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嘘つきの魔女と黒猫

作者: 文代 呉波

 ハロウィーンの日だった。街は仮装をした人たちでにぎわい、いつにも増して活気にあふれている。私も例に漏れず、数人の友達と仮装をして街を練り歩いていた。憧れの魔女の仮装に身を包み、私が私でなくなっているようだった。

 両目が隠れるくらいぶかぶかで、先の折れ曲がったとんがり帽子に、これまたサイズの大きいローブ。師匠に憧れた見習いの少女ともとれる姿だが、手に持っているごつごつとした杖が高貴さを物語っている。

 街はオレンジや紫で彩られており、うまく雰囲気に溶け込めているようだ。一日限りで立っている屋台にも、ジャック・オー・ランタンをかたどったカゴが吊り下げられ、中にはチョコレートや飴が入っている。私たちはそこで買い物をしたり、時には小さい子にお菓子をあげたりして楽しんでいた。


 夢と現実との狭間のような時間は、すぐに終わってしまう。日の光が赤く変わってきたころ、人混みはしだいに少なくなり始めた。もうこんな時間になってしまったのかと、驚きと寂しさを感じながら、私たちは解散した。店じまいの最中に吹く冷たい風が、冬を予感させる。

 私は、大きな買い物袋を結びつけた杖をつきながら、夕日の方へ向かっていた。大通りから路地に曲がるときに、前の方で声がした。なかなか渋い声だった。

「そこのお嬢ちゃん、ちょっといいかい」

 立ち止まって目を凝らしても、建物に遮られて薄暗い道には人がいない。聞こえなかった振りをして、また歩き出すと、また聞こえた。

「お嬢ちゃん、まさか見えてないのかい?」

 見回しても、やはり誰もいない。コンクリート造りの建物と、民家と、塀があり、そこに黒猫がちんまり座っているくらいだ。

「こんなに堂々といるのに、まさか見えてないなんてことはないだろう、なあ」

 その声は、黒猫の辺りからするように聞こえた。

「――猫ちゃん?」

 気が抜けてしまった声に、凛とした声で返事がくる。

「まだお祭り気分か?――まあいいが」

 黒猫は一呼吸おいた。

「ちょっとついてきてくれ。わけは後で話す」

 実際には初めて聞くような台詞に困惑と背徳感を抱きながら、私は黙って首を縦に振った。それを見ると、黒猫は微笑して、前に向き直った。私の方を振り返ることなく、すたすたと歩いていく。呆気にとられていた私は、急いで黒猫の後をついていった。

 細い路地を歩く。大通りとは対照的な、閑散とした住宅街。風が鳴る音、木の葉が擦れる音、道を踏む音が、そのまま耳に伝わってくる。

 黒猫は路地をすいすい歩く。私が通れなさそうな道を避けて、迂回している風にも見えるし、わざと曲がる回数を増やして、道を覚えられないようにしている風にも見える。生憎記憶力はそこまで高い方ではないので、早々に道筋を覚えるのは諦めた。


 いくらか経ったとき、曲がるたびに重々しい雰囲気を感じ始めた。黒猫が歩を止めたのは、神社の前だった。人の話し声が聞こえる。それも大勢だ。こんなところに、どうして人が集まっているのだろうか。入口の横の石柱に、神社の名前が彫られていたようだが、相当古いのか、壊れていて読めなかった。

私はこの神社に来た覚えがない。そもそも、近くにこんな神社があるとは思っていなかった。黒猫はこちらを一瞥し、鳥居をくぐっていった。私もそれに倣って、境内に入った。

本殿の周りに、黒い服をまとった人たちと、さまざまな種類の猫がいた。井戸端会議を楽しそうにしている者もいれば、階段に座ってくつろいでいる者もいる。明らかに日常とは違う、異様な光景を目の当たりにした。精神が削れる様子を体現するように、心臓が萎縮する。ここに来てはいけなかったのだろうか、しかし、もう遅いということも悟った。

丁度いいことに、魔女の仮装をしていたので、自分だけ目立つといったことはなさそうだ。もっとも、周りの人が皆仮装をしているとは思えないのだが。


そう考えているうちに、前の方で大きな声が聞こえた。三毛猫だった。

「やあクロ、ずいぶんと遅かったじゃないか」

「主役は遅れてやってくるもんさ」

「いつから主役になったんだい?」

「生まれた時からさ。僕の人生の主役はずっと僕だ」

 クロと呼ばれた黒猫は軽快な口ぶりでおどけたが、三毛猫の方は困った様子で口を結び、小さく「六十点」と呟いた。黒猫は不服そうだ。

 一息ついて、三毛猫が話を切り出す。

「その後ろの人がクロの主人かい?」

 しれっと、黒猫が肯く。三毛猫はこちらをちらりと見ると、「そうかい、そうかい」と何かを噛みしめるように笑った。黒猫はそれに構わず話す。

「どうだ、言っただろう。まだ魔女はいるんだって」

「へえ、こりゃあ参った。まさか本当に見つけてくるなんてな。どこにいたんだい?」

「商店街の大通りさ。一般人のお祭り騒ぎに紛れてた」

 二匹の猫は、私を置いてけぼりにして話を進めている。とりあえず今の状況を聞きたいが、肝心の黒猫は喋っているし、他に訊けるような人はいない。まごまごしていると、不意に声をかけられた。振り向くと、セレブのパーティーにいるような、決して、さびれた神社には釣り合わない、赤いワンピースと黒のショールを着た女性がいた。

「あら、お困りの様子で。黒猫のご主人かしら」

「ええ、そうなんです。ここに来るのは初めてで……」

「そうなの。ずいぶん不親切な猫なのね。それなら私が教えてあげるわ」

 彼女はそう言うと、優しく語りかけるように、ゆっくりと話し始めた。


 時代は数十年前にさかのぼる。日本でのハロウィーンは、とあるテーマパークでイベントが行われたことが始まりだ。そこから、ハロウィーンの認識が世間に浸透していった。

 魔女たちは、その身分を隠して生きていた。私たちは魔女の一族だと代々伝えられていったが、それを実感できる要素がなかったのだ。しかし、魔女の存在が浸透したことで、かろうじてハロウィーンの日だけは、本来の魔女の服装をして外に出ることで、実感できるようになったという。

そこで、この日に、魔女たちで秘密裏に集会を開き、交流しようと始められたのだ。この集会は、同士を探し、結託するのも目的のようである。


「というわけなの」と締めくくり、彼女は一息ついた。

「なるほど。それならどうして、猫がついてきてるんですか?」

「猫は魔女の補佐役なの。それに、猫同士のつながりも強くてね。情報がすぐ回ってくる」

 彼女は最後に、「それでも、新しい魔女が見つかるなんて十年ぶりくらいね」と付け加えた。何かを悟っているかのように微笑んでいる。そうしているうちに、黒猫と三毛猫がこちらへ歩いてきた。

「あら、ご主人。いつの間にお知り合いに」と三毛猫が言う。

「ええ、ついさっきね。クロさん、あなた、この子になんにも教えてないの?」

黒猫はうつむき加減に「はい」と呟いた。

「そういうところはちゃんとしなさいよ」と戒めると、彼女は私の方に向いて、「それじゃあ、私たちはこの辺で」と言って去っていった。


 黒猫と二人きりになったところで、黒猫が苦々しく口を開く。

「――それで、大まかな話はあの人から聞いたんだろう」

「そうね。だいぶ話してもらった。あなたからは何かあるの?」

「そうだな。――僕はあんたが魔女じゃないって知っている」

 私はただうなずいた。

「それでだ、今日だけでいい。魔女のふりをしていてくれないか」

 黒猫は、どうかこの通り、と伸びながら座った。

「これからあくびでもするの?」と訊くと、黒猫はムッとして「精一杯の土下座だ」と答えた。


 日はもうそろそろ姿を隠しきる。まだ空に光はあるといえど、もう夜だ。帰ろうとしても、道は覚えていない。

 その後も何人かと駄弁りあい、一人佇んだりして、時間は過ぎた。

 黒猫が、「どうだい、もうそろそろ慣れてきただろう」と話しかけてきた。

「ずいぶんね。自分でも驚いてる」

「それが僕たちの常識さ。あんたの常識は変えられたかい」

「とっくに変わってるよ。そうでもしないと今頃怖くて失神してるね」

「冗談もうまくなってきたもんだ」

「点数をつけるなら何点ぐらいかな?」

「そうだな、――五十点だな」

「あなたより低いの?心外だね」

「弟子にでもしようか。眷属兼師匠というのも面白いだろう?」

「遠慮しとくわ。むしろ私が師匠になってもいいけど」


 そんな話をしているうちに、一匹の猫が近づいてきた。夜の猫は、体のほとんどがもう見えなくなっている。

「おい、クロ。聞いたぞ、新しい魔女を見つけたんだってな」

「ああ、そうさ。どうかしたか?」

「いやいや、ちょっと気になってね。それは本当に魔女なのか?って」

「そうに決まってるだろ。見て分からないのか?」

「へえ、見ただけで分かるなんて、お前の目はすごいなあ」

「もっと褒めてくれていいんだぞ」

 猫は鼻で笑うと、私の方を向いた。

「俺はすごいから分かるけどな、あんたには魔力がない。残念ながら、嘘つきはここにいる資格なんてないぞ」

「へえ、見ただけで分かるなんて、お前の目はすごいなあ」

「もっと褒めてくれていいんだぞ」

 私は、何も言えないで立っていた。言い合う二匹の猫をずっと見ていた。

「――クロ、帰ろう」

「あ?あんたが正真正銘の魔女だって分からせないといけないんだよ」

「そんなの後だってできるでしょ。今日はもうおいとましよう」

「後にはできないんだ」

「いいから」と言いながら、私は黒猫を両手で掴んだ。黒猫はじたばたと暴れているが、逃げられることはない。

「それでは、またの機会に」と言って、両手で黒猫を持ったまま鳥居をくぐり抜けた。


 帰り道は、また黒猫の先導だ。街灯の下を心持ち急いて歩く。途中で、ぽつりと、黒猫が呟いた。

「今日はありがとな」

「どういたしまして。最後の猫には多分ばれてるけど」

「一匹くらいならいいさ。多少弁が立つのが厄介だが」

「それであなたは大丈夫なの?」

「分からない。来年集まるころには、噂が皆に広まって、最悪追い出される」

「――そう。ごめんなさい」

「いいさ、いいさ。それに、僕を飼ってくれるんだろう?」

 えっ、と声が漏れる。

「そりゃあ、帰ろうって言ったら、家に帰るよなあ。それに僕がついて帰るとなったら、僕はあんたの家に行くよなあ。」

 黒猫は少しためて、大声で「そりゃあ、僕はそこに居座るしかないよなあ」と言った。なんて傲慢なやつだ。

「しょうがないなあ」と言うと、黒猫は口を横に大きく広げ、にんまりと笑った。

 その日は、黒猫を持ち帰り、なつかれてしまったから飼いたいと説得した。両親は渋々了承してくれ、私が世話役になった。もちろんペット用品は何もなかったので、明日買いに行くことにして、今日は私の部屋で一緒に寝た。

 説得できて良かった、と言うと、黒猫は、ありがとな、と答えた。


 次の日の朝、十一月の始まり。日の光が暖かく照る。起きて伸びをすると、それに合わせて黒猫が鳴く。

「おはよう、クロ」

 にゃーん、と返事が来る。――それだけだ。

「あれ?どうしたの?」

 にゃん。黒猫は優雅に歩き出す。まるで、人語を喋らないことが常識であるかのように。そこで、たった一日だけで、猫が喋るのが当たり前に変わっていたことに気づいた。夢のようではあるが、昨日の出来事が現実であることは、目の前にいる黒猫が証明している。ふっと、息だけの笑いが出た。

「そうだったなあ」と独り言を呟く。

「常識に囚われてちゃあいけないな」

 にゃーん、と黒猫が鳴く。また来年のハロウィーンの日に、突然喋ったりしてくれないだろうか。そんなことを思いながら、私は日常へと戻っていった。

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