49・ 作り笑いって、難しいです。
『聞いて欲しい』
総料理長が静かな口調で語り始めました。
『マリ様の技量を目の当たりにして、肌で感じ、そして何より舌で味わった。年端のいかないお嬢さんが、私の今いる場所の遥か先を歩んでいるんだ。総料理長でございと、ふんぞり返って何十年と経つ、その間私は一体何をしていたんだろうと、果たして今からマリ様のいる場所へとたどり着くことができるのか、どんなに研鑽を積んだところで不可能なのでは……と思った。今まで積み上げて来た経歴も自信も粉々に打ち砕かれたよ。それでも私は歩みを止める事を良しとはしなかった。遥か彼方に霞んで見えるマリ様の後ろ姿を、追いかけ、今いる場所から一歩でも前へと踏み出そうと……君たちの奮起を促すために言う訳では無い。君たちがマリ様との圧倒的力量差に心を砕かれ、この道を歩み続ける事を諦めたとしても、不思議ではない。年端のいかぬお嬢さんの下目につく事を不満に思う者も、潔しとしない者も居るだろう。まだ若い君たちが新たな道を模索し、違った道を選ぶのも、それは自由だし止めるつもりも無い。それどころか是非とも応援させて欲しい、私に出来るうる限りの事はする……正直な気持ちを聞かせて欲しい』
総料理長の言葉に返事をする方は居ませんでした。
或る方は悔しそうに唇を噛みしめ、或る方は不機嫌そうに黙って床に視線を落とし、或る方は顔を手で覆い天を仰ぎ、あの料理長でさえ虚空のあらぬ一点を、じっと見詰めて押し黙っています。
#魔王城__ここ__#のレストランで働いている方々は、料理人としての腕を見込まれ、魔界中から選び抜かれた人達ですから自尊心も強いでしょうし、何より自らが選んだ道で、いずれは頂点を極めたいと、強い意志を持ちながら日々精進し、鎬を削り合っている方々なのです。その意志が無残にも断たれてしまうのではないか、と思う気持ちは察するに余りあるものがあります。
ただならぬ雰囲気に、マリが不安そうに私にしがみついてきました。
誤魔化す気はありませんでした。
総料理長の言葉を要約して、そのまま伝えます。
マリが開こうとした口を指で塞ぎ、
「マリが悪い訳では無いのよ。そして、マリが何か口出しできる、いえ、決して口出ししてはいけない事なの。一人一人が自分自身で答えを見つけなければいけない事なの」
「マリには、むずかしー事は良くわからない……おいしーお料理が好きで、作るのが好きで、みんなが「おいしー!」って言ってくれて、喜んで笑ってくれるのが、だーい好きで、だから料理人としてレストランで働くっていうのじゃダメなの? マリはそうだよ?」
マリは縋りつく様にして、私を見上げて尋ねてきました。
「ううん、駄目じゃないよ。とっても良い事よ。でもね、男の人って単純なの。だから面倒なの。誰もが一番になりたがるのよ」
「いちばん? 何ソレ?」
「何だろうね」
いえ、私には良く分かります。
マリにとって、一番は沢山あるのです。
例えば、あの海老の鬼殻焼を食べた時、ラビちゃんの塩焼きを食べた時、マリは、ひどく負けず嫌いですから「よ~し、マリもおいしーお料理、つくるぞ!」と、対抗心を剥き出しにするのですが、そこに一番とか二番とか序列の概念は全く無いのです。
「何だろうね」
私は作り笑いを浮かべて、同じ言葉を口にする事しかできませんでした。
その時です。沈黙に包まれた開発室に、雄叫びのような声を響かせたのは、
意外にも……。