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20・ だって、言葉が思い浮かばないのです。

  

 マリのポツリと漏らした言葉が、頭の中に響き渡りました。


 その途端、まるで魔法を掛けたかの如く、目の前のブランデーソースの輝きが増したのだから、不思議すぎます。


『すげーおいしいよ! 食べて、食べて!』


 コンフィのブランデーソースに呼びこまれ、魅入らたかのように伸ばす手が、震えます。

 フォークを添えただけで、ほろりと剥がれ落ちた肉片を口に含むと、


「すげーおいしい」


 思わず漏らした一言がこれですから、マリの語彙力の無さを責めることができません。しかしながら頭の中にはその一言しか思い浮かばなかったのです。

 二口、三口、たっぷりとソースを絡めながら、フォークを動かす手が止められません。トルティーヤを手にするのも忘れて、四口、五口、最後は手掴みで骨をしゃぶっていました。


 ふと、骨をくわえたままのマリと眼が合い、どちらからともなく、大笑いです。


 赤ワインもブランデーも木樽から、直接お味見した時に凄く美味しいとは思いましたが、マリの手にかかると、煮詰めた分だけ、その旨味が増したようですし、尚且つ、マリの技術が加わったのです。

 マリはブランデーを少量だけ掛け回しては、ソテーパンを傾け、木へらで勢いよく混ぜ合わせていました。いわゆる「モンテ」という調理技法で、ブランデーとラードを攪拌する事によって、分離する事を防ぎ乳化させ、トロミとコクのあるソースに仕上げたのです。赤ワイン煮も、そりゃあもう美味しかったのですが、ブランデーソースは格が違います。鴨の野性を完全に封じ込め、主従関係を逆転させて、ソース主体の高貴なるお料理へと変貌しているのです。同じコンフィがベースだというのに、味付け次第、合わせる食材次第で、こうも印象が変わってしまうのですから、お料理というのは不思議な物です。

 ねっとりとした重厚な味わいのソースが舌に絡みつくようなのですが、それが少しもくどく無く、お口直しのお料理や、お酒で洗い流してしまうのが惜しくて、一心不乱に食べ続けてしまいます。


 あっという間に食べ終わり、トルティーヤで残ったソースを拭って頂きます。ソースを舐めとったかのようにピッカピッカになったお皿を、マリと見せ合って、またまた大笑い。

 皆さんとワイワイ、あーでもない、こーでもないと話しながらお料理を頂くのは、とても楽しいのですが、こうして、マリと何を話すわけでもなく、ただ二人して黙々と食べているのも、何だかとても楽しくて……。


 マリと二人きりの時間が、静かに、ゆっくりと流れて行きました。


 ありきたりな表現なのでしょうか? 何だかとっても、幸せです。


 マリだってきっと……だったら、嬉しいな。

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