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犬神(15)

「どうする?」


 取り残されて、双子は顔を見合わせ、お互いに聞かれないようにため息をついた。


「……行くしかないよ、京に」


 不安をにじませた華の声に、葉太は笑ってみせた。


「うん。今のうちに僕はたくさん喋っておかなきゃね」


 太陽の沈む方、と華は犬神の言った方角を指さした。なぜだかわからないが、その方角は匂いで分かった。他者にはまねできない芸当だが、華にとってはごく自然のことだ。


「お母さんに会って」

「おんみょうじっていうのになる?」


 分かんない、と華が答えたその声に合わせて、「ひえー」となんとも情けない悲鳴が聞こえてきた。振り返った双子の顔を、強風が叩きつけてきた。

 目を細めたその先に見えるのは、貧相な中年の男――兼房である。風に体を煽られて、よろめく足で双子に近づいてくる。


 あはっ、と葉太が笑ってしまったのも、責められる話ではない。風で膨らんだ着物は、兼房の身体を何倍にも大きく見せていたが、その一方、風ではためく衣類とはためかない生身の身体の部分、それぞれの境界をなんとも残酷に縁取っていたのだ。やせ細った体が、衣服の中で影のように浮かび上がっていた。威厳を見せるつもりなのか、口元に生やした髭は、まるで鯰のそれのように見える。


「おーい」

 風に混じって、聞き覚えのある声がした。余鬼の声である。


 よく見ると、余鬼は兼房の背中をぐいぐいと押しながら、双子のほうへやってきている。兼房の手に、和紙のヒトガタが握られているのを見て、双子は微笑んだ。


「おれも一緒に行くぜ。というか、お前らについて行かせる」

「主人を?」


「そうだ、主人をだ」

 得意げな余鬼の声と態度。

「もう何されたって怖くねえからな」


 もう一度双子は笑顔を見せて、それから西へ歩きはじめた。


「あたしたちは、京に行くんだ。何でもあるんだって」

「おうよ、何でもあったぜ」


 叫び続ける兼房の声に混ざって、余鬼の元気な声が聞こえてくる。


「お前らは何にも知らねえから、おれがついて行って教えてやるよ――華、お前を主人よりも強力な陰陽師にしなきゃなんねえからな」


 山の奥で、力強い遠吠えが聞こえた。


 兼房を押し続ける風が一瞬弱まったのを音で感じて、双子は笑いながら駆けだした。

 双子の動きに合わせて鈴が弾んで、高い澄んだ音を響かせる。

ここで犬神の章は完結です。

次回からは新たな物の怪が登場します。

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