7・ 間違ってはいないですよ。
ゆっくりと時間が過ぎて行きます。
マリと勇者が代わるがわる豆を掻き混ぜる姿を、飽きずに見ていました。
ややあって、開発室内に様々な香りが立ち込めてきました。
さあ、誰が一番最初にやって来るのでしょうか? と、思いきや、大方の予想通り、扉を叩くリズミカルな音が響きました。
『どうぞ』
声を掛けると部屋に入って来たのは、もちろんウルちゃん……!
『っス。ロキエル様、お呼びになられた気がしたっス? 気の所為じゃないっスよね? お呼びっスよね?』
ウルちゃん眼が虚ろです。尻尾が垂れ下がり、いつもの快活さが影を潜めています。別に呼んではいませんけど『帰れ』なんて言える筈もありません。
『ウルちゃん、手が空いているなら、マリを手伝ってあげて』
『かしこまったっス!』
うわ~ウルちゃんの眼が生気を取り戻し、ランランと輝き、正に獲物を狙う肉食動物の眼です。
『失礼します。ロキエル様……お呼びでしょうか? お呼びですよね? お呼びじゃなくても、お手伝いさせて下さい』
ウルちゃんの後ろから、恐る恐るラビちゃんが顔をのぞかせ……! ラビちゃん涙目で、耳がペシャンコです。
『ほら、ラビちゃんも早く、マリを手伝って』
『かしこまりました!』
ラビちゃん一足飛びで、マリの横にピッタリと張り付きました。マリは今、ゆっくりと丁寧に、木べらで鍋の中のお豆をを掻き混ぜながら、煮ているところです。それをじっと見ていたラビちゃんに、マリが木べらを、そっと差し出します。ラビちゃんは、その木べらを、一つ小さくうなずいて、耳をピンと伸ばして受け取り、マリの動作そのままに、鍋の中のお豆を掻き混ぜ始めました。
ウルちゃんは、もちろん平鍋の中のコンフィに目が釘付けです。マリは先程から、コンフィの状態を見る事無く、炭を足したり外したり温度調節をしていましたが、ウルちゃんは直ぐにそのタイミングを見極めたようで、マリに代わって、その作業を始めました。
マリは焜炉を一歩、二歩離れて腕組みをして、二人の様子を慈愛に満ちた表情で見詰めます。
まぁ! マリのくせに生意気な!
『あの#娘__こ__#たちの働く姿は、美しいですね』
突然、私の隣の席でポツリと呟かれても、驚きもしません。魔王様ご来室です。
『あぁ、まったくだ。動きを見ていると分かる。あの二人は鍛えれば、良い戦士になるな』
マリと交代で豆を掻き混ぜていて、お役御免となった勇者が魔王様に答えると、魔王様は少々驚いた顔をして、
『そんな下らない者に、いや、下らないは言いすぎでした。戦士にさせる気はありませんが?』
『自衛手段は必須だろ? いざ、と言う時にマリを守ることもできるしな』
『私が差し上げた調理服と、あの娘たちの身体能力があれば、相手が誰であろうと、そうそう引けは取りませんよ。少なくとも#マリさんを逃がすくらい__・__#はね』
『違ぇねぇ』
勇者が両手を広げて肩をすくめて答えました。
と、その時です。
扉が荒々しく叩かれました。
勇者が椅子を蹴立てて飛び跳ねて、例の誰ぞから強請って来たミスリルソードを手にして扉に背をつけ、
『誰だ?』
底籠りのする声で訊ねます。
開発室に緊張が……走りません。
勇者は野放図なようで、危機管理能力は秀でた物がありますが、三人娘は何も気にせず調理に集中していますし、魔王様そんな娘たちを、笑みを浮かべて見つめています。私も別に気にしません。なぜなら扉の下の方から音がしたのです。つまり両手に何かを持って、足で扉をたたいたという事で、
『勇者、扉を開けてあげて』
私が平然な顔をして言うのを聞いて、勇者が怪訝な顔をしながらも、扉を開けました。
部屋に入って来たのは……。