駐在所にいる。駐在所までは歩いて十分くらいだろうか。その間さえ気付かれなければ。

 そう思いながら待合室の電気のスイッチに手を掛けた時、後頭部に鈍い衝撃を感じた。


「……っぐ」


 頭を抑えながら後ろを振り向く。

 今まさにおじさんがカメラを振り下ろそうとしていた。


「悪いね。僕はこんなことで捕まるわけにいかないんだ」


 あぁ、私はしくじったんだ。

 何度も何度も殴られながら、私は己の愚かさを悔いた。




 気が付くと私は底なし沼のほとりにいた。ジリジリと灼けつくような日差しに、頭痛がしてくるほどうるさいセミの声。

 家に帰ろうとしても道がわからない。自分の名前も思い出せない。

 すがるように私は遠くに見えた駅に向かった。


 駅でおじさんと話すうち、私は少しずつ記憶を取り戻していった。

 人が来ないのを良いことに、おじさんは少しずつ証拠を消していく。

 最初におじさんと出会った時におじさんが居眠りしていたのは、辺りについた血を掃除して疲れていたからだったのだろう。


 凶器になったカメラはフィルムを抜いて底なし沼に捨てられた。

 フィルムの方はユカリさんに頼んで他のゴミと一緒に燃やしてもらうようなことも言っていた。


 けれど、おじさんは甘かったのだ。

 何日も何日も駅の待合室にこもっていればすぐに噂が立つ。

 村の人たちは私の失踪におじさんが関係していることをすぐに見抜いていた。


 おじさんが駅に来ない日があったのは、そのことに勘づいたからだろう。

 恐らく、おじさんはユカリさんの家に匿われていた。けれど、ユカリさん自身も私を遺棄したことに罪悪感を覚えていたのだろう。

 結局は村の人たちに全てを話し、おじさんをおびき寄せるのに協力した。


 でも、許せないものは許せないよ。

 私はユカリさんを信じていたし、憧れていたから。

 裏切られた哀しみは憎しみになってユカリさんを同じ沼の底に引きずり込んだ。


 おじさんの方はイワおじさんと村の男の人数人に連れられてどこかへ行ったから、きっと拷問(おしおき)でも受けてるんだろうな。

 何日かしておじさんが死んだら、きっとここへ捨てられる。




 今日もまた村の人がきてユカリさんを探している。

 底なし沼と、森の中にある小さな池の両方をつつき回して。


 でもね、そう簡単に離してあげられないの。

 この(ひと)だけは、絶対に。

これにて完結となります。

最後までお付き合くださりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 昔の田舎。 それだけで、簡易的なクローズド・サークルみたいで怖く感じました。 閉じ込め切られた訳ではないのに何でだろ? と考えてみますと、 村の住民や風習、環境の全てが敵に思える怪しさが有…
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