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36・ 恥ずかしがり屋さん。

 

 花の香りに包まれています。


 給仕長がお連れになったメイドさんたちに囲まれているのです。


『どこでもお好きな所に掛けて下さい』


 と、テーブルに誘うと、なぜか皆一様に私に寄り添うようにして席に着いたのでした。いや、まぁ、悪い気はしないのですが。 

 メイドさんたちに尻込みして、お腹の陰に隠れてしまったマリの頭を、総料理長が優しくなでながら、


『話がそれてしまいましたが、なぜ、マリ様はブランデーソースを取り扱う事をお許し下さらないのでしょうか?』


 と、尋ねてきました。


「ねぇ、マリ。なぜブランデーソースはレストランのメニューにしてはいけないの?」


 私が尋ねると、マリはおずおずと酒管長を指差しました。

 え? どーゆー事?

 総料理長と顔を見合わせて、小首を傾げます。指差された酒管長が一番キョトンとしています。

 酒管長に事のあらましをお話しすると、


『あぁ、そういう事か。ロキエル、マリに、あの赤ワイン一樽いくら位すると思うか聞いてみねぇ』


 私がマリに通訳すると、


『ロキノ、メンダマ、トビダシチャウ、グライ、カ?』

『あぁ、ちげぇねぇ!』


 酒管長、腹を抱えて大笑いです。続けて酒管長が尋ねます。


『マリ、ブランデーは?』

『トビダシタ、メンダマ、モドンナイ、グライ、カ?』

『その通り! 請求書見た途端、ロキエルの目玉が飛び出して戻らなくなっちまう』


 酒菅長はひとしきり大笑いした後、まなじりを拭って、


『採算が取れないな。マリがどれぐらいの量を使ったのかは知らねぇが、ソースにするってこたぁ、それなりの量を使ったって事だろ?』

『なるほど、マリ様はそこまでお考えになって』


 総料理長は感慨深げに腕を組んで大きく頷きますが、マリが原価の事を気にかけていたなんて驚きです。


 それにしても、ちょっと気になる事が、

『酒管長はせっかくの極上のお酒を料理に使われ、気を悪くされたりしないのですか?』

『気を悪くする? とんでもねぇ。さっきも言ったが、煮詰めると旨味の本質が分かるし、この料理、ブランデーの香りだけじゃねぇ、鴨と相まって何ともいえない良い香りだ。俺も伊達に酒管長を名乗っちゃいねぇ、香りを嗅げばこの料理がどれほどの物か分かる。俺が取り扱っている酒でこれだけの物を作ってくれるんだ、冥利に尽きるって奴だな』


 酒管長カッケー! 好感度がますます上がってしまいます。


「マリ、酒管長がブランデーを使って美味しいお料理を作ってくれて、ありがとうだって」


 マリは極まり悪そうに、


『イタミイル!』


 と、言って、総料理長のお腹の陰に顔を引っ込めてしまいました。


『ロキエル『イタミイル』って、如何いう意味だ?』

『嫌ですわ、酒管長。『痛み入る』ですよ』

『マリは、また、随分と古臭い言葉を使うんだな。それと、何でマリは隠れているんだ?』

『マリは人見知りが激しくて、見知らぬメイドさん達と顔を合わせるのが恥ずかしいからです』

『人見知りが激しい? 俺だって一度顔を合わせただけだぞ、それなのに、あんなに懐いてくれたじゃねぇか?』

『酒管長がマリ好みの良い男だからですよ』


 私が茶化す素振りも見せずに、大真面目な顔をして言うと、


『………な!』


 酒管長は絶句して、頬を真っ赤に染めちゃいました。


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