60・ 個人的好みは色々です。
『いいですか!』
魔王様です。
良いも悪いも、誰も何とも言っていませんけど、いきなり来て、興奮し過ぎです。
『このお料理は、賄いではなく、ピザ店のサイドメニュー用の試食品ですよね、ね! ならば私にも食べる権利は当然ありますよね、ね、ね!』
あー、うるせー。
魔王としての威厳も何もあったもんじゃありません。ただの駄々っ子です。しかもマリとは視線を合わさず、私たちに向かって叫んでいやがります。とんだチキン野郎です。マリもドン引きしちゃっています。
まあ。魔王様の気持ちが分らないでも有りません。テーブルの上にはウルちゃんの作った、お肉の配合を変えた何種類ものピーマンの肉詰めがズラリと並んでおり、その様は実に壮観です。
折よくと言うか、狙いすましてと言うか、別に誘った訳でもないのですが、総料理長に料理長、酒管長も連れだってやって来やがりました。
『少しづつ、肉の種類や配合、香辛料の量を変えて作ったっス。どれが良いか試して欲しいっス』
テーブルの脇に立つ、ウルちゃんの尻尾が垂れ下がり、ゆらゆらと揺れています。不安で仕方がないといった様子です。
ウルちゃんの作ったお料理ですから、おいしいに決まっています!
みんな考える事は同じなようで、直ぐにウルちゃんを安心させてあげようと、一斉にお料理に手を伸ばそうとすると……マリがウルちゃんの肩をポンと叩くと、悠然とテーブルに着いたのです。
もの凄い威圧感です。
マリから発せられる、魔王様に比肩しうる威圧感に、みんなのお料理に伸ばす手が止まります。
そんな事は意にも介さず、マリは優雅に取り皿を引き寄せ、ピーマンの肉詰めを載せると、ほんのひと口大に切り分けた物を、じっくりと味わい、水を含んで口直しをして……あれれ、残り物の載った皿を、そっと魔王様に押し付けました。マリの残り物を嬉々として食べる魔王様、って、なんだかなぁ~。
マリが全種類を一通り食べ終えるのを見計らって、ウルちゃんが声を掛けます。
『……ど、どうスか?』
ウルちゃんの問い掛けに、マリは無言で、例のとびっきりの笑顔で答えると、私たちの方へと振り返り、
『ドレモ、ウメーゾ、トットト、クライヤガレ!』
マリの一言に、待ってましたとばかりに、みんな揃って「イタダキマス」と、唱和した途端、先を争うように、凄い勢いで食べ始めました。
ピーマンの原種なのでしょうか? 少し小さめで、細長い、肉厚の品種です。お肉の脂がしたたり落ちて、濃い緑色をより一層輝かせて、実に美味しそうです。
などと、のんびり鑑賞している場合ではありません。
さっそく私も…………うまっ!
お肉の『ブルン』とした弾力が踊り、肉厚のピーマンの『シャクッ』とした歯ごたえ。甘みのある肉汁が溢れ出し、ピーマンの苦味と相まって、複層的な味わいを醸し出します。ほんのわずかに感じるエグ味さえ、良いアクセントになっています。
『おい、ロキエル。この中から一種類だけ選ぶって言うのは、ちっとばかり難しくねえか?』
『う~ん、確かに。酒管長の仰る通りですね』
酒管長の問い掛けに、すかさず魔王様が応えました。
『何も悩む事など無い、簡単な話です。サイドメニューを腸詰の盛り合わせにすれば済む事ですわ』
『ココ様の仰る通りです』
声を揃えたのはココ様と給仕長です。この二人仲が良いやら、悪いやら。
『総料理長。私はコレが良いと思います。もう少し肉を細かくして、舌触りを滑らかにしたら如何かと』
さすが料理長。ぶれる事無く、レストランの商品として判断し、基準が明確です。
『給仕長、腸詰では無く「ピーマンノニクヅメ」はウチで取り扱わさせて頂いて宜しいですな?』
『……えぇ、まあ』
総料理長の断固たる物言いに、渋々といった様子で頷いた給仕長でした。
『ちょっと、勇者。さっきからバクバク食べてばかりいないで、人の言う事も聞いて、貴方も何か言いなさいよ』
『……ん? 俺か? そうさな、個人的好みはともかく、商品としてなら……おい、狼っ娘。これは豚七牛三位の肉の配分か?』
『……っス!?』
勇者にズバリと肉の配分を言い当てられて、ウルちゃんビックリです。
『ピーマンとの相性は、さて置き、腸詰ならコレだな。肉の配分も申し分ないし、香辛料も肉の臭みを抑えるというより、味わいに深みを加え、隠し味程度に入れた赤唐辛子も良い加減だ。酒飲みにはもう少しスパイシーな方が良いとも思うが、それはピメントオイルやマスタードを添えて、好みに任せればいいだろう』
何ですか、この男!? 意地汚く食べていただけ、と思いきや。
マリに勇者の言葉を通訳すると、マリは満面の笑みで、勇者に向けてサムズアップです。
イラッ!!