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賢者は死ぬと決めている  作者: 明日


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重み

作者の体調不良と仕事と仕事と仕事のせいで次話遅れてます。




 格闘技に限らず、多くの競技には体重制というものが導入されている

 体脂肪率によりその比率は大きく変わるが、基本的に体重が重い方が筋量も大きくなり、結果的に力も強くなるから、という理由による。

 故にたとえば格闘技などでは、基本的にはストロー級よりもヘビー級、軽量級よりも無差別級などの重量が大きいほうが何事も強いとされ、また花形となるのも頷けることだろう。


 そして筋肉量という観点ではなく、いわゆる『防御力』の観点からも体重が重い方が有利なものもある。

 たとえば相撲、また柔道など。重ければ投げられづらく、転がされづらい。これらもまた、動ける限りにおいては重ければ重いほどよしとされるものだろう。



 軽いものほど動かしやすく、重たいものほど動かしづらい。

 動くときに軽ければ動きやすいし、その場で止まりたければ重たい方がよい。

 そういった感覚は誰でもわかりやすいだろう。


 しかし通常、自身の体重は簡単に変えられるものではない。

 食べて太る、また動いて痩せる。時間があれば可能ではあるが、何かしらの競技の最中にそれは出来ない。

 故に先人たちは、自身の『重量』を、その瞬間瞬間でどうにかしたいと工夫を重ねてきた。

 

 それはなにもオカルトじみた話ではない。


 中国武術などにおける『震脚』。強い踏み込みにより重心を操り、また重たくなり、身体を地面に固定させて突きや蹴りなどの発射台としての身体を強固にする。

 それこそ柔道などの『自護体』なども、重心の操作で自身の身体の重さを増す技術だろう。

 また、そこまで難しく考えることもない。

 体重計に乗って屈伸をすれば、体重計の針が揺れる。その程度のこと、誰しもが経験したこともあるのだから。



 『重心の操作』。またそれによる『重さの変化』。

 それは数々の武術流派にそうとは言わずとも伝わっていて、学ぶ者であれば誰しもが大なり小なり感覚的にこなしている基本中の基本だ。


 そして大抵の武術流派の『奥義』は、基本の中にこそある。




 叫び、構え直した総一を見つめる理織。

 その顔は余裕を湛えていたが、しかし内心焦りがあった。


 乾坤一擲の打撃が逸らされた。その打撃で勝負を決めきれなかった。

 今もなお総一は立ち上がり、こちらを見て戦意を萎えさせていない。


 ならば後何発当てればいいのだろうか。そしてその間、自分は総一の攻撃を何度凌げばいいのだろうか。新鮮な感覚。

 カウンターで歪まされた右肘は、骨折や脱臼を免れてはいるものの、腱を痛めたらしい。最大の武器は通用せず、そして封印された。そんな感覚に称賛の言葉が内心溢れる。


(あと一撃……)


 まだ強い痛みはない。けれども、一度使えば痛みは強くなるし、そして人間というものは痛みに弱いものだ。慣れている理織さえ、おそらく二撃目は躊躇する。強くなった痛みに、またその行為により『痛みが起きる』と学習した身体が。


 だから、次の一撃に勝負を賭ける。

 理織もまた、構えたまま僅かに上下に揺れる。腰を少しだけ落とし、左手を前に、右手を腰だめに。見据える先にいる総一は五歩ほど離れているが、しかし『含み足』と呼ばれる技術を使えば、既に正拳突きの間合いの内にいる。



 辰美流に『水羽』と呼ばれる奥義あり。

 大仰な動作ではない。それはほんの僅かな呼吸の内に紛れるような些細な動作。

 けれどもその動作は、彼ら術者の全ての行動を人の動きの範疇から逸脱させる。


 次の攻防が最後。

 そう考えた理織は、己の使える限りの奥義を作動させる。

 足下からミシ、と音がした。




 タン、と床を蹴った音がした。

 総一は見た。その音の瞬間に、理織が目の前に現れたことを。

(速……)

 そして振るわれた左手での手刀。咄嗟に身体を沈めた総一の頭上を、超高速の刃物のような迫力で通り過ぎる。

(腕の動きは変わってないけど……)

 続けて繰り出された理織の膝蹴り。その膝を足場にして、総一は軽々と後ろへと跳ぶ。その最中に置き土産のように出した蹴りは、しかし理織の顎に当たるも微動だにさせなかった。

 総一の着地を待たずに理織が迫る。

 総一の足が床に触れる前に、下段を薙いだ理織の足。その速度までは総一の予測の範疇で、空中で身を翻し、片手をついて側転のように総一は躱した。


(……フットワークが段違い!)


 しかしやはり驚くべき変化だ、と総一は思った。

 糸子とのじゃれ合いで予測していた辰美流の『技術』。それが恐らく奥義だと思っていたその予想が的中して、しかし喜ぶことまでは出来なかった。


 理織の手刀、また蹴りを捌き、総一が縦横無尽に跳ぶ。

 手足の動きまでは変わらないまでも、その移動速度が段違いになったことで総一もカウンターを狙えなかった。



 辰美流の奥義『水羽』は、言ってしまえばただの重心の操作だ。

 自身の身体の重心を操作することにより、必要なときには軽く、また必要なときには重くなる。ただそれだけのこと。


 だがその深度は、武術に携わっていない一般人の想像を凌駕する。


 

「だっ……!!」


 攻防、というよりもそれぞれ一方的な攻()の最中、ようやく見つけた隙に全力で総一が蹴り込む。真横から肋骨を狙うような跳び蹴りじみた蹴り。通常ならば片肺が胸郭ごと潰れ、受けたものは戦闘不能になることだろう。

 しかし総一が感じたのは、筋肉の鎧。またその奥、鉄塊のように微動だにしない何か。

 足を取られそうになってすぐさま総一は引く。その勢いのままに、理織に対する頭突きも……。


(痛い!!)


 直撃。しかし、明らかに何のダメージもなく、総一は自分の額がくぼんだかのようにすら感じた。

 僅かな涙を拭うようにして後ろに跳ぶが、追うように踏み込んだ理織と身体の位置関係はほぼ変わらなかった。



 重量、というものは格闘技、また武術において無視出来ないファクターだ。


 理想的には、動くときには軽くなりたい。同じ筋量の場合、走り幅跳びは軽い方が有利というのはわかりやすい。

 今の理織はまさしくそれだ。十分の一を達成している糸子には劣るものの、70kgを超える身体は動作時には20kgもない。その状態で一足踏み込めば総一の予想を遙かに超える距離を跳び、また制動も容易で、『反射』による神速を誇る総一のフットワークに匹敵する速度で戦場を跳び回る。


 そして、軽くなれる、ということは、重くもなれる、ということで。


 理織が緩く左手を振る。

 手刀ではない、ということで総一の動作も僅かに遅れる。総一の身体は、理織に頭部へ掌を置かれるという大失態を犯した。

(やっべ)

 焦り、その腕を取ろうとする一瞬。だがその一瞬のうちに、理織の身体もまた変化する。


 ふ、と息を吐いて、理織がその左手を沈める。


 理織の『水羽』の深度。変化の速度も軽量化の度合いも糸子には劣るが、しかし既に糸子に負けないものが一つある。

 それは、重量化の倍率。



 総一は、自身の背骨からビキと嫌な音が鳴るのを聞いた。

 置かれた左手から、頭に伝わる重量が半端ではない。一瞬でも気を抜けば背骨から折れ曲がり、『畳まれて』しまうのではないかと思えるほどの重量。

 実際に、この時の理織を体重計に乗せれば、その針は2tを超えるところだろう。


 頭に鉄の塊が乗っている。

 そんな感覚に、総一の身体が自動的に反応しようとする。しかしそんな反応も、総一は懸命に押し止めた。

(突きが来るって!!)

 どちらに反応すべきか。身体は今迷わず、頭上から来る『重さ』に対応しようとしている。

 しかし総一は知っている。その動きは、その重量で押し潰そうとしているわけではない。理織の右手の握りが一度強くなり、そして肘から先がぶれるように見える。

 この左手は、単なる固定だ。動きを止めて、右の突きが当たるように。


(この不良野郎!!)


 まるで、不良の喧嘩のようだ、と何故だか総一は思った。

 誰しもが創作物で見たことがあるだろう。喧嘩自慢の不良が、相手の髪の毛を掴んでその顔面に打撃を当てるような動作を。


 まるで今はその時だ、と総一は笑いたくもなった。

 押し潰されている現状と、髪の毛で持ち上げられている創作物は違うものだが。



 やめさせろ、と総一の懸命な説得で、ようやく総一の身体が動作する。

 理織の手が届く距離、ということは自分の手も届く距離ということ。

 振り払うような総一の右手の指は、理織の目に迫る。しかし入ろうかというところで、理織が引いたためにその目の端を引っ掻くだけに留まった。

 

 二人が僅かに離れる。

 向かい合う二人の内、呼吸が乱れて揺れているのは総一のみ。




「ほんと、厄介だな」

「…………」


 総一の嘲るような言葉に、厄介なのはどちらだ、と理織は無言で笑った。

 左足に鈍い痛み。

 離れた瞬間に総一が落とした踵が理織の足の甲に直撃していた。チョークが砕けたような感触が自身の足から響いた。……これは、折れている。


 既に右肘をやられている。この足も、左足での踏み込みは一度が限度。

(確実に削がれている……)

 これは総一の狙い通りなのだろうか、と理織は感じた。


 戦闘中の興奮でも覆えぬ痛み。

 右手、利き腕での逆突きはもう一度しか難しい。

 もしもそれを凌がれたら、おそらく自分の動きは極端に鈍くなるだろう。

 いくつかの動きは制限されて、手数も減り、痛みに集中力も欠くことになる。



 しかし、やはり感じる愉悦に理織の頬はまた緩む。


 理織は自身の勝利を信じている。鍛え抜いた年月はそのまま自信となり、同年代に負けることなど想像も付かない。

 けれども、今目の前にいる男は得体が知れない。


 中学でも、高校でも、全国大会の際には多くの『強豪』とされる選手が理織の目の前に立った。

 その強豪たちを、理織は歯牙にもかけなかった。かける必要がなかった。あしらうように振り払えば、ごくごく簡単に、目の前から彼らは消えていった。


 なのに目の前にいる総一は、消えなかった。

 勝てないかもしれない、と思った唯一の相手。未だに、もしかしたら勝てないかもしれない相手。


 彼に勝てば、自分は強いのだと思える。

 自分は強いのだと胸を張って言える。



 左目の端が切れて、血が流れたらしい。

 理織の視界の端が赤く染まる。

 右肘が痛む。全力で動かせるのは一度が限度。

 左足も同様。踏み込めば顔を歪めてしまうほどの激痛。


 どの怪我も、本当ならば笑って済ませることは出来ない。失明の危機に、骨折、腱の損傷。

 だが、理織の胸中に怒りは湧かない。


「持てる何もかもを使って向かってくる。実戦ですもんね」

「……おう?」


 理織の言葉の意味が理解出来ず、総一は首を傾げて返す。

 お互いに話が通じていない、という気がする。

 だが、それでも総一もその事実に違和感はなかった。

 お互いに何かを抱えてきたのだ。この二年間、きっと。



 既に二人共が間合いの内にいる。

 しかし手を出していないという事実。見守っている高弟たちの中に戸惑いが広がる。

 理織が倒しあぐねている。その事実が、最もその戸惑いの原因になっていた。



 総一と理織。

 二人の視線が混じり合う。

 お互いに相手の一挙手一投足に神経を張り巡らせ、その動きに対応しようと準備を固める。

 忙しなかった二人の動きが止まる。

 お互いに何故だか感じた。次が最後だ、と。



(全力で打てるのは一度。だからなんだ?)


 ふと理織が内心笑う。

 一度しか打てない。失敗すれば、総一が逆転する。

 だがそれがどうした。


 辰美流の真髄は一意専心。刀は一振りで相手を殺す。

 失敗など考えるな。失敗を考えずに、迷いなく突くからこそ相手は倒れる。


 失敗などしない。逆転などされない。一度打てばそれで充分なのだから。


 俺は勝つ。勝って胸を張る。きっとこの二年間の研鑽は、そのためにしてきたのだから。




 総一は静かに、理織と呼吸を合わせる。

 吸って吐く。ごく単純なことではあるが、それを合わせることは即ち相手の分析となるのも武術だ。

(さて……あとは通せれば……)


 多くの犠牲を払った。手の甲や肋骨は折れているだろうし、また背骨もどこか痛めている。息をすると痛む。肺か、またどこかの内臓か、痛みなどの感覚はないが腹にどこか走る冷たさはきっと怪我をしているのだろうという不快感がある。


 だがまだ手足は動く。あの時とは違う。

 総一が作ろうとしていたこの状況。恐らく理織は、ほぼ確実に右の正拳突きを放ってくるだろう。そう予測出来るこの状況は、成った。


 だから、後は賭けだ。

 狙うのは、その正拳突きに対する投げでのカウンター。


 辰美理織は、攻撃の際に『重く』なる。奥義を使う前でもそうだったが、今では更に顕著だろう。そうなった理織は達人たる総一でも投げることも崩すことも出来ない。

 そして辰美理織は、移動の際に『軽く』なる。総一ならば、片手でも投げられるほどに。


 勝負は理織が正拳突きのために踏み出してから、こちらに攻撃を当てるまでの一瞬のこと。

 移動から攻撃に移るまでの一瞬。

 理織ならば、こちらが腕を取った瞬間に『重く』なってしまうかもしれない、とも思う。

 けれども元々、咋神流の投げはその狭間を狙うものだ。


 相手が反射的に防御動作を取る前に、神速の動作で相手を投げる。


(でもなぁ……丑光相手とは違うもんなぁ……)


 丑光相手ならば必中だったその動きも、辰美理織相手ならばわからない。

 相手は天才。そして自分はブランクがある。

 

 

 ……だからなんだ?



 通じ合ったように、二人が笑う。

 それからほぼ同時に、しかしたしかに理織、総一の二人が順に動いた。



(俺が勝つ)



 そう願ったのも、二人が同時に。




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いつも楽しく読ませていただき、ありがとうございます。更新を心待ちにしています。 ついでと言っては何ですが、誤字?報告です。 未だに、もしかしたら勝てないかもしれないと頭をよぎる ↓ 今だに、もしか…
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