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僕、魔導技士ですから。  作者: 芳蓮蔵
エピソード2
8/19

旅の始まり②


 レニンとスオウが旅に出て1ヶ月――季節は春。


 彼らの旅の目的は建前上ではレニンの成長のために見聞を広めるというものであったので、差し当たって2人はその最終目的地を、この大陸で最も大きな国――トラエフ王国の『王都ラフトリア』に決めた。


 王都ラフトリアへはレニンが住んでいたタルトス自治区から、『暁の街道』と呼ばれるこの大陸を東西に横断する道をひたすら進めばよい。しかしその距離はおよそ8,000キロという長い道のりであった。


 スオウは、雨が降ればレニンが濡れぬようにマントで覆ってやり――風が強ければ風よけになってやり――日差しが強ければ陰を作ってやり――ときには狩りや採取をして食料も確保しつつ、旅を続けた。


 当然モンスターが出現すればそれを追い払ったりもしていたが、暁の街道は人の往来も少なくはなかったので、そういった危機的状況に遭遇することはそれほど多くはなかった。



「だいぶ雑用係が板についてきましたね!」と、金髪の少女レニンは笑顔で(ニコニコ)言ってのけた。



 道はいまだ続く草原地帯――そこを貫く石畳の街道。

 天気は彼女の笑顔同様に晴れやかで、時折気持ちの良い風(ビュゥン)が肌を撫でた。



「お前……ナメてんのか」



 白銀の長髪をなびかせながら、大きな荷物を軽々と背負って歩くスオウ。



「いやいや、褒めてるんですよ? スオウの見事な過保護っぷりには感謝しています」



「皮肉にしか聴こえねえよ。――しょうがねえだろ、程度が分からねえ(・・・・・・・・)んだから」



 というのもスオウは300年近く人間との接触を断っていた上に、自身があらゆる攻撃や過酷な環境にもビクともしない無敵の身体であったため、レニンのような少女がどんな事態によりどの程度のダメージを受けるかという想像が難しかったのである。


 そのためスオウはとりあえず災厄らしき事柄に関しては、一通り身を張ってレニンを護るようにしていた。その結果、ワガママお姫様とその従者よろしく、超過保護な無敵の温室ができあがった。



「雨なんて、よっぽど強いか長い時間濡れてなければ大丈夫ですよ?」とレニン。



「だからそういうのが分かんねえんだよ」



 そう言ってレニンを睨むスオウだったが、悪びれた様子もなく可愛らしい微笑みを向けてくる彼女に、それ以上文句を言う気が失せた。



「ったく……モンスターよりタチが悪いぜ」



 そんな会話を挟みながら、二人が街道の緩やかな傾斜を登りきると、その先に小さな村が見えてきた――。




 ***




 宿屋のカウンターの上で小さな皮袋をひっくり返すと(ジャラジャラジャラ)、青黒い硬貨と茶色い硬貨の小山ができた。


 宿屋の太った主人がそれを数える。



「20……30……ちょうど40ブロンだな。あと20ブロン足りないぞ?」



「マジか……」と溜め息を吐くスオウ。



 山暮らしのスオウはもともと無一文であったし、レニンも路銀をほとんど持たずに出発していた。つまり率直に云ってしまえば、彼らは貧乏であった。



「アンタら本当にこれっぽっちしか持ってないのか? ……追い剥ぎに遭ったようには見えんけどな」と、宿屋の主人が真面目な顔で言った。


 するとレニンがスオウの高い顔を見上げる。



「なんだよ?」とスオウは横目で見下ろす。



「スオウ、追い剥ぎに遭ったんですか?」



「遭ってねえよ。ずっと一緒にいただろうが」



「じゃあただの貧乏なんですね」



「いやお前もだよ。なに他人事みたいに言ってんだ」



「またまたご冗談を」とレニンが苦笑する。



「冗談じゃねえよ」



「――え? 僕のお金は?」



「だ か ら こ れ だ よ」と、スオウはカウンターを指で叩いた(トントン)



「じゃあスオウの分は?」



「は? 俺が金なんか持ってるわけねえだろ」



「え、ちょっと待ってください。じゃあ今まで僕のお金を使ってたんですか?」



「当たり前だろ」とスオウが平然と言うと、レニンは小さな頭を抱えた。



「ああ、なんてことでしょう! 雑用係が主人の財産を使い込むなんて……!」



「お前なあ……これでも俺は――」



 二人の会話を聞きながら、宿屋の主人が「仕方ないな」と大きな溜め息を吐いた。



「足りない金額分、店の手伝いをしてくれるんなら泊めてやってもいいぞ」



 その言葉にレニンが目を輝かせた。



「有難うございます! この彼になんでもお申し付けください! それはもう馬車馬の如く働きますから!」



「――ブレねえな、コイツ」とスオウは、呆れるのを通り越して半ば感心した様子。



 その時――宿屋の木製の扉が勢い良く開いた(バタン!)



「大変だ!!」



 村の若者が血相を変えて飛び込んできた。



「モンスターが出た! 傭兵たちが戦ってるが手に負えそうにない!」



「なんだって――?!」と主人。



 そこでレニンとスオウが再び顔を見合わせた。




 ***




 村の裏手にある森との境界に流れる川――その水際で傭兵の剣士と魔法使いが、獣人鬼(オーク)水精馬(ケルピー)を相手に戦っていた。


 獣人鬼(オーク)は灰色の肌に針金のような毛が生え、下顎の牙が発達した醜悪な面構えの身長2メートルを超える獣人。

 粗末ではあるがそれなりに頑丈そうな胸当てや小手などを装備し、手にはその体に見合った大きさの巨大な(なた)


 水精馬(ケルピー)はヌメヌメとした魚鱗に体表を覆われ、たてがみの代わりに背ビレがあり、魚の尾をもった馬である。


 剣士はオークと、魔法使いはケルピーと――それぞれ別々に対峙していたが、そのどちらも明らかに劣勢であった。


 剣士の斬撃はオークの小手に難無く弾かれ(カキン!)、反対に丸太のような脚から繰り出される前蹴り(ズドム!)で、剣士の身体は大きく吹っ飛んだ――激しく地面に打たれた剣士から「ぐふっ!」と息が漏れる。



「!」と剣士に気を取られた魔法使いに、ケルピーの口から発射された高速の水弾(ドシュンッ!)が命中した。



「うっ! クソッ……この辺りのモンスターがこんなに強いはずが――」



 剣を杖代わりにしてヨロヨロと立ち上がった剣士の弱音を聴いて、オークの口が嘲笑うように歪んだ。



(こいつ――言葉が解るのか……?!)と、驚きと忌々しさを込めた眼でオークを睨む。



 そこへ駆けつけたレニンとスオウと宿屋の主人。



 「なんだあのオークは?! 鎧を着ているぞ?!」と主人が叫ぶ。



 スオウは鋭い眼光でモンスター達を捉える。



「たしかにオークに鎧を作れるほどの知能があるってのは珍しいな。それにあのケルピー、首が普通より太い。水を圧縮する筋肉が発達してんのか」



「分析はいいですから、早く助けてあげてくださいよスオウ」とレニン。



「はいはい、お嬢様」



 スオウは凄まじい勢いで地面を蹴ると(ダンッ!)、一瞬にしてハンスとオークの間に割って入った。

 しかしオークに対するかと思いきや、そちらには背を向けて剣士に話しかけた。



「おい傭兵、動けるか?」



「なっ?! アンタ危ないぞ? 後ろ――!!」



 スオウの背後に立ったオークは、巨大な鉈を振り上げると太い腕に力を込め(メキメキ)、それを唸り声(グォォ!)とともにスオウの脳天へと振り下ろした。



 ――ガッキャーン!!……ンンン……――



 しかしオークの鉈は、兜も付けていないスオウの頭に当たると、粉々に砕け散った。



「――?!?!」



 自分の武器が壊れた理由を理解できないオーク――それは剣士も同様であった。


 だがスオウはそんなことは気に留めず、何事も無かったかのように鎧を着た剣士を軽く持ち上げて肩に担いだ。



「ちょっ、おい――」と困惑する言葉も無視してスオウは再び、今度は魔法使いの前に飛ぶと、彼も反対側の肩に担ぐ――。



 ケルピーの水弾がその背中に当たるも(ドバァン!)、しかしスオウの身体は1ミリ足りとも揺るがない。


 そのまま跳び上がって二人をレニンたちの許へ届けたスオウは、宿屋の主人に向かって言った。



「おい、おっさん。あのモンスター追っ払ったら、宿代20ブロンまけてくれ」



「――へ? あ、ああ……もちろんだとも」



「よし!」とスオウ。



 すると剣士がスオウを引き留めるように手を伸ばした。



「お、おい、アンタ大丈夫なのか? アイツら手強いぞ。俺はまだ戦える、やるなら作戦を練って――」



「あん?」と振り返るスオウ。



「要るかそんなもん。だったら作戦は『だまってみてろ』だ」



 そう言うとスオウは、悠然とモンスターたちにの方へと歩いていった。


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