「ハルさんとシッシーの七夕まつり」
ハルさんとシッシーの七夕まつり
闇に包まれた夜の竹林。その上には無数の星がきらめいています。わき立つ雲のようにかかる星空の帯は、きっと天の川なのでしょう。
「もうすぐ七夕さまだねえ……」
夜空を見上げながら、ハルさんはひとりごとを言いました。
次の日。
ハルさんが、色紙やこよりを用意していると、ぬっと縁側に現れたのはイノシシのシッシー。
ときどき訪ねて来てくれる、ハルさんの大切な友だちです。
「ちょうどよかった。シッシー、笹竹を一本とってきてほしいんだけどね」
「おやすいこった!」
山の方にいちもくさんにかけだしたシッシー。
まもなく、ぞろぞろ音をたてて、笹を運んできました。青々と葉がついたりっぱな笹竹です。
「こんなもんでどうだい?」
「最高だよ。どうもありがとね」
「で、ハルさん、これから何をするんだい?」
「七夕かざりを作るのさ。まあ、見ててごらんよ」
ハルさんは、まず、色紙をチョキチョキ切ると、長く鎖型につなぎはじめました。
「ほうら、輪飾り」
シッシーが頭にのせて遊んでいるうちに、ハルさんの手の中からは、みるみるいろんな飾りができました。
「これはとあみ」
「これはひしがたかざり」
「これは星かざり」
そのたびに、シッシーは、すげえ、すげえと感心するばかりです。
「そうそう、短冊にお願い事を書かなきゃね」
ハルさんが筆ペンを使うよこで、シッシーが読んで読んでとせがみます。
「シッシーが、けがや病気をしませんように」
「山の神様がこの村を平和に守ってくれますように」
「都会にいる息子や孫たちが、幸せでいてくれますように」
短冊を読み上げると、シッシーは不思議そうにハルさんを見つめて言いました。
「ハルさん、自分の願い事はないのかい?」
ちょっと間をおいてから、ハルさんは答えました。
「だってさ、シッシーが元気じゃなきゃ、あたしゃちっとも幸せじゃないし、村が平和じゃなきゃ落ち着かないし、息子や孫が不幸だったら悲しくて、ご飯ものどにとおらないよ。これがあたしのお願いだね」
シッシーはだまってうなずきました。
七夕の日。
シッシーと作った笹飾りが、ハルさんの家の軒端に飾られていました。
時おり山の方から吹いてくる夕方の風に、短冊やいろんなかざりが、さらさらと音をたててゆれています。
ハルさんは、ふと耳をすませました。
家のうらの竹林の方からも、シャラシャラと音が聞こえてくるのです。うらに回ったハルさんは思わず、あっと叫びました。いつのまにこしらえたのでしょう。
笹という笹に、七夕かざりがいっぱい飾られているではありませんか。
近くまで行くと、枝に下がった短冊には、いろんな願い事が書かれているのがわかりました。
―今年も豊作でありますように。
―この村に天災がやってきませんように。
―あらいぐまの妹が元気になりますように。
「はて?どこかで見たような字だねえ」
首をかしげながら、なおも短冊を見ていると、白い短冊に、やや右上がりの筆文字でこう書かれていました。
―ハルさんが息災でありますように。
「天狗さまだ!」
だれにも見つからないように、七夕を飾ってそそくさと帰る天狗さまのすがたが、ハルさんの頭にうかんできました。
家の軒下に、シッシーが待っていました。
「ハルさん、おいらの願い事、短冊に書いてくれないかな」
しおらしく、シッシーがたのんできます。
「いいよ。なんて書けばいいんだい?」
短冊と筆ペンを持ってくると、ハルさんは、シッシーのよこにしゃがみました。
シッシーがハルさんの耳元にささやきます。
ハルさんは思わず手をとめました。
「おいら、ハルさんにいつも会えるから幸せだけど、ハルさんは、なかなか息子や孫に会えねえもんな。
いつでも会えるといいのにな」
「ありがとね。シッシー」
短冊に涙がこぼれおちないよう、ハルさんはいっしょうけんめい、一文字一文字心をこめて書きました。
―会いたい人に、会えますように。