続いている 2
世界における大規模な土地やその住人と言う物理的な損失。
それらがあってもその発生した場所より遠くに居ると全く別世界の話、それこそ映画の中の話に感じてしまう。まあ、実際そうらしいけれど。
幸いと言うべきか自分の居場所は東京近郊よりも遠く、住まいも職場もありがたい事にしっかりと生きている。職場の親会社が今回の被害都市に有るところは遠方であれ嘆いて居るそうだがその心配もない。寧ろ不謹慎ながら現在仕事が今までより多く入り、給料が上がった事に関しては少し感謝すらしてしまう。それくらい遠い話に感じ……いやいい意味で影響あるから遠くないのか。
「……ん?」
等とのんびりと自販機の前で考えていると、スッと眼前に刃物が現れる。
「あの、その、動かないで」
「……はぁ」
声からして若い女の子、か。珍しいなぁと思いつつも目の前で小刻みに震える刃物に冷や汗を出す。どうやら死角になるところかは刃物と腕だけを伸ばしているようだ。
「出来るだけ乱暴な事はしたくないので、お金だけ置いていってくれたらそれで」
「いいよ」
「いいの!?」
驚きながら女の子が飛び出す。
「命によりかは安いし、これの中もそんなに入ってないからね」
そう言って飛び出してきた女の子に小銭入れを投げて渡す。
「わ、とと、えっと……失礼します?」
「どーぞ」
女の子は刃物をケースに入れリュックサックに収納すると中身を確認しだす。
「んっと、さん……いや四百、三十……八円」
「横のスリットにクオカードあるよ、使いかけだけど」
「あっほんとだ」
「いる?」
「いや、なんだか申し訳ないからお返しします」
「そお」
丁寧にファスナーを閉じて手渡しで返しに来る女の子。
「それじゃあ……人の事言えないけどこんな時間に散歩するの危ないよ?」
「君こそ刃物持ってても女の子じゃ危ないよ、なにか温かい飲む?」
「いいの?」
「いいよ」
「えっと、じゃあ温かい紅茶お願いします」
「はーい」
チャリッチャリンチャリン、ピッ、ゴトッ。
「どうぞ」
「いただきます……あっつ」
さっきまで刃物を震えながら向けてきた推定犯罪者ちゃんと、この寒空の下仲良くお茶をする……なんだろうなこの状況。
「君ってもしかして旅行者?」
「え、あ、はい」
「……地元ってもしかして」
「うん、千葉。でもテロでもう海になっちゃった」
察するにきっと旅行でこっちに遊びに来ている間にテロにあい、帰る場所を完全に失ったんだろう。そして旅行用の資金やそれ以前からの貯金を生活に充てていたが底を尽き始め今に至る……。そういった具合だろうし、ここ数年実はそう言う人は悲しい事に珍しくない。
「女の子ならこの辺仕事沢山あるんじゃない?」
「え、なにそれ……あ! うわぁ……最低」
紅茶缶を両手で包む様に持って飲んでいた女の子からとても冷めた目を向けられる。あこれ誤解されてるやつだ。
「ごめん変な意味じゃなくってさ、今あちこちで配給用の食事作る人や裁縫する人を政府が雇ってるじゃん? 女の子だからそう言う職場じゃ引く手あまたなんじゃないかなって思って」
「なんだそっちか。でもそれ、女の子だったら裁縫も料理も出来ないとダメみたいな言い方にもなるから失礼だよ」
「確かに……うぅ冷えてきた」
もう一本温かいお汁粉を買おうとして、手が止まる。
「こんな事しか言えないけど、大変だよねぇ」
「……うん」
「変な話だけど家くる?」
「は?」
解っていたけど年頃の女の子から『この人何言ってるの』という顔をされれるのは悲しい、というか何故か無性に辛くなる。
「ここにいても寒いだけだしさ。あと純粋に今日人と話してないからちょっと楽しかったのが一つ、もし自分が同じ境遇だったらと思うとっていうのが一つ。あとは……なんだろうここで置いて帰って何かあったら気分悪いなぁって言うのが一つかな」
自分の提案に驚きながらも『いいの? 』と不安げに訪ねてくる。
勿論提案しておいてやっぱりなしなんてするつもりはない。とりあえず、せめて一晩だけでも良いからこの子の安全を確保しないで数日後紙面に乗るだなんて気分が悪くなりそうだし。そう本心を告げると
「さっきあんな事してしまってごめんなさい、でも、お願いします」
と女の子はすんなりついてきた。
帰路の最中に肉まんを買って食べながら歩く事十数分、これと言って特筆する点のない住まいに帰り着く。あまりにも静かな帰り道は自分たちの肉まんを食べる音、雪を踏み歩く音、そして女の子のキャリーケースの音を響かせるだけだった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「お邪魔します……」
「どーぞ」
手を洗い部屋の隅にちょこんと座る女の子に温かいココアを淹れる。
「あ、すいません」
「いえいえ」
急にしおらしくなったなぁ、というか元々不安だったのを必死で振りきろうとしていただけなのかもしれない。
「物あんまり置いてないんだね」
「仕事終わって帰ってご飯食べて寝る、気付けばそれだけの為の住まいだからねぇ」
「お財布の中身があんなだったからてっきり……」
成程、あの時の表情はそういう意味もあったのか。
「いやこのご時世あの時間帯に全財産持って歩く人なんかそうそう居ないよ」
「だよねぇ」
大規模同時多発テロの後、陽が沈むとどれだけ栄えている場所でもスラム街を彷彿させるくらいに治安が悪くなる。特に人が多い繁華街辺りはなおさらだ。この女の子のように金品を狙った事件がよく起きる。それは元東京に近ければ近い程多いらしいが、それは自分の住む地域で起きないという訳でもない。
「でも家に入れてよかったの? えっとその」
自分を見て何て呼べばいいのか言葉に詰まらせる女の子。
「田中」
「田中さんの事だましてお金持って行っちゃうかもよ?」
「もしそういう悪い人なら自販機の時点で刺して、中身の少ない小銭入れを持って行ってるんじゃないかな」
「そうかな……」
いや知らないけど。知らないけどここは大人の余裕を見せて何も言わずにココアを啜っておこう。
「あ、そうだ田中さん。わたし浅川滝って言います」
「浅川さん」
「滝でいいよ、留めてもらうし」
「滝」
「名前だけ呼ばれると恥ずかしいんですが……」
「滝は明日からどうするの?」
「うぅん、どうしよう。怖いからなるべく考えたくはないけど、でも考えないとほんとに死んじゃうしなぁ」
「いいよ、次の住居決まるか職場見つかるまでここにいても」
「え」
突然の申し出に驚きココアをこぼしそうになる女の子、改め滝。
「事情はなんとなくだけど大体は察しがついているし、何と言うか自分も今出こそこの1LDKトイレ風呂別の部屋を借りられているけど……その前は同じような感じだったし」
自分は家の事情に巻き込まれるのが嫌で埼玉の実家から飛び出し、九州の方に来て右も左もわからない所を今の職場に救われた。そしてその職場の人のつてでこの住まいを借りる事も出来、現在普通の生活を送ることが出来ている。
「田中さんが良いなら、とても助かる……」
「良いよ」
「でもせめて、そうだなぁなにか出来る事があったらやらせて! できそうな事じゃなくても手伝うから!」
「あ、じゃあ料理できる?」
「出来るよ」
「もしよければ朝食作って欲しいです……朝弱くて」
まあ朝以外も料理が出来ない自分はいつでもコンビニ弁当なんだけど。
「うん、うん。それくらいなら全然」
「あぁ助かる……」
「こっちこそ本当に助かる……」
世界規模の絶望的なテロが起きてもこうして何とか生きている人達がたくさんいる。勿論そのしわ寄せが生き残った人達に来ているが、それでもそれだからこそ人の優しさで何とか助けられた自分が居る。
その優しさや温情は意外な事にこうやって自然と次へと続く。
何故か突然ナイアガラ級の鼻水に襲われているヒト、牛蒡野時雨煮、です。鼻栓している、柔らかティッシュで。
思った以上にかなり早い続きが投稿できました、やはり風呂場と職場はアイデアの宝庫ですね。真面目に仕事しないとですが。
今回は会話がメインになっていますが、個人的に会話って描写の手抜きに見られないかがちょっと不安なシーンですね。
それでは次も早めにガンバリマス。