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賢者は死ぬと決めている  作者: 明日


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18/70

友達三十億人出来るかな




「…………」

「さすがに、何か喋ってくれないと話が進まないんだけど」


 総一に、彼の部屋に連れ込まれた羊谷は、正座をしたまましばしの間黙っていた。

 だが、黙ってばかりもいられない。机の角を挟んで座ったままの総一を上目遣いにちらりと見て、また丸まるように自分の膝を見た。

 それでようやく、口が開ける気がした。


「……チクるんすか」


 言ってから、羊谷はその自分の言葉に後悔した。

 何を言っているのだろうか。自分がここで口に出す言葉は他にあるはずだ。なのに、何故。

 羊谷は、座っている総一を見ることが出来なかった。そこにいるいつもふしだらな先輩の顔が、どのように変わっているか確認できなかった。

「…………」

 また互いに口を開かず、沈黙が部屋に流れる。

 外、何処か遠くで鳴らされている移動販売の業者の宣伝が、大きく部屋の中にまで響いた気がした。


 膝に当てた手でスカートの裾をきつく掴み、羊谷は唾を飲む。

 それから意を決して、ちらりと総一を見る。

 そこにいた総一の顔は、いつものへらへらした様子が微塵もなく消えて、睨むような目つきだ、と羊谷は感じた。


 まるで叱られているようだ。

 反射的にそちらから目を逸らしても、何も解決はしないとわかりながらも、羊谷は止められない。

「…………」

 身体が震える。そう暑くもないが決して寒くもないはずの部屋なのに、背筋が薄ら寒くて嫌だった。




「…………。チクる? 何を?」


 そして総一の口から出た言葉が、一瞬羊谷には理解できなかった。

 圧力が消えた。そう感じた羊谷が顔を上げると、やはり目の前にはいつもの雰囲気の総一がいた。へらへらと笑うように唇を歪め、目元にはきつい雰囲気など見えず。


「え……」

「んだ? 人に飴ちゃんを奢ってもらったら駄目とかって校則なんてあったっけ? 俺そんなの記憶にないんだけど」

 とぼけるように総一は言う。事情を全て知りながらも。一切それをおくびにも出さず。

 それから目を閉じるように薄目にし、笑みを浮かべつつ目を伏せる。

「十円」

「ん?」

「十円分、何か面白い話しろよ。麦ちゃんの人生波瀾万丈履歴書ショーとか」

「じ、じんせい???」

「わかんねーのかよぉ。最近の若えもんはよぉ」


 呆れるように総一は背中から倒れる。

 ぱたりと倒れたまま、両手を広げて天井を仰いだ。


 自分は何をしているのだろうか、と総一も思った。

 放っておけばいいのだ。万引きは防いだ。きっとそれは羊谷のためになることであり、それだけで今日の分のノルマは終わっているのだ。

 これ以上の手出しは無用だ。心配もしすぎ。友達の選び方など人から言われるものでもない。


「あー、もういいや。もう回りくどいのは終わり! 終わりだよ終わり!!」


 ごろりと横向きに寝転がり、総一は羊谷の方を向く。頬杖をついて。

「次からは庇えないから。もう悪いことはしないようにね。わかったら帰った帰った。俺だってお夕飯の準備に忙しいんだからね!」

「っ…………」


 悪いこと。その単語を聞いて、羊谷がまた下を向く。

 そうだ。悪いことだ。万引き。優しげな単語でユーモラスに簡単に表現されているが、実際は悪質な窃盗だ。十円、二十円という金額の問題ではない。盗むというその行為自体が……。


 膝の上で握りしめた指。ネイルにつけた細かなビーズが肌に食い込んで痛い。

「…………言い訳じゃないんですけど、友達にやれって言われたんす……、あれ」


 羊谷が口を開き、総一は内心溜息をつく。

 もはや興味もない。

 そう思いつつも、総一は茶化さずに続きを待った。


「最近あたし、友達とちょっと喧嘩しちゃって……、それで、仲直りしようって思ったんですけど、いつの間にかそういう話になってて」

「友達、ねえ」


 ふうん、と納得するような声に皮肉を込めつつ、総一は先ほどの『友達』の姿を思い浮かべる。

 物陰に隠れて羊谷の動向をずっと見ていた。男女二人ずつ。スマートフォンで撮影まで準備していた彼ら。

 『友達』、だろうか?


「あの四人、友達なんだ?」

 へー、と殊更に白々しく、総一は尋ねる。総一は違うと思う。しかし羊谷は、と。

 羊谷はその質問には頷くこともなく、ただ唇を結んだ。



 またしばしの沈黙が流れる。けれども今度はそう時間をかけず、羊谷はまた口を開いた。

「総一先輩は知っていると思いますけど、あたし、そんなに成績よくないんすよ」

「知ってる」

 何せ初対面の時は九九すらも間違えていた。単なるケアレスミスの類いだとはいえ、それにいつまでも気付かないのであればさすがにその辺りは総一とて察する。

「小学校の時から、親からも出来が悪い出来が悪い、って散々言われてきて。塾にも行ったし家庭教師も雇ってもらったし、パパやママにも教わって、それでも勉強なんてよくわかんなくて」


 勉強についていけていない、と初めて気付いたのは小学校中学年の頃だ。周りのみんなが八十点以上を取るのが当たり前の国語や算数のテストで、五十点を割ることが常だった。

 自分は出来ない子なのだ、と最初は悩んだ。どうにかして皆についていこうとして、家庭教師や塾の講師にも勉強については何度も聞いた。聞いた勉強法は全て試して、そしてそれでも駄目だった。

 

「中学で完全に周りについていけなくなって、そんであたし自身諦めちゃったんす。登竜学園って校則も緩いし、髪も染めてメイクとかネイルとかバリバリ決めて、こっからはもう勉強なんてどうでもいいや、って」

「高校デビューおめでとー」

「それが失敗だったんすよね」


 俯いた羊谷が更に下を向く。

 首元が折れ曲がり、喉が詰まったように声が出しづらくなる。それが泣きそうな声と自身でも思って、背中を立たせるわけにはいかないとも思った。


「友達が出来なかったんです。最初はそんなに気にしてなかったんすけど、四月が終わる頃になったら、クラスの中でももういくつかグループが出来てて、そんなかでもあたしが喋れる人なんか全然いなくて」

「それは高校デビュー関係ないんじゃない?」

 

 合いの手のように総一が疑問を挟む。

 そう関係ないはずだ、と思った。たしかに髪色がほぼ自由の登竜学園とはいえ、茶髪に染める人間はそう多くはない。化粧をする女子生徒も、目立つほどになると少ない。

 だがそれだけで声をかけづらい、とは言い切れるものではないだろう。


 だが、羊谷はそれには応えず、ただ首を横に振った。


「タコ頭の小テストの後、初めて人から話しかけられたんす。後ろの席に座ってた猿渡から、『点数一緒じゃん』って」

「猿渡……」


 総一はその名前に思い返す。

 猿渡七瀬。先ほど羊谷を見ていた女子生徒。以前総一が住んでいるアパート前でも出くわした彼女。素行不良者リスト(レッドブック)に載っている一人だ。


「そこから仲良くなって、一緒に遊びに行って、グループにも入れてもらって……。だから、友達なんすよ。あいつらは、友達で」


 声を小さくしながら、自分に言い聞かせるように羊谷は口にする。

 そうだ、友達だ。友達のはずなのだ。

 高校に入って初めて出来た友達。唯一所属できていた友達の輪。だから……。


「友達で…………」


 だから、仲直りがしたかった。

 それだけなのに。



「じゃあ、俺はー?」


 横になったまま頬杖を外し、総一が抱きつくように両腕を伸ばす。特に何をするでもないが、伸ばした腕が宙を掻いた。

「え?」

「俺も友達じゃん。……え? 違った? そっか」

 それからバタンと腕が落ちる。死んだように力を抜いて、ぐったりとした総一は溶けるように潰れたように羊谷には見えた。


 そのまま、羊谷の顔すらも見ずに総一は口を開く。

「友達にやらされたってっても、お前はやりたくてやったの? それとも嫌だったん?」

「…………嫌っすよ、そりゃ」

 羊谷は唇を尖らせる。もちろん羊谷にも良心はあるし、万引きが悪いことだとも知っている。だから、やりたくない。それは本心だ。

 だがその本心を、友達を失いたくない本心が上回っただけで。


「じゃあ次はやりたくないって言えよ。あたしはやだってさ」

「そんなこと、言えれば……」

 言えるわけがない。言ってしまえばまた孤独になる。また学校がつまらなくなる。全てが外国語のような授業を聞き流し、休み時間にはスマートフォンをいじる、そんな学校生活が帰ってくる。……今度は嫌がらせも増えて。

「……そんなことしたら、……友達またいなくなっちゃうじゃないっすか」

「だ・か・ら」


 ふう、と溜息をついて総一は身体を起こす。


「俺は?」


「…………」


 目を丸くし、きょとんとした顔で羊谷は総一を見た。

 そして、わかんないならいいや、と総一はあぐらをかきつつ目を閉じた。

「その猿渡と、犬上? あと猪狩とかか? と友達続けたいのは止めないけど」


 しかし、と総一は思う。

 複数で一人に対し嫌がらせをし、犯罪を強要し、更にそれを画像で証拠に残そうとする。

 そんな人間たちを、『友達』と呼べるはずもない。

 だが止めろとも言わない。そんなことは個人の自由で、総一が関わるものでもない。


「言いたいこと言ってこいよ。それでお友達じゃなくなっても、俺は変わらず友達やってやるからさ」

 もちろん、総一からしても羊谷は知人程度。『友達』でもないのだが。

 それでも今と変わらず接することは間違いない。話しかけられれば応えるし、頼み事だって応えよう。


「はい、十円分聞いた。さてそろそろ遅くなるし帰った方がいいぞえ」


 そしてもう、そろそろいいだろう。

 用件は済んだ、と総一は立ち上がる。そろそろ夕飯の準備をしなければ。それから風呂へ入り、寝る。彼は普段、夜九時までには眠りにつくと決めている。


 キッチンへ向かいながら、総一は腕を回した。

「まー、無理なら俺が友達の作り方くらい教えてやろう。一晩で富士山埋め尽くしちゃうぞ」

「……総一先輩、友達なんているんすか」

 総一の背中を見つつ、軽口に羊谷はぼそりと返す。冗談が言える元気が出てきた、と自分でも驚きつつ。

 そして羊谷のそれも冗談だと感じ、総一はおどけて返した。

「お、おま、なんて失礼なことをおっしゃる! 少なく見積もって三十億人はいるわい!」

「多過ぎんだよ。じゃあどんな奴がいるか名前言ってみろよ」


「…………」


 総一は絶句し、一人の名前も口に出来ず涙目のまま口を閉ざした。





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