生霊 (13)
風が吹き荒れる中、抜き身の刀もあわせて舞い踊る。何も知らない者からすれば、中心で牙を見せてうなる狐が全ての元凶と見えるだろう。
「ま、まさか、その狐が私を……」
国司が、顔じゅうに擦り傷をつくりながら、とぎれとぎれに尋ねる。健康的に戻ったはずの顔色は、三日前に逆戻り――いや、それ以上だ。
「――呪い殺してやるって言えよ」
ただうなり声を上げるだけの葉太に、余鬼が言う。
「呪い殺してやるぞっ!」
余鬼の言葉そのままに、葉太は叫んだ。
「演技力のねえ奴」
と余鬼が嘆いた通り、台本そのままの棒読みだが、強風に怯えている男たちは、そんなことに気づく余裕もなかった。口々に悲鳴を上げて、葉太から遠ざかろうと、床を這った。
「……最後のチャンスよ、今すぐに、約束の物を持ってきなさい。でないと――」
「呪い殺してやるぞっ」
変わらない葉太の台詞。
余鬼がこれ見よがしにため息をついた。
「また変な真似をしたら、首が飛ぶわよ」
きっぱりとした華の言葉は、刀が舞い踊る状況下で、これ以上にない現実味を帯びる。
「早く! 今すぐ!」
腰が砕けてしまっているのか、動く様子のない国司に、華は声を荒げた。
脅すため、というよりは恐怖心と戦っている自分の心境を悟られないためだ。しかし、華の声の微妙な響きを感じ取るほどの冷静さを保っている男たちは、もはや存在しなかった。
何度も肯いて、這うようにして移動する国司の一挙一動を見張る華の目に、小さな人影が見えた。屋敷の入口にいる貧相な体格をしたその人物は、不格好に膨らんだ麻袋を背負っている。
兼房だ。
両手を万歳の形で高くあげ、手の甲を華達にむけている。ひじを折りたたみ、指先を背中に仰ぎ入れる。「来い」の合図である。
頼りがいがあるとはとても言えない姿だが、華の体と心が不思議と軽くなった。
泣き笑いの表情になりそうなところを、華は唇をかみしめてこらえる。
戻ってきた国司が、大きな袋を華につきだした。受け取って手にしたそれは、予想以上に重い。
結び目から覗いた中には、まばゆい光を放つ金銀と、赤茶けた丸い金属片が入っていた。まぎれもない、金の匂いだ。袋に鼻先を近づけた葉太は顔をしかめている。
「――ごまかしていないでしょうね?」
そのまま帰ろうと思ったが、駄目押しにと華が口にした言葉に、国司はびくりと震えた。図星だったようだ。
「ねえ?」
と華がたたみかけると、国司は同じくらいの大きさの風呂敷包みをもうひとつ、もってきた。
「すげえ金だな」
重たい包みを出入口まで運ぶ華の手助けをしながら、余鬼は言う。
「命をかける価値があんのかは別だけどよ」
余鬼の意見は至極もっともだったが、双子は無言で足を運ぶ。とにかく今は、一刻も早くこの場を去りたかった。
背後にいる男たちに対する恐怖心は、いまだ華の中に残っている。
とはいえ、追いかけようにも目を開けることも困難な暴風と、その中で響く、刀の打ち合う音を耳にして、追ってくる者などはいなかった。制止の声も出せずに、男たちはただ、腰を抜かし、華の行方すら見届けることはできなかった。
焦れたように貧乏ゆすりを繰り返しながら双子を待っていた兼房は、鈴の式神に取りつかれて宙を浮いている刀に驚くでもなく、「ほう」と目を細めた。
刀の根元に彫られた銘を見て、薄く笑った。
「伊信どのの作か」
完全に脱力し切っている屋敷の男たちを振り返り、意地悪い声を出す。
「国司さまほどの者が、京を追われた鍛冶師の作を持っているとは、全く意外ですなあ。確か、クズ刀を打つという話ですが」
美子の父、伊信の失脚を図ったのが、この屋敷の主であるのを知っての上での発言なのだから、強烈な皮肉である。反論する者の誰もいない屋敷内を一瞥して、兼房は悠々と背を向けた。
屋敷を出て、しばらく行った物陰で、一行はようやくひと息をついた。
荷物を降ろし、地面にへたりこんだ双子は、顔を見合わせて少し笑い、それから声をあげて泣いた。
「あーあ」と余鬼が呆れた声を出すが、そこにもはっきりと安堵の感情が込められていた。
「全く、儂がいなければどうなっていたことか」
相変わらずの口ぶりで兼房は言って、背中の重みに耐えかねたのか、足元をよろけさせて尻もちをつく。その様子を見て、いまだに宙に浮いている刀は、嬉しそうに刃先を打ち鳴らした。




