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賢者は死ぬと決めている  作者: 明日


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54/70

できっこないをやらなくちゃ




「どうにかして総一を、次の拳道の大会に出せないものだろうか」


 放課後。いつもの生徒会室。

 その生徒会長の席に座り、肘をついて組んだ手で口元を隠した糸子の言葉に会議の出席者他三人は皆頭の上に疑問符を浮かべた。

 出席者といっても呼ばれたわけではない。

 ただいつものように集まっただけ。もしくはここにいただけ。それから、その総一を訪ねてここに来ただけ。

 そしてその総一と関わりの深い面々に、緊急で会議を開いただけで。


「総一先輩って拳道班じゃないんでしょ? じゃあ出ないんじゃないっすか?」

 糸子の言葉の本意を他二人が一瞬考えた隙に、羊谷がまず声を上げた。

「そうなんだが」

「羊谷が言った通り総一は出る幕じゃないでしょう」

「うん……」


 兎崎が重ねた言葉にも、たしかにそういう反応になるだろう、と糸子は重々しく頷く。

 たしかにそうだ。

 行われる拳道の大会というのは高校を代表しての選抜大会。もしも大会に出るとしたら、それは拳道班の中から選ばれるべきだし、そして拳道班は人員不足ということでもない。

 それが常識、というよりも道義的な話だ。

 誰が勤勉な生徒よりも、無関係で怠惰な生徒を代表に認めるというのだろか。


 それでもわざわざ、総一を出す理由でもあるのだろうか?

 皆の視線が糸子に集まり、そして糸子はどこまで話していいものかを悩みつつ口を開く。


「……みんなも知っているとおり、うちの弟が総一との試合を希望していてな」

「それは何故ですか?」

「知っているかもしれないが、二年前、うちの弟は中学生の時に全国大会で総一とやってるんだ。そのやり直しがしたいと」

「やり直し?」

 白鳥が首を傾げる。他二人と同じく、もしくは他二人以上に事情がさっぱりわからない。

 それでもどうにかして、糸子の言葉に理屈をつけようとする。多分、きっと、おそらくは。

「雪辱を果たしたいとか……でしょうか?」

「いや、弟は勝ってるんだ」

「??」


 しかし、理解しようとしたら相手に拒まれた。白鳥はそんな気がして、傾げた首をまた逆に傾げる。愛想笑いが固まったまま、次の表情が取れなかった。

 そして試合がしたいというならば、兎崎も意味がわからない。

「試合ならこの前やったと聞きましたけど」

「あれも……勝負無しになったからなぁ」

 兎崎の言葉に、うーん、と糸子は悩み、しかし悩みはそうではないと思い直す。

 理織は関係ない。試合はさせたいが、けれどもその一番重要なところは。


「いや、そうじゃなくてな。総一のほうが試合を嫌がっているんだ。それをどうにかしてやる気にさせたいんだが」


 糸子の懸命で必死な、所謂色仕掛けは無駄に終わった。

 ならば別の方策を、と考えても、そもそも自分が説得しても総一には届かないらしい。ならば別の方法で、きっと彼らならばよい考えが浮かぶのではないだろうかという希望的観測を元にした緊急会議。

 だが、結論などはすぐに出る。特にここにいる面々は、総一のことを知っている。


「あの先輩じゃ、やる気がないなら無理っしょ」


 持ってきたお菓子をかじりつつ羊谷が言う。

 兎崎もそう思う。それこそ糸子も。だから、糸子も悩んでいるのだが。

「…………」

 話し合いはすぐに沈黙へと変わる。クーラーの音が大きく聞こえる。

 糸子が言いだした動機も、そして総一が断る理由はわからないまでも、しかし皆が理解した。総一の気が変わらなければどうしようもないことで、そして総一の気を変えるのは容易なことではないのだと。



 だがそれでも糸子は総一の気を変えたい。

「……ここ数日、あいつの調子が悪かった原因は、やっぱり拳道での負けが原因らしい。少なくとも私はそう思う」

「ふ」


 噴き出すようにほんの僅かな一息笑いかけ、羊谷は兎崎を見る。

 ほうら見ろ、と勝ち誇るような顔で。それが癇に障り、睨むように兎崎は羊谷を見返した。

「丑光……その時の相手に聞いたら、負け、というか一本取られたんだな。それも学園長が助言して、更にまぐれ当たりみたいなものらしいが」

「たったそれだけで?」


 白鳥が目を丸くする。そんなもの、負けとはいわないだろう。

 拳道での勝敗は、三本勝負の二本先取で決まるらしい。ならば一本取られたというだけならば、テニスの試合中一点取られたのと何も変わらない。

 試合といえば、点数など取って取られるもの。


 糸子は頷く。たったそれだけ。そう、一昨日起きたのはたったそれだけのことだ。

「そしてその時にあいつは事故を起こしかけて……いや、それは今いいかな」

 首への踏みつけが決まるところだったらしい。だから総一は自ら組み手の相手を辞退し、それから練習も断り続けているのだと。

「ともかく、どうにもあいつは拳道の試合で負けるとそうなるらしい。二年前もそうだった」

 組んでいた手を机の上に下ろし、糸子は背もたれをギイと鳴らす。

 思い浮かべるのは、あの総一の真面目くさった顔。真面目くさっているわけではない。今とは大分違う、ただきっと純真な顔。

「二年前もうちの弟に負けて……それですっかり変わってしまった」

「何か落ち込んだりしたんすか?」

 言いながら羊谷が芋けんぴを囓る。それからがりがりと音をさせて噛み砕いた。

「いや。落ち込んでいたかは知らないんだが。人が変わっていた、というのかな。弟に負けた日に会ったあいつと、今のあいつは何というか、全然違うんだ」


 登竜学園の入学式の日に会ったときには、名前が同じだけの別人かと思った。

 同姓同名で、顔立ちが似ていて、経歴も同じような別人かと。

 だがそんな馬鹿げたことなどありはせず、それに向こうから話しかけてきたのだから間違いではない。


「一度しか会っていないが、中学校三年生のときのあいつは所謂、そう、『真面目ちゃん』だったぞ」

「想像が付きませんわ」

「見てみたいっすねー」

「だろう」

 ふふん、と糸子は誰にも気付かれないように鼻を鳴らす。一番付き合いが長い……というわけではないが、けれども一番古くから知っている仲。それを強調しようとして、少しだけ恥ずかしくなってやめた。

 羊谷は言いつつ、以前朝に自宅へと迎えに来たときの総一を思い出す。眼鏡は伊達ではあったが、その他の態度はたしかに真面目で、親も騙されていただろう。上手な演技だと思った。けれどもあれは、本当は『素』だったのだろうか。


「では、会長は、総一が拳道で弟さんに勝てば『真面目ちゃん』に戻ると?」

 読みかけの本に指を挟み、閉じてから兎崎が静かに問う。

 そもそもに、彼女としては未だ糸子が何をしたいのかわからなかった。真面目な総一。笑い話として見たくもあるが、けれどもそこに魅力は感じない。

 当然、わからないのは他二人もだ。

「いや、戻るわけではないと思うんだが……」

 

 戻したいわけではない。戻るべきとも思わない。

 糸子は彼の態度をだらしないとよく怒るが、けれどもそれが嫌なわけでもない。

 試合をさせたい本当の理由は、糸子自身わかっている。そしてそれも、言えない。


「なんというか、よくない、と思うんだよな」

「何がでしょうか?」

「あいつが拳道の試合に出たがらない理由が」


 故に適当に繕った理由。

 しかしそれも、嘘ではない。

 皆が口を閉じて糸子の言葉を待つ。無意識に。


「どうせ負けるから、って言うんだ。負けるとわかってるからやりたくないって」


 そんなことはないのに、と糸子は思う。

 たとえば柔道の寝技の応酬には、まぐれはないという。普段の練習の量、また実力が必ず出て、勝敗においてはその差は覆ることはないのだと。

 けれども、拳道は打投極絞、全てが有効。そして中でもたとえば打撃戦などは、素人と玄人の間でもまぐれの勝ち負けは充分あり得る。

 ましてや実力は伯仲していた二人。たとえ今実力差があろうとも、覆らないわけではないはずだ。それこそ総一と丑光のように。


 ぽつりとどこか悔しそうに吐き出された糸子の言葉を全員が飲み込むように反芻する。

 そして、一番最初に反応したのは。


「……なら、仕方ないんじゃないですか?」


 当然のように、兎崎が。

 この中でその感覚を誰よりも知っている少女が。


「仕方ない?」

「そうでしょう。勝負なんて、勝てば嬉しいけど負けたらつまらないものじゃない、ですか。あの総一が言うんですから、本当に勝てないんでしょ。なら、あいつはやらない」

 兎崎は運動が苦手だ。体育が苦手だ。投げればボールは狙った場所へと行かず、蹴ればボールは明後日の方に飛ぶ。走ればトラックの周回遅れ、泳げば何故か後ろ向きに進む。走り幅跳びは砂場まで届かない。

 だからやらない。

 『本当はやれるけど嫌いだからやらない』、などという負け惜しみを言う気もない。やれないから嫌いだしやらない。それは至極真っ当な理由だと思っていて、それを恥じる気もなかった。


 兎崎はなるほど、とも思う。

 たしかにこの会長にもわからないだろう。それは。


「信じられませんわね」

 そして、目の前の同級生にも。


「あの総一さんがそんなことを言うなんて信じられませんわ。それこそ、冗談では?」

「また始まったわね。『真面目ちゃん二号』が」

 兎崎はそっぽを向いて溜息をつく。勿論一号はこの場にいる最上級生その人のつもりだが。

 白鳥はその物言いにムッとする。

 ほとんど消えていた蟠り。少し前の彼女との関係がまた蘇るように。


 そして兎崎も白鳥の反応を無視し、またあの日を繰り返す。

「人間ってのはあんたが思うより大分種類があるのよ。やるやらないなんてその人によるし、出来ないからってのは立派な理由でしょ」

「そういえば兎崎さんはそういう方でしたね。でも、思い出してご覧なさい。総一さんは拳道だって強いんでしょう」

「…………」

 総一は拳道の強豪だった。だから、『出来ない』わけではないだろう。そして、勝てない、というのも勿論白鳥は信じられない。


「何かの原因で……今回は不運の失敗で自信を失っているから、というだけではないでしょうか」

 白鳥は自信を持って言う。

 あの総一が勝てない、なんてわけがない。運動はもとより、学問も芸術もそつなくこなす男子ということは知っている。そして拳道は、『そつなくこなす』程度の軽い練度でもないことを知っている。

 それでももしも本人が『勝てない』というのならば、それは本人がそう言っているだけだろう。悲観的で後ろ向きな予測、というだけの。


 それに。

「それに負けるからやらない、なんてものは間違いです。勝てない、出来ない、なんてことがあっても、練習すれば勝てるようになる。出来るようになる。出来ないことを少しずつ出来ることに変えていって、その先に進歩があるのですわ」

 鼻高々に白鳥は言う。

 自分はいつだってそうしてきた。子供の頃から、父に対し、母に対し、プロのコーチに対し『勝てない』を『勝てる』に変えてきた。

 だから今は、『勝てる』。


「会長も、そう仰りたいのでしょう?」

「あー、ああ、……うーん」

 そうだ、と糸子は言おうとした。しかし、言っていいものかと躊躇った。

 実際には、そこまでは考えていない、というのが本音だ。

 自分はただ、燻っている総一を何とかしたいだけで。


「……総一に同情するわ」


 ぽつりと兎崎が言う。

 なるほど、とようやく彼女は納得出来た。

 どうやらこの真面目ちゃん一号二号は、『そう』なのらしい。

 出来ない人間がそれを挑戦する辛さを知らない。糸子も白鳥も、何かと『出来る』人間で、そして努力すれば『出来ない』が消えていく類いの人間だったのだろう。

 無論、自分もそうだという自負はある。兎崎にとって勉強は全て『出来る』ことで、仮に何かに躓きそうでも少しだけ努力すれば『出来ない』は簡単に消えていった。

 そしてきっと、『出来ない』運動も、才能がないなりの果てしない努力すればきっと出来るようになる。それはわかる。

 だが、その努力は果てしない苦痛で、苦痛を普通は選ばない。それを真面目な二人は知らないのだろう。

 私は知っている。そこに彼我の境界線がある。


 そしてきっと総一も知っている。

 そこに兎崎は改めて、仲間意識を覚えた。


「白鳥、あんたは私に定期試験の点数で勝てる自信があるの?」

「なんですか、いきなり」

「答えなさいよ」

 

 ならば今は、ここにいない総一の味方だ。兎崎の人生にとって、有象無象の一人ではないほとんど唯一の友人の。

 白鳥は言い淀み、少しだけ唇を尖らせた。

「ありませんけど」


 兎崎はこの学園に入学してから、全ての教科の筆記試験でほぼ満点を取り続けている。それは同じ特待生である総一と変わらず、そして二年生の特待生は彼ら二人のみ。

 白鳥も勉強が出来ないわけではない。だが、兎崎と比べてしまうとどうしても霞むものだ。

 それはこの場にいる誰もが知っている。けれども、よく言うな、と白鳥は感じた。本人が言えばどうしても角が立つのに。


 兎崎もそれは感じていたが、あえて無視した。

「なんで私に勝てないの? 努力してないってこと?」

「そんな、私だって頑張って……」

「じゃあ私に勝てるわよね? 頑張ってれば出来るようになるんでしょ? 一位取ってみなさいよ。やれば出来るんだからやりなさいよ」

「…………」


 嫌み。もしくは罵倒というもの。

 兎崎とて、あえて口に出したいものではない。

 それに普段はそんなことも思わない。

 皆、出来ないのが当たり前だ。小さな時からそれは実感していて、そんなことはもう理解している。

 人には誰しも向き不向き、好き嫌い、出来ること出来ないことがあると兎崎は知っている。だからそこに口出しをする気もない。

 だが、目の前の二人が、『出来ないこと』が何でも必ず『出来る』ようになれると主張するのならば。


「『やれない』を認めない。あんたが言ったのはそういうことじゃない」

「……じゃあ兎崎さんは総一さんがそんな意気地のないことでもいいんですか?」

「それあんた自身に返ってるのわかってる?」


 言ってから、口論が始まりそうだ、と兎崎は一呼吸を深く吸って吐く。

 落ち着くべきだ。きっと、ここでは。少なくとも、自分は。

「私は、それでもいいと思うわよ。出来る出来ないとやるやらないなんて関係なくて、個人の自由でしょ。出来るからやる、出来ないからやらない、出来ないけどやりたい、出来るけどやらない、そんなの勝手にすればいいし、無理強いなんて出来ないわ」

 それに。

「私は拳道のことなんてよくわかんないわ。でも、総一が前にやってたことは知ってる。その経験者の総一が自分で『勝てない』ってんなら、それくらいの実力差があるんでしょ」


 無論、それが嘘か間違いという可能性もある。

 だが今、そう総一が口にしたということが前提になっているのならば、その言葉はそのまま受け取るべきだ、と兎崎は思う。

 それが議論で会議というものだ、と。



「……あたしは、それが本当なのかな、ってやっぱ思っちゃいますよね」

 そしてようやく、と羊谷が口を挟める隙間を見つけた。

 睨むようでもなく、無表情に兎崎が羊谷を見る。それに怯まぬよう、「へへ」と僅かに愛想笑いを浮かべて羊谷は圧力を受け流した。

「だって、聞いてた感じ、何か最近ボッコボコにしてた拳道班の人って今うちの学校でトップくらい強いんですよね?」

 受け流すままに、羊谷は糸子に話を振る。正直、喧嘩が始まりそうで他の二人を見ることは出来なかった。

「ああ、そうだが」

 糸子も頷く。残念ながら、最近めきめきと腕を上げているだけあり、また前のエースが去年卒業しているせいで、現在男子拳道班では丑光以上はそうそういない。糸子のいる女子拳道班との大きな違いだ。

「じゃあですよ。少なくともうちの学校では総一先輩が一番強いわけで」

 恐る恐ると続けた言葉に反論がないようで、羊谷は持っていた芋けんぴをぷらぷらと振る。


「そんで、うちの学校も一応たしか拳道の強豪って言われてて? って記憶があるんすけど」

 根拠はその程度。だが、しかし羊谷の贔屓目というものもあり。

「会長の弟さんがどれだけ強いのか知らないんすけど、あたしはやっぱ総一先輩のほうが強いんじゃないかなーって」

 信じている、という高尚なものでもない。正しくは贔屓目に希望的観測。だが根強く、そして翻らない乙女の心内。

 そしてそれよりも。

「意気地なしでもいいの? ってさっき白鳥先輩が言いましたけど、あたしはちょっと嫌かなって」

「あんたがどう思うかなんてどうでもいいのよ」

「そうなんですけど。でも、弱気な総一先輩ってあんまり想像出来なくないです?」

 

 それは願望だ、と羊谷は自分でも思う。

 思い返す総一の顔は、いつもへらへらと笑っていて、もしくは優しげに頼もしく微笑んでいる。だから、そうであってほしい。


 それがもしもそうでなかったら。


「だから、嫌かなって」


 助けたい。彼が私を助けてくれたように。


 だがそれ以上言葉を紡げずに、羊谷は芋けんぴをガリガリと噛み砕いて誤魔化した。

 嫌だから、出来なくても、やる。それを口に出せずに。



 白鳥が手を伸ばし、羊谷の広げていた芋けんぴを手に取り、無言で囓る。

 まるで音で威嚇をするように。その相手は、兎崎だが。

「……まず、学園長に相談するべきだと思いますわ」

「外堀を埋めようっての? それとも命令でもさせる気?」

「そうではなくて」

 薄ら笑いを浮かべつつ挑発するように口を挟んだ兎崎に、白鳥は視線を向けずに鼻から息を吐き出す。

「拳道の大会に出したい、というのなら、拳道班の大会個人出場枠を使うのでしょう? いくら総一さんがその気になったとしても、顧問の学園長が頷かなければ話にならないのでは」

「それもそうだな」

 そういえば、と糸子も頷いた。

 一番ではないが、大事なところだ。

 それにむしろ、学園長からの説得ならば総一も聞くかもしれない。

 忘れていたこと。やはり相談してよかった、と糸子は自らの不備を恥じた。


 立ち上がり、糸子は会議の閉幕を示す。

「私は学園長のところに行ってくる。みんな、すまなかったな」

「私も行きますわ」

 もう一本、と菓子を囓り、苛つきに任せて噛み砕きながら白鳥は言う。それから目を向けるのは、兎崎。

「私は反対だからパス」

 目を向けられた兎崎は、指を挟んでいた文庫本を開いて目を戻した。

 まあ仕方ない。糸子も溜息をつきつつ頷いて、羊谷は? と無言で問う。

 

「私も、宿題があるんで……」

「そうか」


 羊谷の態度にどこか違和感を覚えつつ糸子たちが部屋を出る。

「…………」

 それを見送り、それなりに多くの芋けんぴが入っていたはずのプラスチックカップが空になっているのを見て、羊谷は無言で瞬きを繰り返した。



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