32・ 嫉妬の炎がメラメラと。
『…………』
料理人の方々が言葉を失うのを、総料理長はニヤニヤ薄笑いを浮かべて見ています。
無理もありません。見ると聞くでは大違い。幾ら総料理長がマリの技量を力説したところで、半信半疑だったのでしょう。マリにそんな意図は露ほども無かったとはいえ、力の差をまざまざと見せつけられて、打ちのめされてしまったに違いありません。
マリのお料理を試食して、その技量の素晴らしさを十二分に理解している料理長ですら、呆然としているのですから。
その料理長が重い口を開きます。
『ロキエル様……これは何か……肉体強化の補助魔法でも発動させているのでしょうか?』
放心したようにマリを見詰めながら、私の方を振り向きもせず、独り言のように尋ねてきたのですが、他の料理人の方々が聞き耳を立てているのが、痛いほど伝わります。
『だったら、まだ救われる』
私に代わって答えたのは総料理長です。私と顔を見合わせ、肩をすくめて、ちょっと寂しそうに苦笑いです。
『世の中には我々が考え及びもつかぬ、天才が居る、と、いう事だよ』
総料理長はこの場にいる者、皆に言い聞かせるように口を開きました。私は誇らしいやら、済まないやら複雑で、返事もできずに俯いてしまいました。その拍子にココ様と眼が合いました。
『ロキちゃん、ロキちゃん、マリちゃんは何を作っているの!? ものすごーく良い香りがするんですけど!』
肉食系女子のココ様が大興奮です。
『「コンフィ」のブランデーソースです』
『「コンフィ」?』
『えぇ、鴨のモモ肉のお料理です』
『鴨のモモ肉!』
ココ様がそう言うや否や、私の目の前を緑の粒子が広がります。その粒子が渦を巻き、一本の矢のようになって、マリの許へと向かいます。
『――――ッ!』
一斉に悲鳴にも似た声なきどよめきが、あちこちから上がります。ココ様が本来のお姿で顕現するなど、非常に珍し……くもありませんね。まあ、初めて見た人が驚くのも無理ないですが。
ココ様はそんな事はお構いなしに、
「マリ、わたくしには食べる前から分かります。この素晴らしい香りのする間違いなく美味しい、鴨のモモ肉のコンフィブランデーソースは、わたくしも頂けるのですか?」
ココ様は両手のひらを胸の前で組んで、身をよじりながら、瞳を潤ませ切なそうな声で言いました。この女、あざといぐらい演技過剰です。
「もちろんで、ござい、ます。お口に合えば、幸いです」
何が、マリの琴線に触れたのでしょうか? やけにココ様には甘いというか、えこひいきがすぎるというか、いまいち納得がいきません。まさかとは思いますが精神制御系の魔法でも……いや、それならば、私には感知できない如何に高度な魔法でも、魔王様なら見抜けぬ筈がありません。何か秘訣でもあるのでしょうか?
謎すぎます。