昭和6×年8月13日
次の日、私が待合室の扇風機を独占しているとまたおじさんが駅にやってきた。
「また来たの」
「君こそ、まだいるのかい」
「私だって好きでここにいるわけじゃないよ」
ついイラッとして口調が荒くなる。
おじさんが「しまった」という顔をして黙ってしまい、気まずい沈黙が流れた。
カラカラと扇風機が回る音だけがこの狭い待合室に響く。
お互いに言葉を探していると、お昼を知らせるサイレンが村のあちこちに設置されたスピーカーから鳴り響いた。
それから間もなくして、お昼の列車がホームに停車した。珍しく降りてくる人がいる。
「朋田のおばあちゃんだ」
和服姿に風呂敷包みを背負った、腰の曲がった典型的なおばあちゃん。
月に一度、町にある病院に行っている。きっと今日がその日なのだろう。
朋田のおばあちゃんは優しいけれど、話し始めると長いから私は少し苦手だった。
足が悪いおばあちゃんがゆっくりと待合室に向かって歩いてくる。
私は場所をずれて待合室の隅に身を寄せると、おじさんに「あとは任せた!」とアイコンタクトを送った。
「……あら、イワオさんとこの」
待合室に入るなり、朋田のおばあちゃんはニコニコとおじさんに話しかけに行った。
おじさんは視線を泳がせ、救いを求めるように私を見た。
薄目で様子を伺っていた私は壁にもたれて眠ったふりをする。
「なんにもない所で退屈でしょう」
「いやいや、そんなことありませんよ。都会にいるとこういう自然が恋しくなるものですよ」
「そうかい? それにしたって見るものもない村だからねぇ……。ずっとここにいるのかい」
「明後日、彼女と一緒に町へ帰りますよ。お盆休みも終わりますから」
そうか。もうそんな時期か。
きっと今頃ユカリさんは家で荷物をまとめているのだろう。
ユカリさんのお兄さんのサトルさんは軽トラを持っているから、それで荷物を運ぶのかもしれない。
「そういえば、最近女の子がいなくなったって村で大騒ぎしてるのは知ってるかい?」
「……そうなんですか」
「十日の晩から家に帰ってないんだって」
遊びたい年頃だから同じ学校の友達の家にでも泊っているのだろう、と初めの二日ほどは少女の両親も心配していなかったのだという。
ところが待てど暮らせど娘から連絡がない。
そこで彼女と一緒にいそうな友人の家に電話をしたところ、行方不明になっていることがわかったらしい。
「それは……ご両親も気が気じゃないでしょうね」
気の毒そうに言いながらも、おじさんの視線がこちらに向けられているのがひしひしとわかった。
「早く見つかってくれるといいんだけどねぇ」
「意外なところにいるかもしれませんよ。……底なし沼とか」
おじさんは場を和ませる冗談のつもりで言ったのかもしれない。けれど、その一言で朋田のおばあちゃんの顔から一切の笑みが消えた。
「冗談でもそんなこと言うんじゃないよ」
こんなに怖い朋田のおばあちゃんを見るのは初めてだった。
朋田のおばあちゃんはおじさんを睨み付けると、迎えに来た家族の車に乗って帰っていった。