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賢者は死ぬと決めている  作者: 明日


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38/70

親親足らずとも




 平日ファミリーレストランの夕方は、客層の入れ替わり始める時間帯だ。

 朝から昼にかけて多く訪れるのは主婦や主夫などの無職の者や、シフトや外回りなどの都合で昼間に行動出来る社会人や学生たち。彼らが徐々にいなくなっていき、昼間に自由な時間が取れなかった学生や社会人などが代わりに増える。彼らに伴って家族連れが多くなるのもこの時間帯からだろう。

 

 それでもまだ客層が完全に入れ替わらず、まだ空席が多い狭間の時間。そこを訪れた総一は、どかりとボックス席に腰を落ち着ける。

 気怠げな脚は先ほどの白鳥とのテニスの試合のため。5ゲームマッチ以上はさすがに無理だな、と思えるほどの疲労感に、やはりと限界を感じるものだ。


「いや、ほんと、……大丈夫っすか? 今日中止でもよかったのに」

「気にすんなって。頭は元気だから」

 無論、身体は疲労困憊だが。


 総一の前の席に着きながら気遣う羊谷に同意して、総一は殊更にぐったりとしてソファに後頭部を当てる。

 正直もう帰って寝たい。

 けれども、総一としても勉強会はここで開催してしまいたい。今日のノルマは白鳥との試合で達成しているとはいえ、しかし羊谷のために作った資料などをこのまま持っているのも何となく不快だ。人のための物などすぐに手放してしまいたい。

 それだけ渡して帰ってしまってもいいのだけれども、と思いつつ、それが出来ないのは単なる義務感と責任感故に。

 ……それに、この時間も少しばかり楽しいのだし。


 羊谷としても、少しばかり申し訳ない気分だった。

 昨日白鳥に負けないよう、調子に乗って口にした一言。そのせいで総一に負担をかけるのは。

「代わりになんだったら今日の夕飯は奢りますよ。いつも悪いって親からお小遣いもらってきたんで」

「え、じゃあメニュー端から端まで」

常識的(じょーしきてき)な範囲でお願いしまっす」


 ちぇー、とわざとらしく唇を尖らせた総一に対し、目も向けずに羊谷はメニューを開く。

 夕飯といっても、頼むのはほんの軽食と飲み物程度だ。揚げたポテトとドリンクバー。その程度で済ませるのは、ファミレスで勉強会を開く学生のよくある話。

 もらった小遣いもそう多くはない。二人で夕食を食べればそれでほとんどがなくなってしまう程度の少額だ。


 そして小遣いは、どちらかといえば総一に対する感謝ではなく警戒。

 たまに総一の部屋で開いていた勉強会。そのことに関して、『男の部屋に度々行く』という娘の行動に対する『集まるならファミレスで』という牽制としての親心。

 故に今日の勉強会はファミレスでの開催になったのだが。


 一般的なチェーンのファミリーレストランに羊谷が慣れたのはここ数ヶ月のこと。

 今までそのクラスのレストランでは食事をしたことがなかったのに、というのは親としても心配だった。


「いらっしゃいませ。ご注文はそちらのタブレットからお願いします」


 席に着いた二人の下に、店員が水とペーパータオルと食器を届ける。

「ぁざっす」

「ありがとうございます」

 去って行く店員に対して頭を下げるのは、当時猿渡たちにもからかわれたこと。




 店員が置いていったポテトフライを間に挟み、傍らにドリンクバーからとってきたコーラとウーロン茶を置いて、二人は向かい合って一つのプリントを見つめて止まる。


「って、ことは~……?」

 地理の問題。授業で出た範囲の解説を進め、ではここまでのおさらいを、と総一が出した問題。中学生程度の知識でも解ける遊びのような雑学のような。それを少しずつ読み解き、んー? と羊谷が眉を寄せて悩む。

 今悩んでいるのは四択の選択問題だ。試験であれば当てずっぽうで四分の一が当たるものだが、しかしここではそれは許されない。

 今は試験ではなく勉強の時間。ならば、当たるにしろ外れるにしろ何かしらの根拠を、とは総一の指導の一つだ。

「羊谷はこういう問題苦手だな」

 けらけらと総一が笑う。どこがわからないのか、どこで躓いているのか、と羊谷の視線や呟く言葉から類推しながら。



『X国は、一年を通して気温が高く、雨が多い地域である。多様な植物が生い茂る。この時X国で栽培されていると考えられる作物はどれか』


「1の小麦……は温帯気候だったから違うし……リンゴは青森とかだし温かいのは駄目……。オレンジかコーヒー豆か……」


 熱帯雨林気候で栽培されている作物、というのは羊谷とてわかる。四択の内訳は、小麦、オレンジ、コーヒー豆、リンゴ。

 そして答えは恐らくコーヒー豆、ということもわかる。けれどもオレンジという選択肢を否定する根拠が羊谷の中になく、それでも懸命に頭の中で思考を回した。


(蜜柑は愛媛とか和歌山とか聞くけど、なら温かいところで出来るはずだし……熱帯?)


 羊谷がまだ眉を寄せて唸る。

 ポテトを一本囓りながらその顔を微笑ましく見ていた総一としては、特別この問題に正解するべきとも思っていなかった。


 勿論正解はしてほしい。即答するのも望ましい。けれども必要なのは、悩むこと。紛らわしい選択肢を見て、悩み、関連した知識を脳に刻みつけること。

 今羊谷の頭の中では、メルカトル図法で描かれた世界地図の中で、その気候帯と気候の分類と区分がいくつか図解されていることだろう。

 その作物がどこで作られているか、などは大ざっぱでも構わない。細々とした国の配置などを今の段階で覚える必要はない。

 けれどもある程度の場所さえ掴めてしまえば、あとは様々な貿易、それに文化の継承などの流れがわかりやすくなる。それが船の時代であればなおのこと。胡椒はどこからどのようにしてヨーロッパに運ばれたか。シルクロードとは何か。そんな副知識を使った地理と歴史を理解するための補助の一環として。


 学問とは、常に他の学問と関係しているものだ。

 中でもたとえば、歴史と地理の関係というのは誰しもに理解しやすい。

 大抵の国家では、気候により作物が決まり、作物により産業が決まる。大抵の国家は余っているものを輸出し、足りないものを輸入する。土地の大きさは大抵の場合にそのまま国力を示す。

 地理の概略を覚え、そんな大筋さえ掴んでしまえば、あとは頭の中に世界地図を描いて駒を動かせる。

 ある時何かしらの天候不順が起きれば、そこから打撃を受けた国家が推定される。そしてその国家がそこでどういった動きをしたか、放置し飢饉で大勢が死んだ、または外国に奪いにでかけた、などと簡単に覚えれば、歴史の流れも掴めよう。

 古代、またある時代の地図は、その『ある時代の歴史』そのものをあらわしているのだ、という作家すらもいるものなのだから。


 総一は、今もまだ頭の中から学びを得ているであろう羊谷を見つめて目を細める。

 ……それにしても悩みすぎじゃない? とは薄々思いつつも。




 どうにか羊谷も解答をし、更に二人で資料を読み進め、いくつもの問題を解いて勉強会は進む。

「はい、で、今日の分は終わりー」

 用意した最後の資料をぺらりとめくり、へらへらと総一は笑う。勉強会が始まった当初、彼がぐったりとしていたその様は、今まさに羊谷へと移っていた。

 椅子にもたれ掛かり、人魂でも吐き出すように力なく羊谷は息を吐き出す。

 外はもう暗い。暗くなった外は窓からはうっすらとしか見えず、窓ガラスは鏡のように二人の姿を反射していた。


 総一が、小さくなった氷の欠片の隙間からストローを通してコーラを啜る。底に残って水っぽくなったコーラは好き嫌いの分かれるものだ。そして総一は、嫌いではない。

 羊谷は譫言のように唇から言葉を零す。

「……おぼえることがおおい……」

「そりゃそうだ。高校の歴史なんてひたすら暗記だもん」

 それは既に高校卒業程度であれば全て学び終わったと断言出来る総一の意見。大学程度、となればまた違うが、しかし高校程度であれば極論教科書を暗記すればそれで済むものだ。

 そしてもちろん、それは『暗記出来れば』の話だ。


「なら地理とか覚えなくてよくないっすか……?」

「地理は地理で必要だったし」


 羊谷の問題は、と総一はストローを咥えたまま視線をメニューに向ける。

 今羊谷の成績が悪い理由は、総一の中で推定されている。

 物覚えが悪いわけではない。一読すれば全てを覚えている兎崎のような異能はないにしろ、けれども極端に記憶力が低い、というわけでもないだろう。

 また、理解力が低い、というわけでもない。順序立てて説明すれば物事の相互関係を理解出来るし、知識からの推論までも普通に出来る。

 彼女の問題はただ、基礎がない、というだけ。それともう一つ、『わかったふりをしてしまう』ということだろうか。


「高校までの問題って、あんまりジャンプアップはしないもんなんだよ」

「ジャンプアップ?」

「そう。大抵のもんは一番始めから順番立てて覚えていけば理解出来るもんになってるんだよね」


 それは、物覚えも悪く理解力もなかった総一が、今までの経験で感じていること。


 羊谷は成績が悪い。

 けれども彼女は頭が悪いわけではない、と総一は思っている。

 問題は、小学校のどこかで一度躓いてしまったこと。大凡ほとんどの教科で、どこかで躓いて、理解し切れていないままに次へと進んできてしまった、というだけ。そこで振り返ることが出来ず、いくつかの知識が欠落してしまったがために、それを前提とする新しい要素が理解出来ずにいた。


 極端に言えば、英語の勉強であれば、アルファベットを覚えていないうちに英単語の活用形を覚えさせられていたようなもの。

 文部科学省とて馬鹿ではない。教育課程とは多くの場合に最適化されているもので、どの教科でも教えられる順番とは即ち理解しやすい順番となっているはずだ。

 故に、多くの小学生を難関中学へと合格させてきた総一の分析によれば、彼女の場合『最初から』が非常に有効なのだ。


「数学面白くなってきたって言ってたじゃん? 新しい数式とか覚えるのもさ。それは、基礎の方が理解出来るようになってきたからだと思うんだよね、俺」


 ちょっとおかわりしてくる、と総一は空のコップを手に立ち上がる。

 いってら、と羊谷はその姿を見送った。


 それから羊谷は、自分も何かおかわりしようかな、と飲みかけだったウーロン茶を一口含む。

 手に取ったポテトは冷めていて味は落ちていて、しかし、少しだけ美味しい。彼も食べていたものだから。


 総一は一つだけ見誤っている。

 記憶力も理解力も悪くなく、向学心も持っていた羊谷に足りなかったものを。

 たしかに彼女に必要だったのは、基礎。そしてそれを教える教師役。手取り足取りではないが、しかし躓いたら丁寧に引き起こしてくれる誰かだ。


 しかし今まさに羊谷が学べている理由は、それだけではない。

 それは、かつてはなく、今はあるもの。

 『興味』。それは多くの人間を駆り立てるもの。たとえその対象が勉強そのものではなくて、教える人間の方にあったとしても。



 戻ってきた総一に対し、羊谷はメニューを手に取り尋ねた。

「先輩、まじで夕飯食ってきません? 奢りますけど」

 このレストランに来て最初に口にした言葉は嘘ではない。

 きちんとメニューの二品や三品程度頼める程度の金は渡されてきているし、更に別にそれ以上の小遣いが財布に入っていないわけではない。

 何より、勉強会から離れてただ二人で食事を取るということは、これはいわゆるひとつのでーとというものではないだろうかっという打算もあり。

 だが、総一はまたコーラを飲みつつ事も無げに答える。

「いや? 帰って夕飯作るよ? 買ってあるもん無駄になっちゃうし」

「もう七時過ぎてますけど」

「まあちょっと遅めだけどさ」

 総一としては元々その予定だ。いつもは五時過ぎには夕飯を腹に入れ、八時から九時には眠りにつく生活。規則正しいその生活をやめる気などなく、今日は少し遅くなろうとも出来るだけ合わせたい。

 そして食材は基本的に日曜日の午前に買い、次の日曜日の朝に使い切る。

 総一にとってはその、使い切る、ということが重要なのだ。これで日曜日の朝に余るようなことがあれば、それこそこの勉強会はデメリットばかりが増えていくことになる。

「そうすると、あたし一人で食べて一人で帰ることになるんですけど?」

「いいじゃん?」


 というよりも、そうするはずだったのではないだろうか、と総一は重ねて思う。

 この遅い時間だ。同居しているはずの親には夕飯はいらない、もしくは遅くなるのだ、と伝えてきているのだろうし、小遣いまでもらっているのならばなおのこと。

「さすがに、……暗くなって一人で帰ったら親が心配するんですけど?」

「いいじゃん?」

「せんぱーい、送っててくれませーん?」


 奢りますからー、とまた口にしつつ、両手を合わせて羊谷がウインクする。媚びるような仕草はどこで学んだのか、と羊谷自身不思議なものだったが、またそれが自然と出せるのも不思議なものだった。

 ぶくぶくと溜息の代わりに総一はコーラの底から泡を立ち上げる。

「じゃ、五分で食ってくれ。俺その姿をじーっと見てるから」

「さすがにそろそろ傷つくんですけど。塩対応すぎね? 花の女子高生が飯誘ってんだけど?」

 呆れるように頬をひくつかせ、羊谷が呆れて言う。

 その反応に、気が済んだ、とばかりに総一はメニューを手に取った。

「はいはい。じゃあ、俺も食べてきますかね。予算は五百円として……」

 財布にある余りの小銭と、いつもの夕飯にかかる食材一食分の予算を勘案し、その程度だろう、とあたりをつける。

 この店ならば一番安いハンバーグにライスの小でもつければ、あとドリンクバー分で五百円前後というところだろう。フライドポテトはさすがに割り勘だ、とは勝手に考えて。


 適当なメニューをタブレットで頼んだ二人。もうすぐ猫の配膳ロボットが運んでくるだろう。それを待つのに、一瞬の沈黙が流れた。

 羊谷は何の気なしに口を開く。


「もっと高いのでもよかったんすよ?」

「奢りはドリンクバーとポテトだけでいいよ。それ以上は親御さんに悪いし」

「でも」

「いいからいいから」


 へらへらと総一は笑う。羊谷はその顔に、これ以上は無駄だな、となんとなく悟った。

 むしろその程度であっても総一には罪悪感が募るのだ。会計の時に何とかごまかせないか、と思うほどに。

 なにせ、その金は羊谷の親が羊谷を気遣って持たせた金。帰りの遅い羊谷を心配するような親が。なら、羊谷自身のために使ってほしい。

 親に気遣われたことなどなく、親に心配もされたことのない自分になどではなく。


「そういや先輩って、割と金回り謎なんですけど」

「ん?」

「なんかバイトとかしてるんすか?」

「してないよ」

 今は何も。総一がそう言わずとも、羊谷はそれを読み取った。

 毎日早くに寝て、早くに起きて学校に出る。その繰り返しの中で、バイトなどをしている時間はないだろう、というのはこの短い期間見ていただけでも羊谷とて予想出来る。

「前に、家庭教師のバイトしてたことがあるって言ってましたけど、高校生でやるのって珍しくないっすか?」

「珍しいだろうね」

 だろう、と総一も思う。多くの家庭教師は大学生以上、または成人が行うものだ。

 家庭教師を雇う目的は中学や高校、大学の受験のために。もしくは楽器や絵などのこれも受験のために。

 故に家庭教師に必要なのは、教える能力以上に、信用。有名大学に在学するか卒業して箔をつけるか、有名な家庭教師協会などに所属しなければ雇う親たちは信用しないのだから。

 だが、総一はそれをやっていた。それも、高校生で、ではない。

「そもそも高校に入ってからはやってないし。中学んときだけだよ」

「へー、何かもう突っ込む気も失せてきましたけど」

「バイトっても、年齢的に出来ないから、近所の子供に教えてその家の親に小遣いもらう、ってていだったけどさ」

「へー」


 ほへー、とまた羊谷は呟いて、すごいなー、と何となくだけ感心する。

 総一が言っていない苦労は一切読み取れていないが。


「あとのバイトっつったらあれかな。定番の新聞配達」

「ああいうのもやってたんですね」

 新聞配達、という言葉で、何となく羊谷は安心する。こちらはたしかに普通のことだ。この日本で唯一合法的に子供でも出来る小遣い稼ぎ。

 言って、懐かしいな、と総一は思った。二年ほど前まで続けていた仕事。朝早くに事務所に集まり、新聞に広告を挟んでから担いで運ぶ。道順や配る家などまだ覚えている。二年も経てば、おそらく配達先も変わってしまっているのだろうな、と思いつつも。


「……そうしないと、食えなかったからなぁ……」

「…………?」


 天井を仰いで小声で呟いた総一の言葉に、羊谷は聞き間違いだと思った。

 食えなかった、という単語はどういう意味だろうか。食事のことだろうとは思うのだが。しかし、食事がとれなかった、というのであれば。

 その意味を解せず、羊谷は何も応えず流した。


「ま、もう必要ないから何もやってないな。学費は無料だし、家賃さえ払えればどうってことないし」

 あとは食費と光熱費、それと水道代などだろうか。しかし一番大きな出費はその程度で、今まで家庭教師として稼いできた金があればその程度どうとでもなる。

「家賃も自分で払ってんすか!?」

「うん」

「え? 払えるほど稼げたんすか? 家庭教師って」

「稼げるよー。一人につき週二日で毎回一万とかもらえるし。しかも平日二人くらいならいけたし」

 更に都合のいいことに、教えることというのは自分にとっても復習になるのだからちょうどよかった。

「ほええ……」

 羊谷は呆れるように声を上げる。その収入の高額さに。

 もっともそれは総一が顧客を資産家の家に絞ったからで、更に最も稼げたときで、というのもある。

 信用を得るのには大変だったものだ。

 新聞配達の際に、目を付けた家人と接触してなんとか取り入る。犬の世話やゴミ捨てなど、雑用をこなすのも厭わない。最初の一年は、成績が悪く、そして周囲に発言力のある親(スピーカー)を持つ子供をターゲットとし、駄目で元々とばかりに低賃金で仕事を請け負う。そしてその結果を使い、二年目には人脈を広げ、三年目で更にそれを使う。

 そうやって稼いだ金は今もまだ半分も減っていない。このペースならば、大学を卒業する程度までは残ることだろう。


「羊谷も家庭教師いたんだろ? 親御さんもそれくらい払ってたんじゃない?」

 羊谷はハッとする。

「そう……なのかなぁ……?」

 首を傾げるが、内心では平然としてはいられなかった。

 今の羊谷にとっては、毎回一万円、というのがどれだけ大金か知っている。もしも自分についた家庭教師もそれほどもらっていたのであれば。親にそれほど払ってもらっていたのに、自分は何も身につけられなかったのだとしたら。


 ずん、と肩に何かが乗った気がした。

 申し訳ないと謝りたい気がした。誰かに。間違いなく、パパとママに。


「おまたせしました! 気をつけてお取りください!」


 傍らに、配膳ロボットがやってくる。かわいらしい声で促してから、背を向けて、頼んだ品を載せた棚をこちらに見せて。

 羊谷の分まで料理を取ってから、総一は配膳ロボットの液晶ボタンを押す。配膳が終了したことを理解したロボットは、ごく小さな動作音を上げつつ振り返らずに去っていった。


「ま、気にすることないやな。それだけ期待されてるってことで喜んどけよ」

「……へい、頑張りやす。これからも……へへっ、あっしにご協力お願いしやすぜ」

「何で三下口調なのかわからんけども」


 いただきまーす、と言ってから総一がハンバーグにナイフを通す。

 羊谷は無意味に自分の両頬を叩き、「っしゃあ」と小さく気合いを入れて茶碗からご飯を頬張った。




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食費も自分で稼いでたんけ? 無関心気味だったとはおもったけど、そこまで行くとネグレクトじゃのう
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