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生霊 (17)

「いいの?」


 葉太の背中をさすりながら、華は幾度目かの問いを発した。

 しゃくりあげて、葉太は首を縦に振る。自慢の毛並みは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。


 華が美子の家に向かうのを見送ってからずっと、葉太は泣き続けだったそうだ。


 華が美子に別れを告げたこと。

 もう美子と会えなくなってしまうこと。


 それらすべてが実感として葉太の中に迫ってきたのだろう。

 葉太の感情を少しでも和らげようと、鈴は静かに鳴り続けている。


 華が国司のところへ行ったことは、隠してはいたものの、やはり葉太に見破られていた。美子を助けるためという華の思惑が分かるだけに、不安を押し殺して自分に与えられた役割――美子を慰めることを、約束の三日間だけは、と勤めていたのである。


 華が兼房と連携を取っていたことは、三日目つまり今日になってようやく知り、今から国司のところに行くという余鬼の言葉を聞いて、いてもたってもいられなくなったそうだ。


 嫌な予感があった、と葉太は言った。


 兼房の跡を追って家を出ていくのを引き止める美子に、葉太はためらいなく、言葉を発した。

 はなして、華を助けに行かなくちゃ、と。


 呆然とする美子を背に、葉太は兼房を追いかけていったのだった。


 美子に自分が化け物と知られてしまった。

 美子に嫌われたくない。

 美子を怖がらせたくない。


 たとえ、自分が人間にとって化け物に見えることを葉太は受け止める決意をしたとはいえ、美子には、美子にだけはそう思われたくなかった。だから葉太は、美子への説明と別離の挨拶を、華に任せたのだった。


「また来てって言ってたよ?」

「いかない」


 鼻声を震わせて葉太は言う。


「嫌ってはいないみたいだったよ?」

「いかない」


「お別れ、言わないの?」

「いかない」


「もう、会えないんだよ?」


 葉太の涙の量がさらに増えた。


 恋というやつは、人生を変える――

 気取った口調の犬神の言葉が華の頭をよぎった。

 これがそうなのか、と華は考える。自分たちの生い立ちを思えば、美子への想いが葉太にとって初恋であることは疑いようがなかった。


「なんにせよ、葉太さまのとられた行動はご立派です」

「うん」


 鈴の小さな囁きに、華はうなずいた。

 美しい毛並みが涙で濡れているのを見ると、素直に喜んでいいのか分からなくなるが、それでも葉太が美子に嫌われるのを恐れずに、自分を最優先としてくれたことが嬉しいのは事実である。


 ひとつ借りができてしまった。大きな大きな借りだ。

 いつか、葉太に全力で力を貸さなければならないだろう。


「でもさ」


 葉太の頬に顔を寄せて、華は言う。


「きっと、美子ちゃんは京に行けるよね、驚いていたもん」


 袋を開いたときの美子の反応と、その後の騒動を思いだして、華はくすくすと笑う。袋に詰まった大量の金に、腰を抜かさんばかりに驚いていた。双子の名前を、何度も何度も呼んでいた。

 双子を求めてあたりを探しはじめたので、葉太と合流した華は、もっと人目につかないところに移動しなくてはならなくなったのである。


 葉太は小さく笑ったが、すぐにまた、涙を流しはじめた。


「いいよ、ゆっくり泣いていてよ」


 華は大きく伸びをして、あおむけに寝そべった。

 空は赤く染まりかけている。


「出発は明日にしよう」


 音を立てて葉太が鼻をすすった。

 ちりんちりんと、子守唄を奏でるように、鈴の音が夕焼け空に吸い込まれていく。

とりあえず、これで二人の冒険は一区切りです。

母親に会わせてあげたいので、いつか京編も書くつもりです。

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