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50・ 素敵すぎます!

 

『ウルは、負けないっス!』


 ウルちゃんが尻尾を小刻みに震わせ、拳を握り締めながら、叫んだのでした。


『ウルはマリ様にも、総料理長様にも、料理長様にも、料理人の皆さんにも、負けねーっス!』


 ウルちゃんは怒りに任せて、我を忘れたかのように叫んだのですが、その顔は、今にも泣きだしてしまいそうなのを、必死になって堪えているようにしか見えません。


『ウルは、最初は、マリ様が作ってくれた美味しいお料理が食べられるから、嬉しかっただけだったんス。でも、マリ様とお料理を作っていると、とーっても楽しくて……それで、ウルの作ったお料理を、ウルはお料理なんて作った事なかったスけど『ウル、ジョウズ!』って、ウル褒められたことなんてなくて『ウメ―!』って、言ってくれて……ウル、すげー嬉しくて。だから、マリ様から、もっと一杯、お料理教わって『ニホンゴ』覚えて。ウル、馬鹿だから、うまく言えないんスけど……』


『……ウル』


 ラビちゃんが、そっと、ウルちゃんの肩に手を回しました。


『なんスか、ラビ姉。ウルはラビ姉にだって負けねーっス!』


 ウルちゃん怒鳴りながら……涙でボロボロです。


『うん、そうだね。ラビも負けないよ。頑張るんだから』


『いいから、離しやがれっス! ラビ姉なんか敵じゃないっス!』


 ウルちゃんはジタバタと暴れますが、ラビちゃんは力強く抱きしめて、決して離そうとしませんでした。


「マリサマ、ウル、ガンバルッす!」


 ウルちゃんの言の葉が、マリに痛いほど伝わったのでしょう。私に縋る手に力が、強く、強く込められました。

 すると、マリは弾かれたように総料理長の許へと向かいます。


「ふんす!」


 マリは鼻息荒く、両手の甲を向けて総料理長の目の前へと、勢いよく突き出します。

 いったい何を?


『マリハ、ガンバッタ!』


 そうです。


 マリは真珠のように綺麗な艶めく肌をしていますが、その両手は傷だらけなのです。

 あまつさえ、包丁を支える左手の人差指と中指の第一関節の所は深く削ぎ落ちていますし、串を打つ際に突いてしまったかのような刺し傷もあります。跳ねた油の所為なのでしょう、点々と火傷の痕もあり、右手首の辺りに煮えたぎったお湯でも浴びてしまったのか、ケロイド状にひきつつった火傷の痕さえあるのです。


 マリにお料理の才能が有るのは疑う余地もありません。

 しかし、その無数の傷痕は、誰よりも、何よりも、真摯に、お料理に向かい合ってきた証なのです。


『マリハ、モット、ガンバル!』


 総料理長が膝まづき、マリの差し出した手を愛おしそうに握り締めます。

 料理人の方々が皆揃って、肺の奥に溜めこんだ息を深々と吐き出すようなため息をつきながら、マリを取り囲み、


『ここまで言われりゃあ、しゃあー無いわな』

『他にやれる事もないしな』

『俺、挫けそうですけど~』


 料理長がマリの頭を撫でながら、


『この道以外我を活かす道無し、って事だ』


 皆さん、口々に仕方なしに諦めざるを得ないような事を言っていますが、その表情は一変して晴れやかな笑顔を浮かべています。


 素敵!

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