2・ さーて、困りました。
責任重大です。
いわゆる食卓外交ですから、些細なミスも許されません。もちろん、マリが、こと料理に関してミスなどするはずもありませんが、どんな揚げ足取りの難癖をつけられるか、分かった物ではありません。
「ロキ、マリ、どーすればいい?」
「ちょっと、待って。総料理長にお伺いするから」
うん、やっぱりマリは事態を良く分かっていないようです。
『総料理長、具体的にどのようにすれば宜しいでしょうか?』
『いや、いや、そんなに難しく考える事はございません。昨晩のマリ様の料理を、私どもで再現させて頂きたいだけですから。ロキエル様より料理の説明はあったものの、実際に作るところを、何人かで拝見させて頂ければ結構なのですが』
『責任重大ですね』
『責任? とんでもない。そんなものを感じる必要は一切ございません。職責が違います。私どもは、商品開発部によって、字の如く、開発された商品を選択する権利があり、その権利を行使したら、責は私どもにあるのですから。そもそも、あの素晴らしい料理に文句をつける様でしたら、一戦も辞さないですよ』
『分かりました。お優しいお言葉を頂戴しまして、ありがとうございます。では、マリに都合を聞いてみます』
先ほどから総料理長の、たっぷりと突き出したお腹に何度も挑みかかっては、
「お腹が、つよすぎます!」
と、言って、跳ね返されて涙目になっているマリに尋ねます。
「ねぇ、マリ。総料理長が、昨晩のお料理を作るところが見たいんだって」
「いいよー!」
「いつが良い?」
「材料あるから、いつでもいいよー!」
「分かったわ」
『総料理長。マリはいつでも良いと申しております』
『おぉ、それは有り難い。そうですね、では、明日、何人か連れてお伺いさせて頂きます』
マリに通訳してあげると、大喜びで、
『ソウリョウリチョウサマ、アシタ、オコシヤス!』
『おお! 有難うございます』
と、総料理長は満足気に執務室を後にしました。
「なあ、ロキエル」
何ですか勇者は、また面倒な事を言い出すのではないでしょうね。
「メインの肉料理はどうするんだ?」
あ! そうです。
「マリ、長期乾燥熟成の牛肉はあと何人前ぐらい残っているの?」
「う~ん、勇者さま一人分ぐらい?」
「それは、十枚分ぐらいって事?」
「そう」
「おい! まさかそれを奴等に作るところを見せて、喰わせる訳じゃないんだろうな。俺んだぞ、俺の! 俺の肉!」
「勇者は黙っていて下さい! これは魔王城の問題なのです。だいたい、勇者に食べさせるぐらいだったら、私が頂きます。それにウルちゃんの、あの愛おしそうにお肉を見詰める瞳が、私は忘れられません」
「うん、可愛かった」
ウルちゃんも、マリにだけはそんなこと言われたくないと思っていますよ。口にはしませんけど。
「マリは長期乾燥熟成の牛肉を作れるの?」
「マリはお肉屋さんじゃない!」
正論です。
私も多少の知識は有るものの、食肉専門の方が情熱を込めて、失敗を恐れず、何度でも挑戦し続け、長年のたゆまぬ努力と英知の結晶として生み出された素晴らしいお肉を、おいそれと、見よう見まねで作れるはずもありません。しかし、何と言っても昨晩のお料理の堂々たるメインですから、それ抜きにしては、事は一向に進みません。
「マリ、あの肉、俺に喰わせろよな」
「だめー! ウルに作ってあげる」
「ひでー! マリ、そりゃあねえぜ。あと少ししか残っていないなら、なおさら喰いてー!」
えーい! やかましい!
「あ゛んぎゃー!」