18・ ま、まだですか?
帰りの道順と目的地の開発室をしっかりとイメージして、
『フッ!』
右手の指先に魔素を籠めて、手首を返すと、魔法陣に描かれた魔文字がゆっくりと浮かび上がり、螺旋を描きながら、急加速して円柱状を形作ります。
「おー! すげー! きれい、きれい!」
マリ、小躍りして大はしゃぎです。
円柱が天井に達し、突き抜けた途端、外界から隔絶され亜空間に移動します。こうなれば、もう誰も追って来られませんし、酒管長も力尽くで酒を奪われたなど、沽券に係わりますから、請求支払いさえすればうるさくは言って来ませんので一安心です。
はい、開発室に着きました。ほんのニ、三秒です。
「おー! すげー! はやい、はやい!」
マリの語彙力の無さはさて置いて。
私は余り魔法に詳しくありませんので、細かい理屈は分からないのですが、転移した際に魔法陣を収束せずに部屋中に広げて展開したままにしておくと、現実空間と亜空間の狭間に存在する状態となり、実在認識が阻害され、誰にも気づかれないそうです。う~ん良く分かりませんが、まぁ、邪魔者が入って来ないという事です。念の為、内鍵を閉めてっと。
「マリ、約束よ、赤ワイン煮を作ってね」
「ロキは喰いしんぼさんね!」
マリにだけはそんなこと言われたく……いや、その通りです。赤ワイン煮を食べたいがために、後先考えずに酒菅長に凄い迷惑かけてしまって反省です。と、反省は済みましたので良しとします。
「ロキ、鴨さん何本食べる?」
「う~ん、そうですね~。ねぇ、マリ、カスレはもう残っていないのでしょ?」
「ラビが全部食べちゃった」
ラビちゃん、凄い勢いで食べてたし、ああ見えて結構大食いだし。まぁ、人の事は言えませんが。しかし副菜が無いとなると、お腹には、まだ余裕がありますから、
「三本位、いっちゃいましょう」
「わかったー!」
ん!? マリがレードルを木樽に差し込みましたが、
「ねぇ、マリ。それブランデーでしょ? 何するの?」
「これ? コンフィをソテーして、ブランデーを絡めて煮詰めて、ブランデーソースにするの」
何と! 美味そうじゃねえか!
「マリ、やっぱり、それと赤ワイン煮を二本ずつにして!」
「ロキ、やっぱり、喰いしんぼさん!」
やかましいわ!
待つ事しばし、おー、分かります。先ほどの赤ワイン煮とは、香りが段違いです。
お! マリがブランデーを並々と注いだ大き目のカップを手にしました。例の青白い炎が「ボワッ」と派手に燃え盛るフランベって奴ですね……あら? マリはブランデーを一気に注ぐのではなく、チマチマ掛け回し始めました。
「マリ、それってもっと景気よく燃え上がらせないの?」
「派手な火は危ないの。パフォーマンスとしては否定しないけど、ゆっくり鴨さんにブランデーを馴染ませながら、ね!」
なるほど、ソースにするから、揮発したアルコールを燃え上がらせないよう、ゆっくりやっても同じ事なのですね。
わ! すげーいい香りがしてきました。ブランデー特有の爽やかな果実香に、わずかに焦がした醤油のような芳ばしさが加わり、香りだけなら赤ワイン煮の更に上を行きます。
「ロキ、できたー!」
待ってました!




