スオウとの出逢い⑤
酒を飲んでも一向に酔った様子のないスオウの精悍な顔を、トルドが見つめる。
「(やはりこの方は……)――スオウ様」
「あん?」
「折り入ってお話がございます――ちと、宜しいですかな?」
「? ……ああ。構わねえよ」
トルドが横に目をやると、食器を洗い終えたレニンが部屋の窓際で柔らかい陽を浴びながら、スオウから借りた本を楽しそうに読んでいた。
「レニンや、儂はスオウ様と奥で話をしてくる。外には出んようにな?」
「はーい、解りましたー」と本に目を向けたままレニンが言うと、トルドは「どうぞ、こちらへ」とスオウを奥の部屋に案内した。
***
トルドが部屋の棚を横にずらしそこに現れた扉を開くと、地下へと続く石階段――。
それほど深いわけでもなかったが、それを降りた先にはスオウが充分背を伸ばして立てるだけの小部屋へと辿り着いた。
カンテラに照らし出された部屋はどうやら物置きのようで、手製の棚にいくつかの大小の木箱が並んでいた。
「スオウ様、こんなことをお尋ねするのは恐縮ですが――人はどんな時に死ぬとお考えでしょうか?」
唐突に投げ掛けられたトルドのその質問に、一瞬言葉が詰まるスオウ。
「……あまり考えたことは無いな」と、スオウは率直に答えた。実際に彼は死というものとは無縁の存在であったからである。
「左様ですか……。貴方様のような強き人には無縁のことなのやもしれませぬな。しかし――人間よりも寿命が長いとはいえ、我々ドワーフやエルフにも死は訪れます。故にこの歳になればそれを考えずにはおれんのです」
「…………」と、黙るスオウ。
「レニンの母――儂の義理の娘ということになりますが、彼女はこう言っておりました。『人が死ぬのは諦めて歩みを止めた時である』――と」
(諦めて……歩みを止めた時……か)
「彼女はレニンが赤ん坊の頃に亡くなったので、あの子は母親の顔を憶えていないようですが……彼女の魂――強い意志の力はそのままあの子にも宿っているように感じます」
確かにスオウはレニンから子供ながらに強い何かを、強がりとは違う意志のようなものを感じ取っていた。それ故に俗世から離れた身でありながら、モンスターに襲われていた彼女を助けたのである。
「あの子は……レニンは特別な娘です。しかしそれは良い意味だけではありませぬ。その出自や能力故に、降りかかる災難や苦境もまた他の者よりも特別。――これをご覧頂けますか」
トルドが片手で抱えるには少し大きい木箱を棚から下ろし、スオウの前でその蓋を開けた。
――中には山のような虹色の宝石の粒。
「こいつは……まさか全部賢者の石か?」と、初めてスオウは驚きの表情を見せた。
「左様でございます。……ほとんどはあの子が幼子の頃に流したものですが、その稀少さから捨てることも譲ることもできず、今まで貯めてきたものです」
「こいつはたまげたな……。小せえ国ならまるごと買える量だ」
「これだけでも、あの子の身がどれほど危険に晒されているか、お解りになるでしょう?」
「ああ。こりゃ実際、とんでもねえ金の生る木だ。アイツの存在を知れば、世界中の権力者や王族が放っちゃいねえだろうな」
「仰る通り――それにあの子は女の子でございます……。子煩悩とお笑いになられるかもしれませぬが、その器量は母親のエルフに似て並々ならぬものです。時が経てばその見た目だけでも、人目を惹いて止まぬでしょう」
「まあたしかに……」
レニンが薄汚れた少年の格好でさらに前髪で顔を隠していても、エルフの高貴な雰囲気は隠し切れるものではなかった。
するとトルドは、突然その場で片膝を突いて深々と頭を下げた。
「なんの真似だよ」と拒むような仕草をしたスオウに、トルドが言った。
「スオウ・フレイヴハイマー様。……ご無理を承知でお願い致します。しかし今日貴方様にお逢いできたのは天の配剤。こんなことを頼めるのは貴方様しかおりませぬ。――あの子を……レニンをどうか、お護り頂けないでしょうか」
懇願するトルドを面倒臭そうに見下ろしながら、スオウは「やっぱそうくるか――」と大きく溜め息を吐いた。
「お願い致します。何卒」と再度。
「ジイさん……俺はな、もうこの世界の奴らと関わるのは辞めたんだよ。どうせロクなことになんねえからな……。護るんならアンタがテメェで護れよ」
冷たくあしらうスオウだったが、誰にも見られていない彼の表情は悲しそうだった。
「儂にできることなら、お頼みは致しませぬ」
そう言うとトルドは自分のズボンの裾をまくり上げて、黄土色の鈍い輝きを放つ義足のような脚をスオウに見せた。
「――鉱石病か」と、スオウ。
それは採掘と鍛冶を生業とするドワーフには珍しくない病気である。
魔力を含んだ石に体内から侵食され、身体が鉱石へと変化していき、やがて生命活動に必須な器官まで石化して死に至る病。
「レニンには話しておりませんが、儂の寿命はせいぜいあと数ヶ月――。あの子が成人して己の身を護れるようになるまでは、とても生きられませぬ。儂が死ねばあの子は天涯孤独の身……」
そう語るトルドに、スオウは低い天井を仰ぎ見てしばらく考えてから言った。
「――アイツは今何歳だ?」
「先日、14になったところです」
「そうか――なら4年だ。アイツが成人するまでは俺が護ってやる。そっから先はどうなろうが知らねえぞ」
スオウのその台詞に、トルドは彼の手を取ると涙を流して感謝した。
「有難うございます。それで――それだけで充分でございます……」
そのトルドを見て、久しく蔑まされ続けてきたスオウは、300年振りに他人に必要とされたことに「やれやれ」と頭を掻きながらも、照れ臭そうに笑みを浮かべた。