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賢者は死ぬと決めている  作者: 明日


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13/70

何もしてないのに壊れた




「いきなりブツンッて切れたんですよ」

「だからって、なんで俺が」

 ブツブツと文句を言いながら、総一は目の前のパソコンを眺める。


 登竜学園のパソコン室は基本的に生徒たちに開放されていた。それは自由を重んじる学園長の意向であるが、それなりに生徒たちには好評だ。


 少々のフィルターによる制限はあるものの、インターネットの閲覧も出来る。

 学校では必要ないはずのGPUを搭載した高性能なパソコンは、最新のアクションゲームもラグなく描画不足もなく遊ぶことが出来る。さすがに、ゲームをする場合はディスクメディアで持ち込まなければいけなかったが。


 今ここにいるわけは、三年生の女子生徒の相談が原因だ。

 総一の問いに、彼女里来(さとらい)アイは、顔の半分を覆う大きな丸眼鏡の弦を持ち上げて苦笑いを返した。

「さすがに怒られますもん。ゲームやってる最中にパソコン壊したなんて知られたら」

「自業自得じゃないでしょうか」

 はあ、とため息をつきながら総一は返す。一応、その不調の原因を考えながら。


 里来の話では、その不調は突然起きたらしい。

 自宅から持ってきていたゲームを昼休みの時間に遊んでいたところ、突然画面が固まってしまった。

 どうしたらいいかわからずモニターのボタンを適当に押すと、今度は画面が暗くなってしまった。


 そこで登場したのが、たまたま前の廊下を通りかかっていた、この学園の頼れる生徒会長。辰美糸子だった。

 彼女は自分が機械が苦手ということも忘れ、里来のために動いたのだ。

 

 そう、自分が機械が苦手だということを忘れ。



「ま、本当に入らねえや」

 最初、ただ単にモニターの電源が切れているだけかと思った総一が、モニターの電源ボタンを押す。しかし、無反応だった。

 パイロットランプすら点灯しない。画面がつかないどころか、モニターの電源すら入らなくなってしまっていたのだ。


 どうしたものか。

 総一は、パソコンをまた眺める。


 面倒な話だ。中途半端に手を貸して、そして困ったら自分に話を投げてくるなど。

 そのくせ、自分は他の用事で出ていってしまうなど。

 

 モニターのスイッチ類を撫でて、総一は考える。

 メインの電源は入っている。なのに、モニターに何の信号も出力されないのはおかしな話だ。

 明らかにモニターにまず問題がある。どうせ、会長があの馬鹿力で適当にボタンを連打したんだろう。そんな妄想をしながら、その対策を考える。


「……とりあえず、配線を……」

 となりのモニターに目を向けると、同じ型だ。とりあえず同じモニターを交換して動作を確認して、モニターの問題だと確定させよう。

 そう決定し、総一はいくつかの配線を抜きにかかる。とりあえず出力する端子だけ交換すればいいだろう。


「鳳さんだっけ? よっぽど糸ちゃんに信用されてるんですね」

「信用?」

 全ての端子から配線を抜き、小さくかけ声を上げて総一はモニターを担ぎ上げる。床に下ろすと、本来モニターがあるはずの位置がぽっかりと空いた。

「だって、糸ちゃん困ったら、すぐに鳳さんのスマホにかけてましたよ」

「……都合がいい人扱いじゃないすか」

 総一は、呼吸を整えるためも含めたため息をつく。

 それは信用とは言わない。ただ、呼びつければすぐに来るからという軽い扱いだろうと総一は推測した。

 さて、次は隣のモニターを移動させなければ。わずか数本でも抜かなければいけないのは面倒な話だ。そう思いつつ。

 

「そりゃ、あの子友達も多いけど、同じ生徒会だからってねえ……。これはスキャンダルの匂いを感じますよぅ……」

 ふへへ、と嫌らしい笑みを浮かべながら、里来はまた眼鏡を持ち上げる。セルロイド製のフレームのはずなのに、その端が光って見えた。

「番号を教え合う仲。ワンボタンじゃなくて直接番号入力してたってことは、もう鳳さんの番号は暗記してるってことで……」

「あの人携帯番号登録できないんで」

 

 機械が苦手と言っても程がある、と総一も思う。

 糸子に出来るのは、老人用のシンプルな携帯電話から電話をかけること。それくらいだ。メールの作成も数行のものに一時間かかるほど。今はまだガラケーを使っているが、スマートフォンに変えることはおそらく出来ないだろうというのは総一の予想だ。

 

「それと」

 里来の言葉を脳内で反芻し、腹の奥がじわりと痛む。

「俺の名前を呼ぶときは、名前でお願いしやす」

「……総一君?」

「それで」

 

 隣のモニターを移動させて、つなぎ直す。こういう本体とモニターの接続も無線のものを使えばいいのに、と内心文句を言うが、学園長はそういった意見は適当に流すだろう。そう思い口にはしなかった。

 それに、そんなことをすれば恐らくこのパソコンでFPSや格闘ゲームを遊んでいる生徒から文句が出る。一フレームの遅延が命取りになるそれらのゲーム。本来学校で遊べるようなものでもなく、そちらも『どの口が』と総一は思っているが。



 つなぎ直し、総一はモニターの電源を入れる。

 だが。

「あれ?」

 スイッチを押しても反応しない。そういえば、こちらもまたパイロットランプが点灯していなかった。

 ……モニターの問題ではない?

 総一の脳内が少しだけざわつく。パソコン側の問題だとしたら面倒だ。

 メインの電源は入りっぱなし。なのに出力されていないとしたら問題だし、どこの不調かもなかなか判別できない。

 電源長押しのシャットダウンからの再起動で復帰するだろうか。


 それで復帰しなければ、また面倒なことになる。そう思いつつも、それ以外に対策が浮かばない。

 とりあえずやってみようか。そう思い、机の下の本体のボタンを長押しする。ほんの一瞬だが少々待てば、本体のランプの消灯と共に、ファンが停止する感触がした。

 それから机の下に潜り込み、スパゲッティのように絡まりつつある配線の構造を把握にかかる。

 揺らして、どの端子に刺さっているどれがどのパソコンに繋がっているか確認を繰り返す。一目ではわからないほどに混雑したそこは、教員の管理が行き届いていない証左だった。


 ようやく見つけた電源コードを抜いて、一度机の上に戻り、総一は全体を眺めて待つ。こういった再起動の場合、少し待ってから電源を入れるというのが通例のはずだ、と考えつつ。

「……こういうのって、なんで一分とか待たせるんですかね」

「それは私に聞かれても」

 総一とて、万能の知識を持つわけではない。何の気なしに吐き出されたその疑問に、里来と共に首を捻った。


 そして、また電源を入れる。空冷ファンが一度大きく唸り、また本体が起動する音がした。

 だが。

「……つかない?」

「つきませんねぇ……」

 やはり、モニターの電源は入らない。元々期待は薄かったが、そのパイロットランプが点灯することもなく、ただ暗闇が広がっていた。

「んー……」

 総一は悩む。本体を起動し直しても無理。モニターを入れ替えてみたが、それでも問題は一切変わらない。モニターのせいでもなく、本体の再起動で直るものでもない。

 ならば、あとは……。

「もう職員に報告して修理を頼んだら?」

「それはちょっとやめ……てほしいんですぅ……」

 もはやプロに任せるしかない。PCの修理が出来る総一とて、基盤そのものなどを直すことは出来ない。ならば部品交換などになるが、当然現在の総一にその備えはない。そう溜息を吐くが、里来はそれを固辞した。


「私推薦狙ってるのに、この大事な時期に問題起こしたなんて知られたら……うぅ……」

「明らかに嘘泣きじゃないですか」

 一切の涙を流さずに、里来が演技をする。困っているのは本当のことだったが、総一としては、その演技の下手さにわずかに腹立たしい思いを感じた。


「……もう一度、詳しい状況を教えてくれます?」

「何もしてないのに壊れた」

「嘘でしょ」


 里来は、けろりとした顔でそう即答する。

 腹立たしい下手くそな演技。それがすぐに取りやめになるのにも腹が立ち、総一はもう面倒くささに席を立ちたくなる。だが、出来ない。まだ特待生としての義務を果たしていない上に、何よりこれが糸子の頼みだからだ。

 余程の事情がなければ、彼女の頼みは断れない。総一の自覚している欠点だった。


「本当に私にもさっぱりなんですよ。こう、ようやく新しいスチルを見られたって、うひょーってなった瞬間、固まっちゃってね?」

「ノベルゲーですか」

「恋愛シミュ……みたいなものです」

 里来が言いよどみながらも、また眼鏡をくいっと上げる。その眼鏡に反射した光が、目元を覆い隠して怪しげに見せていた。


 しかし、と里来はモニターを眺めて溜息を吐く。

「でも本当駄目なら仕方ないですね」

「相談しますか」

「知らない振りしておきましょう」

 モラルのない発言。いつもならばそれに賛同もする総一だったが、呆れるようにその態度に溜息を吐く。天邪鬼故に。

「……学園長に指導を頼みますかね」

「なぁっ!?」


 ボソリと呟かれた総一の言葉。その言葉に、里来は大きく驚愕の声を発する。

 学園長の指導。不良生徒を脅すのにも効果が覿面なその言葉は、ふざけて発するにはとても重すぎる。故に総一でもそう冗談で口にすることもなく、そしてその『指導』の苛烈さは、その実態に加えて噂の尾ひれが大量につき、一般生徒にとっては死刑に等しいものにすらなっていた。

 実際にはそう辛いものでもない。『指導』に逆らわない真面目な生徒ならば。

 だがそれを知らない里来は、目の前の男の残虐さに震える思いだった。


「や、やめてくだひゃい……!」

「品性ある我が学園に相応しい方ならば、私が進言したところで学園長も何もなさらないと思いますけど」

 愕然とした里来に対し、総一は爽やかな笑みを浮かべて応える。先ほどまでとは明らかな口調の変化に、里来は更に怯えるしかないが。


「そんな、糸ちゃんみたいなことを、総一君が言うなんて……」

「……あー、会長くそ真面目ですからね」

 一転して、総一が素に戻る。その態度に、ようやくその言葉が本気ではないということに気が付いた里来は、安堵の息を隠して吐いた。

「本当真面目だよね、糸ちゃん」

「真面目が人の皮被って歩いています。間違いないです」

「そして総一君は、不真面目学園一」

「照れるぜ」

 誉められてもいない。そう思いつつも、総一は適当に応える。もう既に、里来とまともな会話を交わす気も失せていた。

 もうこのPCは自分の手には負えない。ならば、適当に会話を打ち切って教員に報告すべきだろう、と算段まで立てていた。


「でも本当どうして、そんな不真面目日本一の総一君が、糸ちゃんに好かれてるんだろうね」

「好かれてる気もしませんけど」

 とりあえず、モニターの配置は戻しておこう。そう思い、ケーブル類を抜きつつ総一は応える。本音だった。

 そもそも、糸子に好かれている気など総一には毛頭ない。良く言っても、手のかかる弟程度。単に見苦しいから、と指導を繰り返しているのだと思っていた。


 もしくは彼女に、負い目があるから、だとも。


「やっぱ俺って結構イケメンですからね。黙ってても人を惹きつけちゃう的な? 照れるぜ」

「はい」

 もはやそんな適当な言葉も、里来は真面目に取り合わない。興味を失った彼女はただ頷いて、総一の言葉を聞き流していた。


 総一は、黙って会話の終わりを察すると、そんな糸子のことに思いを馳せる。

 まったく、困ったものだ。面倒見が良いというのは長所ではあるが、その面倒を見たせいで人に迷惑をかけるというのは何となく変だと総一すら思う。

 せめて、手を貸すのは得意分野だけにしてほしい。こういったデジタル関係は彼女の弟理織も得意ではなく、呼ばれるのは専ら総一だ。

 以前、呼び出されたときは呆気にとられたものだ。糸子がまだ携帯電話を買ったばかりの頃。『電話のかけ方を教えてほしい』と電話口で伝えられたときは。


 ふと総一の手が止まる。

 ケーブルを抜きかけていた総一は、とあることに思い至った。

 このケーブルは、そんな機械音痴の糸子が触れているのだ。


 とある可能性。それに思い至った総一は、顔を上げて里来を見る。

「もう一回、聞きたいんすけど」

「何です?」

「その、モニタ消えた時のこと、再現してくれません?」

「???」

 もはや何となくその原因に察しがついた総一の笑みは、とても爽やかだった。



 里来の記憶と総一の手により、再現された事件現場。その椅子に、里来が座る。目の前の真っ暗なモニターに、重要キャラ二人の好感度を最大まで上げたときにだけ見られる限定スチルが映っていると仮定して。

「こうやって……」

 里来は、当時のことを思い出しつつ辿々しく手足を動かす。

「好感度が表示されるゲームじゃないから、ここで暗転して次に映ったCGで結果がわかるんだけど……」

「はいはい」

 真っ暗な画面。その中に、必死に里来はその時のスチルを投影する。そこで、美形二人がベッドの上で絡んでいるその様を、必死に思い浮かべる。

「そこでこう、…………やっっっっったぁぁぁ!!!!」


 ガシャン、と里来の手足が跳ねた。手足が振り上げられ、その喜びを全身全霊で表現するように。

 そのイベントCGは、ノベルゲームには珍しいランダムイベントが関わり、そしてダイス運が上振れしていないと見られないレアなもの。里来すら、毎日このパソコン室に通って三日かかったものだ。その喜びは半端じゃなかった。

 当然、その続きが見られない絶望も同じくらいにはあったものだが。


 そしてその足、その里来の足が当たったケーブルを見て、総一の予想は確信に変わった。


「ケーブル抜けてただけですね」

 なるほど、と総一は納得する。最初の不調の原因は簡単だった。モニターの電源ケーブルと、入力ケーブル。それらが興奮した里来によって蹴り飛ばされ、半分抜けたような状態になったのだろう。

「あ、やっぱあたしのせい??」

「半分そうでしょうね」


 それから総一は、安堵と呆れが半分混じった溜息を吐いた。

 残り半分は、糸子のせいだという確信もあった。残り半分というよりも、使えなくなった原因が彼女にあるとも。


「あとは、多分断線してます。同じケーブル使ったのが悪かったのかちくしょー!!」

「いきなりキレないでよ」

 何もない床をめがけて、総一が地団駄を踏む。

 ケーブルの抜けかけと共に、おそらくこれは糸子の力で引き千切られたのだろう。ケーブル自体が使えなくなっていたのにも気付けばよかった。


 気を取り直し、総一が咳払いをする。

「……まあ、ケーブルが壊れたのはたしかですし、そっちは報告しておきます」

「推薦があぁぁ……」

「会長が関わってると知れたら、学園長も察するでしょ」

 もう、面倒くさい。そう思いつつも、総一は隣のパソコンのケーブルを流用してモニターを繋ぎ直す。

 そうしただけで、パイロットランプも点灯し、モニターは正常に作動をはじめた。



「イケメンといえばさー」

「もうその話題終わってますけども」

 あとはパソコン側からの出力が成されていれば終わりだ。そう思った総一は、モニターを見つめたまま里来に対応する。

 デスクトップの画面が浮かんでいるだけで、もう大丈夫とも思っていたが。

 やがて静かにCDが回る音がして、無音でゲーム会社のロゴが浮かんだ。


「なによこの、イケメン! この前一年の女子を自分ちに連れ込んだんだって? 大胆ね」

「遊びに来ただけですけども。みんなやってることでしょう」

 総一は画面を見つめつつ、適当に相槌を打つ。

 しかしそれは本当だ。おそらく羊谷のことを言っているのだ、と当たりをつけて同意した。

「オールしたとも聞いてますぜ」

「どなたから?」

「一年の女子が声高々に廊下で話してるのを聞いただけなので、名前までは」

「…………そっすか」

 そして総一は違和感を覚えた。

 男子が女子の家に遊びに行く、または逆に女子が男子の家に行く。そんなことは今時ありふれたことだ。さすがに徹夜した、などは外聞が悪く言えないものの、別に話題に出すほどではない。

「スキャンダルの匂いがしますよぅ……」

「何もありませんけどね」

「でも、ちょっと心配なんですよ、総一君と一緒に夜通し遊んだその子」


 ふざけていた里来の声がふと沈み、総一はようやくその顔を見る。笑いながらも、深刻そうな顔がそこにあった。

「何か?」

「どうやら、悪い仲間に入っちゃったと……知りません?」

「知りませんが……」

 総一の口調からも軽薄さが失せる。さすがに、笑い飛ばしてよい話題ではないだろうと。


 悪い仲間。それは、あのときアパートで行き会った四人組だろうか。

 たしかに彼らは素行不良者。良い子たちではありえないのだが。


「この前図書館で見ましたけど、頑張って勉強してたんですよ。あんな子がそんな悪い子たちと付き合ったりしないだろうなぁ、なんて思ってたんですけど」

「まあ、どっちかってっと真面目な方ではありますけどね」


 総一は羊谷の図書館での仕草を思い出す。

 痛んだ茶髪に着崩した制服。小学生からやり直したほうがいいのではないかという学力。たしかに学生としては落伍者かもしれない。

 けれど、静かに真面目に参考書を開き、問題を必死で解いて、自分のからかいに大きな声を出してしまったときにはバツが悪そうに謝った。行動だけ見れば、何も問題はない。退学候補者リスト(レッドブック)に乗るような女子には見えなかった。


 ならば。

「……ちょっとお節介すぎるかな」

「ふぇ?」

 ならば、……自分は何をしようというのだろうか。総一は自分を制するために呟いたが、里来もPCの画面に気を取られていたために聞こえなかった。


「繋がりましたね」

「いやよかったよかった」

 微かなBGMも流れ始める。里来も総一を押しのけるようにモニターの前に陣取り、マウスを手に動作を確認する。

 カチカチとクリックする音が何度か響いた。


「やっと見られたんですよ。乱数上振れが何度も必要だし、たかがスチル一枚に何でこんな難易度上げてんだよ、って何度もモニター叩いちゃいました」

 てへ、と里来が舌を出す。

 その仕草に総一は僅かに苛立ったが、これで終わりだという安堵に掻き消されてそれを解消する行動には出なかった。


 そして、声が響く。

 里来の手により、下げられていたBGMの音声。システムの音声。それに気を取られ、気付いていなかった。

 台詞の音量が里来の手により最大に。そしてスピーカーの音量までもが最大になっていたことに。


『ああっ! 入って……くる……! 熱い!』

『くっ……お前の中だって、マグマみたいに熱くて……とろとろで……!』



 ノベルゲームにつきものの、自動メッセージ送り機能が正確に動作する。

「…………」

 絶句する総一の前で、二人の美青年が一糸まとわぬ姿で絡み合う絵と、迫真の演技力で演じられた艶のある艶ごとの台詞が再生されていく。


『怖いから……手を握って……くれる?』

『大丈夫、お前の魂まで全部、離さない』

『嬉しいよ……隆史……!』



「……とりあえず、止めましょうか」

「えっあっ! はい!! はい!!!!」


 呆れたように総一が呟き、里来が応えようとする。

 だが、メッセージを止めるという簡単な動作すら出来ないほどに動揺している里来だ。その隙に、物語が進んでいく。

 

『あっ……あっ……!』



 ガラリと扉が開く。比較的防音性の高いパソコン室の扉。その向こうには音声が届いておらず、それまでは廊下にも漏れていなかったというのに。

「遅くなったな! 総い……!」

 だが、その防音性は開かれた扉に無効化される。

 急ぎ用事から戻ってきた糸子は、扉を開けて、おそらく修理を完了しているであろう総一の姿を期待していた。


 しかしそこにあったのは美青年たちが絡む濃厚な喘ぎ声と、立ち尽くす二人。

 廊下にまで響く大音量。十八歳未満はダメだよ♪ と注意されてしまうような。


 呆気にとられた糸子の足の力が抜ける。

 そのままぺたんと尻餅をつき、ようやく事態が飲み込めたように顔を歪めた。


「何してんだお前ら!?!?」



 その声に、本当にナニしてくれてんだお前、と里来への呪詛を内心吐きながら、総一は両手で顔を覆った。





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