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生霊 (10)

 板張りの床に落ち着きなく座って、華は国司と対峙していた。

 一対一である。

 せわしなく鳴りつづけていた鈴の音は、華が頼みこんでおとなしくしてもらった。


 華は今、国司の屋敷にいる。

 葉太を美子に預けたその足で、華は国司のところへおもむいたのだ。

 肩に女の人が見える、と伝えるとすぐに、華は中へと招き入れられた。


「さて――」


 縮こまり、正座をする華の内心に気づいているのかいないのか、ゆったりとした口調で国司は言う。前かがみに、華の表情を覗き見る。


「面白いことを言ったそうだな、女の顔が私の肩に見えると」


 覚悟を決めろ――

 手首を、今は沈黙した鈴ごと押さえて、華はうなずいた。


「仮に、本当にそれが見えるとして、お嬢ちゃん、あんたはどうするつもりだ」

「……辛くない?」


 震える声だった。一度、咳払いをして、華は国司をまっすぐに見る。


「あたしだったら、女の人を消してあげられるよ。こう見えても、陰陽師なんだから」

「ふん、そういえば、昨日くっついてきた妙な男も、陰陽師を自称していたな。末世になるとそういう輩が増えてくるのか?」

「知らない。でもあたしは本物よ」


 動揺を隠して、華はすっとぼける。

 何のしがらみもない、単なる異邦人でいたほうがいいという、余鬼からの忠告だ。確かに、すでに胡散臭い目を向けられているだろう兼房とのつながりを知られることが、良い方向に働くことはありえない。


「偽物もそういうがな」

 と呟き、国司は思案気に華を見る。


「女、というのは、どんな顔をしている? 見たことがある奴か?」

「あんまりはっきりとは見えないから――でも、若い人に見えるわ」


 国司は黙った。記憶を探るように、目を宙に泳がせる。辛い目にあわせた女の人が、美子以外にも大勢いるにちがいなかった。これなら美子との関係を疑われずにすむかもしれない。


「仮に私に女がとりついていたとして、それを解決する見返りは何だ? 何が欲しい? 金か?」


 華は小さくうなずいて、上目遣いに国司を見た。


「こくしさんの持っているお金の半分」


 国司は眉をかすかに動かし、おかしそうに笑った。


「また大きく出たなあ。子供にはそんな駆け引きはまだ早いぞ」

「じゃあ帰る」


 大袈裟なそぶりで立ちあがって、国司の様子を見た華の表情が凍りついた。自分を見上げるその目が、鋭い光を帯びていた。

 犯人の見当もつかないほど、多くの人間から恨みを買っている――なるほど、こういうことか。子供相手という演技をはがした国司の本性が、その視線にはっきりと現れていた。


「まけてくれ」


 低い声で国司は言う。

 冗談じみた口調だが、奥底にある暗いもの、鋭いものを感じ取ることは容易だった。


「じゃあ、その半分」


 内心の恐怖を抑えこみながら、華はできるだけ無造作に返し、国司の表情の変化を見る。


 森の中で見た無数のこの世のものならぬ藁人形の群れ――


 記憶を探るだけでも、背筋に寒気が走ってくるほどなのだから、直接その呪いを向けられた相手はかなり参っているはずだ。よほどのことがない限り、華を手ばなすことはないだろう。

 それが限りなく頼りない人物であっても。


 しばしのにらみ合いの後、国司は笑い出した。軽く太ももを叩きながら、目を細めて華を見やる。


「よし分かった。交渉成立だ。そうだ、お前のいうとおり、私は妙な女にとりつかれているようでな。だが、果たして誰が自分を恨んでいるのか、といったところで思い当たる節は数知れず――手の打ちようもなく、さすがに弱っている」


 共犯者めいた笑みを見せてくるが、華には笑う余裕もない。


「上手いこと退治したら、要求どおり私の財産の四分の一を報酬としよう。ずいぶんと幼い陰陽師だが、どうやって退治するつもりだ?」

「お祈り。あとは魔方陣」


 口を滑らせないよう、用心しながら華は言う。


「様子を見ながら三日かけて追い払うから、三日たって、こくしさんが大丈夫だと思ったらお金をちょうだい。ただ、ひとつだけ条件があるの」

「何だ?」

「動物を殺したりしちゃ駄目だよ。お祈りに穢れがついてうまくいかないから。こくしさんだけじゃなくて、お友達も家の人もみんなよ」


 もちろん、これは葉太が再び殺されかかることがないようにである。


「分かった、厳しく伝えておこう」


 国司はじろりと華を見た。


「だが、もし失敗したときは――」

 声が一段低くなった。

「お前はもう、外には出られないぞ」


 華は小さくうなずいた。

 

 怖い。

 確かにそれは偽りない華の気持ちだ。

 だが、逃げるつもりもないし、今となっては逃げられもしなかった。


 葉太、お願いね。

 明らかに薄くなった美子の呪いの念を確認して、華は心中で呟いた。

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