第1話 秘密結社
杉琴麗奈は教室中の空気が固まったのを知ってか知らずか、大きな音を立てて椅子に座った。新米の担任が慌てて拍手を始めると皆それに続いて拍手を始める。
次の席の須藤という少年が自己紹介を始めた。俺は後ろの方の席に座る須藤の顔を見るふりをして杉琴麗奈の方をちらりと見る。彼女は平然とした顔で座っていた。
「杉琴インダストリーって分かるだろ?」
休み時間隣の席の男子と世間話をしていると、そいつは唐突にそう切り出した。
「ああ、知らない奴なんていないだろ」
「あの女、杉琴麗奈はそこの企業の一人娘なんだ」
「ま、まじか!?」
確かに、杉琴なんて名字滅多にいないが……。大企業の令嬢があんな破天荒な女だとは考えにくい。
「眉唾ものだな……」
「いいや、先生がさっき廊下で話してたんだ。なんでも中高一貫の有名私立高校を蹴ってこっちに来たとか」
進学校とは言え、なんの目的があってこの高校に……。俺はちらりと杉琴の方を見る。休み時間だというのに腕と足を組んで教室の前方をにらんでいるかのようだった。
「ま、金持ちの考えることなんて俺らにはわかんねえよな。そんなことより、加治川は部活決めたか?」
杉琴の話はそこで切り上げられ、部活の話に変わる。隣の席の仲村はハンドボール部に見学に行くらしい。誘われたが運動は柄じゃないので丁重にお断りした。
放課後。部活動の勧誘が一斉に始まる。どの部活も血眼になって部員をかき集めているようだ。俺はロボット研究会という同好会に声をかけられホイホイその後をついて行った。
「き、君! もしかして加治川創君かい!?」
文化部の部室が集まる文化部棟に案内され、二階の一室に通された。扉をくぐるや否や、メガネをかけた男に声をかけられる。
「……ええ。そうです」
高校の同好会レベルとは言え、ロボットをかじった人間なら俺のことは知っているはずだろう。むしろ俺に勧誘をしてきた学生が気付いていなかったことに驚きだが。
「そ、そうか。驚いたな。地元の中学だとは知っていたが、てっきり工業高校に進学するのかと。まあ、ゆっくりしていってくれ!君からしたら僕らのやっていることなんて子供の遊びのようかもしれないが……」
眼鏡の男は早口にそうまくし立てると、同好会の活動内容を説明し出した。なんでも、今は二足歩行のロボットの研究に取り組んでいるとか。
既知の情報を2時間ぶっ続けで聞くのは苦痛だ。釈迦に説法という言葉をこの男に送りたい。
「ごめんなさい。興味深い研究だと思いますが、少し僕とは合わないみたいです」
マシンガンのように話す部長の声を遮りそう言うと、部長は少し悲しげな顔をした。
「そうだね。君は小学5年生にして二足歩行ロボットを開発している」
部長はゆらりと席を立ち上がった。そこまで知ってて喋っていたのかこの男!!
「そして、今は戦闘ロボットの開発に力を入れてるそうじゃないか」
部長は窓際に近寄ると、地平線に沈むオレンジの太陽に目を向けた。
「ロボットの反乱。僕は陳腐なSF作品のようだが、かなり現実味のある話だと思う。もしも、もしも仮にこの世界のロボットが独自に動き出したらどうなる?その時君のロボットは……」
部長がこちらを向いた。逆光でその表情は見えない。
「柔道黒帯の芸人を7秒で叩き潰した、あのアシュラ1号はどうなると思う?」
「…………」
「君は、メカニックとしては天才だ。しかしロボット工学者としては、三流だ」
「失礼します」
俺は床に置いていたバッグを掴むと部室を後にした。足は自然とある方向に向かっていた。
「やあ、加治川君。待っていたよ」
着いたのは1年3組。つまり自分の教室。待っていたのは微笑を浮かべる少女。
「類は友を呼ぶという諺がある。実に真理をついている。私は変人だ。世界征服などどうかしている。そう、だからこそ——」
遠くから学生たちの喧騒が聞こえる。太陽がさらに深く沈み、教室に徐々に闇が侵食していく。
「私の周りの人間も皆、変人でなければならない。歓迎するよ。100年に1人の天才メカニック、加治川創君」
杉琴麗奈は笑った。
「俺の目標は完璧な戦闘ロボットを作ることだ。別に世界征服をしたいわけじゃないぞ」
俺ははっきりとそう言い切った。
「構わない。君は私を存分に利用しろ。その代わり私も君を利用させてもらうだけだ」
「悪くない」
杉琴麗奈は満足げに頷くと、俺の横を通り過ぎた。
「下校時刻まで時間がない。私たちの部室に案内する」
「部室?」
「ああ、言うなれば私たちの基地だ。秘密結社【ダークロスト】のな」
「準備がいいことで」
黒髪をなびかせる杉琴麗奈の後を追った。
杉琴麗奈
好きなもの アクシデント
嫌いなもの 退屈
大企業杉原インダストリーの令嬢。世界征服を企んでいる。