生霊 (2)
西へと延びる街道を歩き続けて、双子は小さな村についた。
まばらに田畑が広がるその光景は、双子にとって原風景のようなものだ。両親の暮らした村には、生まれおちたその一瞬しか暮らしていない双子だが、どこか懐かしい感情を呼び起こす。
あたり一面に漂う土の匂いを肺いっぱいに吸うと、先日まで嗅いでいた潮の香りが、まるで幻のように消え失せてしまう。
匂いだけで心が浮き立ってしまうのが不思議だった。
「なんだか、ご主人の御両親のお住まいになられていた場所に似ていますね」
「そうね、もっともっと美しい場所でしたけれども」
二人の気持に合わせて、式神たちも楽しそうに声を上げる。
「お父さんも元々はお米を作っていたんでしょ?」
上機嫌な華の声。
「ええ、すぐに他の人たちに生産を任せるようにはなりましたけどね」
「お父上さまはお母上さまのご協力のもと、強い種をお作りになられたのです」
手柄を誇るように、式神たちは記憶を語りはじめる。
双子の父親は、母親と暮らすようになってすぐに猟師をやめ、田の開墾に力を注いだ。
荒れ果てた、所有者のない土地を田畑に変えることで、双子の父親は財産を作り上げた。広い田畑の所有に加え、病気や気候の変化に強く実りのよい種を作ることで、収穫量を激増させたのだという。
もちろん、成功の要因が夫に常に寄り添う妻にあったことは言うまでもない。
「でけえ村だな」
背後から聞こえてくるのは、余鬼の声である。
兼房の情けない悲鳴も一緒だ。
双子からは距離をおきながらも、兼房と式神の二人組は同じ方向を歩いていた。
距離を縮めようとしないのは、兼房の抵抗か、あるいは、鈴の式神に苦手意識を持つ余鬼自身の判断か。
「こんだけでかけりゃ、中央から来る役人たちも金持ちなんだぜ。おい主人、これを逃す手はねえぜ」
びゅう、とさらに強く風を吹かせる。
背中を余鬼に思い切り押された兼房は、前に倒れた。背負った麻袋から、乾燥した赤黒い塊が転がりでる。
陽気に輝いていた二人の目が細くなった。
「ねえ、あれ――」
慌てて拾い集める兼房を指して、葉太は言う。
見上げた先にあるのは余鬼の姿だ。
「あー」
気まずそうに髪の毛をかきむしり、余鬼は言い淀んだ。
困っているということは、急に無風状態になったことからも知れる。
「お姉さんなの?」
焦れた華がずばりと問う。人魚のお姉さんの肉なのか、という意味である。
余鬼は口ごもり、それから諦めたように再び口を開いた。
「まあな、不老不死の薬なんてめったに手に入るもんじゃねえから、そのままにしておくのももったいねえだろ?」
それに、下男の奴が剥いだ肉を失敬しただけで、解体には関わったわけじゃない、と余鬼はもごもごと言い訳をする。
「許せるわけないわ!」「なんて野蛮な!」
「食べてはいないのね?」
ここぞとばかりに責め立てる鈴の音は無視して、華は問い詰めた。
華の頭に浮かぶのは、不老不死の恐ろしさをその身をもって訴えた人魚の姿だ。
毒だと、人魚は言っていた。
それが事実であるかは双子には確かめようがないが、人魚の悲痛な叫びは今も耳に強く残っている。
「まさか。そこまで見境のない奴じゃねえよ。人魚の肉がどうして不老不死の効果を持つのか、興味があるだけだよ。応用できるかもしれねえだろ?」
余鬼は急いで手を振った。
「つーかよ、主人、人魚の奴に墓を作ってやったんだ。あの若い男と一緒のところだ。地面でいいのか、なんて呟いてはいやがったけど」
「お墓……」
葉太は言って、兼房を見た。
転がりでた人魚の肉は全て拾い終わったものの、双子の視線にさらされて、兼房は居心地が悪そうにもぞもぞと体を動かしている。
土に埋めたのはそれなりに正しい判断だろう、と華は思う。
海に葬ったところで、人魚の肉は毒と知っている生き物たちが、それを口にするはずがない。であれば、最後の安住の先である死を選んだ人魚の身体はふやけ、ちぎれながら、半ば永遠に海を漂うことになるに違いなかった。
それよりは、人魚と共にいることを望んだ男と、土中で邪魔されることなく静かに眠り続けるほうが、幾分ましかもしれない。果たして、分解あるいは腐敗という名の下で、人魚が陸の生物に喰われるのかどうかは定かでないにしても。
「あいつも昔は人間の生死に深く関わる仕事をしてきたから、生きることの恐ろしさも、死ぬことの怖さも両方知ってるんだよ。どっちも怖えし、何よりも決まった運命に逆らうことが一番怖い。あいつの望みはもっと単純で、京に戻ることだけだ。金を稼ぐのもそのためなんだよな」
「戻ればいいじゃない」
余計なことばかりしていないで、という台詞はさすがに飲み込んで華は言う。
「それができりゃあ、苦労はしねえ」
余鬼は大きくため息をついた。
「主人は京でちょっと面倒なことになってんだよ。悪意を持っている奴に仕組まれて京を追い出されたから、戻るにしたって危なくってしょうがねえ。正規な手段で戻れねえ、となれば金がいるんだ」
もっとも、と余鬼は言う。
「主人が帰る覚悟を決めねえ限りはこのままだけどよ」
「大変なんだね」
葉太の言葉に、「本当だよ」と答えて余鬼は再び風を吹かせ始めた。




