昭和6×年8月11日
ジリジリと灼けつくような日差しに、頭痛がしてくるほどうるさいセミの声。
夏という季節をこれでもかというほど思い知らされる、八月のある日。私は最寄り駅へと足を運んだ。
最寄り駅は無人駅で、止まる列車は日に三本。使う人もほとんどいない。
一人になりたい時はうってつけの場所だった。
無人駅の待合室には古びた扇風機がひとつ置かれている。
その真ん前に陣取ろうとして、おじさんが一人、壁にもたれ掛かるように座っているのに気が付いた。
待合室の角のスペースに体をピッタリと押し付け、まるで何かに追いやられたみたいだ。
おじさんは大切そうにリュックを抱きしめていびきをかいていた。
ぐっすり眠り込んでいるようで、私が扇風機のスイッチを入れても身動きひとつしなかった。
おんぼろの扇風機がカラカラ音を立てながら動き出すと、肌にまとわりついていた熱気が少しずつ流されていく。
待合室に溜まった熱気を追い出すように窓を開け、扇風機を首振りに変えた。
おじさんの髪とシャツの襟が風で揺れた。
その感覚に目を覚ましたおじさんは、大きなあくびをして二、三まばたきをする。
そしてようやく私の存在に気付いたようで目を丸くした。
「お邪魔してます」
私が先手を打って声を掛けると、おじさんはオロオロと視線を泳がせた。
この辺りでは見かけない顔だ。
「おじさん、村の人じゃないでしょ?」
「あ……ああ、昔はこの辺りに住んでいたんだよ」
「そうなの。でも、どうしてこんな所にいるの?」
町の方から帰省しに来る人はたまにいる。けれど、駅の待合室で寝ていたのはこのおじさんくらいだ。
よくよく顔を見てみると、まだ若そうな印象を受けた。三十代から四十代前半といったところだろう。白髪頭だから老けて見えただけなのかもしれない。
まあ、三十歳も五十歳も私から見れば「おじさん」なのに変わりはないんだけど。
「久しぶりに来たからね、思い出のある場所を色々回っていたんだ。歩き疲れたからここで休んでいたんだけど……どうやら居眠りしてしまったみたいだね。君は?」
「私? 私は家出」
私が適当に答えるとおじさんは面食らったような顔をした。
「本気にした? 残念ながらちょっとした事情で帰れなくなっただけですぅ」
口を尖らせて言って、その憎たらしさに我ながら笑いが止まらなくなる。
おじさんは目の前で笑い転げる女子高校生に困惑していた。
それからしばらくして、唐突に車のクラクションが鳴った。
その音を合図におじさんが立ち上がる。
「それじゃあ、迎えが来たから」
おじさんはそう言い残して待合室を出た。
その背中を追いかけて外を覗くと、スカイブルーの車が一台止まっていた。
「……ユカリさんだ」