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僕、魔導技士ですから。  作者: 芳蓮蔵
エピソード2
7/19

旅の始まり①


 昼を過ぎたが、陽が落ちるまでにはまだ早い時間。


 地下室から戻り、スオウと二人で残りの酒を全て飲み干したトルドは、熱心に読書に(ふけ)るレニンに話を切り出した。



「レニン、こちらに来なさい」



 いつもよりも重みのある祖父の口調に、レニンは「はい」と本を閉じると(パタンッ)、おもむろに歩み寄った。


 その彼女の顔を愛おしげに見つめながら、そっと頭を撫でてトルドが言った。



「レニン、お前にはまだ話しておらんかったが……ドワーフの子は14になると旅に出るというしきたり(・・・・)があるのじゃ。――お前は今から、その旅に出なさい」



 これはトルドが初めてレニンについた嘘。ドワーフにそのような慣習や規則など無い。



「え? 今からですか?」と突然の話に目を丸くするレニン。



「そうじゃ。……しかし今の世の中は危険が多すぎる。だから儂はこのスオウ様に、旅の間、お前を護って頂くようお願いした」



「スオウさんに――」とレニンがスオウの顔を見上げると、彼はその澄んだ翡翠色の瞳を見返した。



(なるほど、たしかにエルフの目だな。それに――)



 前髪が分かれてその宝石のようにキラキラと輝く大きくて円らな瞳が露わになると、整った鼻やツヤツヤとした唇と相俟って、彼女の顔は愛くるしい人形のようである。


 その外見には何事にも動じないスオウですら、一瞬心を奪われそうになった。



(こりゃロリコン(そっちの奴)なら犯罪(やらか)しかねねえな……)



 スオウはレニンの頭に軽く手を乗せて(ポンポン)、「よろしくな」と優しく微笑んだ。



「で、俺はいつでも行けるが? お前の準備は?」



 するとレニンがトルドを見る――彼が「うむ」と頷くと、彼女は早速大慌て(ドタバタ)で準備を始めた。




 ***




 ブ厚い大きな麻袋が6つ。それを重ねて紐で固く縛るとレニンの倍以上の大きさ。

 その巨大な荷物はスオウの背中にあった。


 徐々に日が暮れ始めた家の外で向かい合う3人――その中で、荷物を背負わされたスオウだけが、極めて不満げな表情。



「…………おい」と、スオウ。



 トルドはその呼び掛けを無視して、「気をつけて行ってくるんだよ、レニン」と、手ぶらで身軽そうな孫に優しく言った。



「…………おい!」と、再びスオウ。



 レニンはその呼び掛けを無視して、「はい、おじいちゃん! しっかり見聞を広めてきます!」と元気良く返した。



「…………おい!!」



 3度目の呼び掛けでレニンとトルドが、きょとんとした顔でスオウを見た。



「なんですか、スオウさん? トイレですか?」



「違ぇーよっ!! なんで俺が荷物持ちになってんだよ? つーかこの荷物の量は多すぎるだろうが。そんで肝心のお前がなぜ手ぶらなのか?」



「有難う御座います、スオウ様……。孫を荷物の重みから護ってくださって……」とトルド。



「いや、なにワケわかんねーこと口走ってんだジジイ。殴るぞ」



「あと空腹とか金欠からもしっかり護ってくださいね? スオウ」と、レニン。



「いや、なんで呼び捨てた?! ――ちょっと待て、お前ら『護る』の意味を拡大解釈し過ぎだろう? 俺が言ったのはだな――」



「そうですか……やはりスオウ様はか弱き(・・・)者との約束などお守りには――」と、空を哀しげに見つめるトルド。


「おじいちゃん……」とレニンがそれに寄り添って呟いた。



「策士かテメェら。弁明の余地(俺の逃げ道)を塞ぐんじゃねえよ」



 スオウは荷物を背負ったまま、地面に向かって大きく溜め息を落とした。



「ハァ……まあ仕方ねえ。納得はいかねえが乗りかかった船だ。やれるだけのことはやってやる」



「有難うございます!」とレニン。



「やれやれ……。そんじゃあ行くとするか」



 行商人のような様のスオウがそう言うと、トルドが「お待ちくだされ」と一声。



「あん? もうジジイのワガママを聞く気はねえぞ?」



 しかしトルドは真面目な顔で、一本の剣を持ち出してスオウに渡した。真っ黒な鞘には金で造られた精密な竜の装飾。


 それを受け取ったスオウが「これは――」と言ってその鞘から直剣を抜き放つと(スヒィィン…)、剣身は淡く虹色に輝いた。その剣は羽のように軽い。



「それは(わし)が賢者の石を用いて作った剣――オリハルコンの剣でございます」



「こいつがオリハルコンか……話には聞いてたが、見るのは俺も初めてだ。――見事なもんだな」



「スオウ様には無用かもしれませんが、せめてものお礼と思ってお受け取りくださいませ」



「ああ。ありがたく頂いとくよ」と刃をまじまじと見つめるスオウ。



「そのオリハルコンは、持つ者の力を増幅させると云われております。スオウ様がお持ちになればさぞかしその威力は――」



 そんなトルドの言葉を流し聞きながら、スオウは試しにその剣を軽く振ってみる。すると――。



 ――ザァキィィンッッ!!――



 トルドの家が真っ二つに斬れた。



「あ……?」とスオウ。


「あっ!」とレニン。


嗚呼(ああ)……」とトルド。



 彼らの目の前で、石造りの家は無残にも崩れ落ちた(ガラガラドシン)




 ***




 ――2ヶ月後。



「それじゃあ、行ってきます!」



 3人で修繕(しゅうぜん)した家を前にして、少年のような恰好をしたレニンは明るい笑顔で手を振った。



「お頼み致します、スオウ様」



「……心配すんな。約束は守る」と、皮のマントを羽織ったスオウ。



 深々とお辞儀をするトルドの脚は固まり、彼はもうそうして立っているのも大分辛くなっていた。



 半分ほどに減らした荷物は、それでもレニンではとても持ちきれない量であったので、8割方はスオウが背負っている。

 その中には長年貯め込んだ賢者の石も入っていた。


 レニンとスオウが歩き出し、彼らが遠く離れて見えなくなるまで、トルドは手を振りながらその姿を見つめていた――。




 ***




 草原に囲まれた地平の先まで続く街道を、朗らかに歩く金色の髪の少女レニン。そしてその彼女に付き従って歩く銀髪の男スオウ。



「ねえ、スオウ」と明るい顔のレニン。



「だからなんで呼び捨てだ?」



「え? おじいちゃんが『雑用係に“さん”はいらないじゃろう』って言ってました」



「あのジジイ……」とは言ったものの、スオウはそれがトルドの気遣いだということを理解していた。


 年端もいかぬ少女に呼び捨てにされる雑用係であれば、スオウがかつての英雄だとは誰も思わないであろう、そういう気遣いである。



「スオウは転生者なんですか?」



「あん? ……なんだお前、知ってたのか?」



「おじいちゃんが教えてくれました」



「あのジジイ……(2回目)」



「転生者ってものすごく強いんでしょう? スオウはどれぐらい強いんですか?」



「そうだな……この世界のモンスターを、全部まとめて相手にできるぐらいには強い」



「それってメチャメチャ強いじゃないですか」



「まあな。でもどんなに力が強くても、できねえことはある」



「例えば?」



「世界を救う……とかな? 俺が魔王を倒したところで、世界は良くならなかった。結局のところ人間(テメェ)の道は人間(テメェ)で切り拓かなきゃ、ホントの意味で前には進めねえのさ」



「ふぅーん……」としばらく考えたレニンは、閃いたように口を開いた。



「じゃあ僕が救いますよ! 世界を!」



「はあ? なに言ってんだお前」



 呆れ顔のスオウだったが、前髪の隙間から覗くレニンの翡翠(ひすい)の瞳は至って真面目であった。



「僕がこの世界の人間として、この世界の道を切り拓きます!」



「お、おう……そうか。頑張ってな……」



「あっ! スオウ、今――」



 先を歩いていたレニンは振り返って人差し指を立てると、わざとらしく頬を膨らませた。



「僕のことバカにしましたね?」



「いや、してねえよ。夢があるのはいいことだ」



 スオウが微笑みながら本音を返すと、レニンも笑った。



「見ていてください、僕がきっと――この世界を変えてみせますから!」



 剣と魔法の世界アーマンティル――その世界の片隅で、少女は宣言するように空に向かって言った。


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