最近の流行は勇者パーティーから追放されることらしい。が、なぜか勇者に軟禁された件。
くっころと言ってみたい人生だった。
どうやら、異世界では勇者パーティーから追放された後に大逆転する物語が人気らしい。風の噂で聞いた。
幸いにも最近は魔王なるものが現れ、我々人類と敵対しているようで、勇者が現れるのを待てば私も追放を経験できるだろう。そして、追放された後に勇者ザマァをかましてやるのだ。
……。
…………。
………………。
ゆ、勇者が現れない……。
魔王が現れてから7年だぞ!? 神は何をやっているのだ! さっさと勇者を召喚しろ! まさか、神は死んだとでも!?
この7年の間、魔王が人類に対する侵略を止める日はなかった。1日たりとも欠かしたことはない。まったく、いい迷惑だ。戦場に立たなければならない私の身にもなってくれ。
国防の要だとかわけの分からない理由で宮廷魔道士は戦場に来ない。今度王都に戻ることがあれば、ふざけた理由で魔道士を寄越さなかった貴族連中を叩き斬ってやる。
……いやまぁ、流行だからといって勇者パーティーから追放されようとしている私も私だが。というか勇者はまだか。もはや誰でもいいからこの戦場をなんとかして欲しい。
と、私の祈りが通じたのか、どこからか勇者が現れ、瞬く間に魔王軍を殲滅してしまった。
「つかぬ事をお聞きするが、貴方が勇者ですか?」
目の前の青年が勇者であろうとなかろうと、恩人であることに変わりはない。丁重にもてなさねば。
「えー、まぁ一応そのような役目になったというか……」
どこか歯切れの悪い男だった。しかし、見覚えがあるようなないような……?
「とにかく、戦場を片付けてくれたのです。なにか欲しいものがあれば、用意しますが……?」
「では、あなたを。女将軍として名高い貴方に、私のパーティーの一員になっていただきたい。……今はまだ、私一人ですが」
確かに、彼は一人でやってきた。仲間が居ればそれらを伴って戦っただろう。二人きりのパーティーとはなかなか締まらないものであるが、とにもかくにも第一条件である勇者パーティーへの加入が出来そうだ。
「勇者に比べれば非力な私でよければ、ぜひ」
「よかった。これからお願いしますね」
「ええ」
けれど、このときの私は見落としていた。
勇者パーティーを追放するのは、決まって無能な勇者であったことを。
そして、目の前に存在する男は、無能とはかけ離れた存在であったことを。
それからの私たちの旅はとても順調なものであった。
7年の間に侵略されて魔王軍の手に落ちてしまった土地も取り返すことが出来た。幾度となく襲いかかってくる魔王軍を、勇者と私の二人で撃退し続け、ついに魔王城に居るであろう魔王を滅ぼすのみとなった。
そう、私は未だに追放されていない。最終決戦を控えているにもかかわらず、だ。
「おかしい……追放のつの字も見えない……」
旅をしているうちに、仲間が現れるだろうと思っていた。私の代わりになるものが、私の上位互換とも言える存在が現れると、そう信じていた。が、現実はあまくなかった。
侵略され、蹂躙された村々に生き残りなどいるはずもなく、必然的に2人旅となってしまったのだ。浅はかだったと笑えばいい。私には、何も言い返すことが出来ない。
「あのさ、ちょっといい?」
浮かない顔をして話しかけてきたのは、もちろん勇者だ。これはもしや追放……?
「どうかしましたか?」
今は、最終決戦に備えて準備をする時間だったはずだ。魔法も使える勇者と違って、私には物理攻撃以外の手段がない。剣の手入れさえしてしまえば暇になってしまう私と、魔法の準備に追われる勇者とでは忙しさがまるで違う。それでもなお話しかけてきたということはつまり。
「(追放か……!?)」
ようやく、ようやくだ。決して短いとは言えない、されど長いとも言えない時間の2人旅も、最終決戦を目前にして追放という形で幕を閉じるのだろう。しかし。
「ここからどう逆転をすればいいのだろうか……?」
「……? なにかいいましたか?」
「ああいや、なんでもない。それで、何用ですか?」
「実は、魔王の力が想像以上に強力でね」
「ふむ。確かに、そうですね」
「このままだと勝てるかどうか怪しいんだ。正直、キミを守りながら戦うのは……厳しい」
「……なるほど」
「だからね、キミには、その……」
追放か。まぁ、予定通りではあるが、なんだ。胸に来るものがあるな。
「僕らの新居で、おとなしくして欲しいんだ」
「………………は?」
この男は何を言っている……? 新居? ぼくらの?
「じゃ、そういうことで、おとなしくしててね?」
「ちょ、まっ……」
私の言葉は届くことなく、転移魔法によりどこかへ、おそらくは新居なる場所へと飛ばされた。
「むぅ……」
想定外だ。まさか、軟禁されることになろうとは。
窓もあればベッドもある。キッチンも、風呂も、トイレも。ただ、外に出るためのドアがなかった。
窓から見えるのは王都の町並みだ。人が行き交い、魔王軍の存在など知らないとばかりに笑顔で溢れている。
不思議なことに、窓もベッドもなにもかも、壊すことが出来なかった。魔王城目前までたどり着いた私の力を持ってしても、だ。
食料は数日分保管されていた。しばらくは飢えの心配もなさそうだ。
そもそも、魔王との戦いがそれほど長引くとも思えない。仮にも勇者なのだ。ちょっと軟禁したりするおかしな男だが、実力は確かだ。
「……遅い」
飲みに行った夫の帰りを待つ婦人の気持ちが分かった気がする。することがないというのも、それはそれで困るものだ。戦わなくてもいいというのはうれしいが、落ち着かない。
というか、あれから既に1日が経とうとしている。早くここから出して欲しい。
「そもそも、軟禁する必要はなかったのでは……?」
あるいは、勇者のドジで軟禁する気はなかったとか。
「あ、よかった。ちゃんと生きてるね」
「勇者! 魔王はどうなった!? というか私を軟禁したのはなぜだ!?」
なんの前触れもなく勇者が現れた。それにしても、見た限りでは大怪我をしているということもないようだな。
「いやぁ、本当はちゃんと説明してからにしたかったんだけどね? あ、魔王はちゃんと封印してきたよ」
「……封印? 勇者は封印術も使えたのか?」
封印術。異世界ではツボだったり永久に溶けない氷の中に閉じ込めるという、伝説と言える術だ。
「いや、厳密には封印術とは違うんだ。時空間魔法を使って封印っぽいことをしただけで」
「ああ、勇者には時空間魔法があったな。この部屋もそうなのか?」
「そうだよ。王都に家を買って、時空間魔法で出入りできるようにしたんだ。この日のためにね」
そう、それだ。勇者はこの部屋を"僕らの新居"と言った。これはどういうことなんだ?
「私たちの旅は魔王を封印したことで終わっただろう? 私にも仕事というものがあるから、ここから出してほ……」
「何を言っているの? キミはここで僕と暮らすんだ。キミは外に出る必要はない。必要なものは全部僕が揃えてくるから」
「何を言って……」
「僕はキミのことが好きだ。小さいころからずっと。キミに近づく害虫は全部僕が駆除するんだ」
「小さいころから……? どういうことだ……?」
私と勇者の出会いは、あの戦場が初めてのはずだ。確かに既視感はあったが……。
「今はまだ忘れてても良い。思い出してくれればそれに越したことはないけど、僕はこれからの生活こそが大事だと思ってる。たくさん思い出を作ろうね、ユーちゃん」
「……!?」
勇者は私の名前を知っている!? 旅の間で明かしたことはない本名を……!
そしてこの日を境に、勇者である一人の男と、一人の女将軍が表の世界から姿を消した。勇者の方は時々様々な国で目撃者が現れたことから、旅を続けているのだろうと噂された。ただ、時が経つに連れ誰の子かは分からないが子供を連れて歩いている姿が確認されたことから、孤児の世話をしながらひっそりと暮らしているのだろうと思われていた。
「僕はね、ユーちゃんの周りに僕以外の男がいることが我慢ならないんだ。大丈夫、僕は勇者だから必ず幸せにできる。だから、いつまでも一緒にいようね、ユーちゃん?」
「ああ、私は幸せだとも。私はお前と暮らせて幸せだ。勇者、いや……」
勇者は生き別れた幼なじみにきまってるよな。彼のあだ名はヨーちゃん。