スオウとの出逢い④
レニンの祖父――ドワーフのトルドは、痛むだけで一向に言うことを聞かない脚を引き摺りながらも、一晩中山を捜索したものの遂にレニンを見つけられぬまま、途方に暮れて下山したところであった。
「レニン…………」と、涙を堪えながらトルドが家のドアを開けようとしたとき――。
「…………ぉ……ぃぃぃちゃぁぁあああんん」
どこからともなく、その愛する孫の声。
「レニンッ?!?」と振り向くトルド――その目の前の庭に豪快な落下物。
土砂の煙幕――――そして。
巻き上げられた土煙の中から飛び出す「おじいちゃん!」。
「レニン!!」
両手を拡げたトルドの胸に、レニンが飛び込み抱きついた。
「嗚呼、レニン……良かった――本当に……」と、皺だらけの顔を涙に濡らすトルド。
そこへ薄らいだ土の煙の中から、リュックを片手に持ったスオウがおもむろに姿を現した。
「やっぱここでビンゴか。……んじゃ俺は帰るからな。こいつは気が向いたら取りに来る」
スオウはそう淡白に言ってリュックを地面に下ろすと、感動の再会真っ最中の二人に背を向けた。
するとそれをトルドが呼び止める。
「お待ちくだされ。貴方がレニンを――?」
「おじいちゃん、この人はスオウさんです」とレニンがその名を教えると、トルドは「なんと!」と驚愕の声を上げた。
「スオウ…………まさか貴方様は――不死の英雄スオウ・フレイヴハイマー様では……?」
――その呼び名にスオウは足を止めた。
「お知り合いなのですか?」と、レニン。
「いや、儂が直接お会いしたことはないが……儂の爺さんから聴いたことがあるんじゃ。――300年前、金剛竜ジオグラルデによって滅びの危機に瀕したドワーフの里を、旅の英雄が救ってくださった。その方のお名前がたしか――」
「知らねえな、そんな話は」
しかしスオウのその風貌――特徴的な白銀の髪は、トルドが聴いた伝説の英雄と一致していた。
「しかし――」と続けようとしたトルドだったが、彼はスオウがそれを否定しようとする意味をすぐに悟った。
(そうか……この方は……)
かつて世界を周り人々を強大なモンスターの手から救い続けた英雄は、しかし今となっては世界を混乱に陥れた張本人として語られる、忌まわしき存在なのである。
スオウがその本人であるならば、それをよしとするはずもなかった。
「……失礼致しました。ではこの老いぼれの勘違いでございましょう。広い世界、同じ名前など数多くございます」
「ああ」とスオウが返事をすると、トルドは「ですが――」と繋いだ。
「それでもレニンを助けて頂いたことに変わりはございません。せめてものお礼に、食事の振舞いなどさせては頂けないでしょうか?」
トルドは深々とお辞儀をした。
「そうですよ、スオウさん! せっかくなんですから一緒にご飯を食べましょう!」
レニンが帰ろうとするスオウの手を引っ張ると、彼は「やれやれ」と頭を掻いた。
***
鶏肉をまるまる使った香草焼きや、キノコと山菜のシチュー、干し肉に木の実のオイルをかけて固いパンで挟んだものなど、グラゼッペン家にしてはかなり豪勢な料理を3人で平らげた。
「ごちそうさまでした!」と先に席を立ったレニンは、空いた食器を重ねて片付け始める。
トルドが部屋の奥から取り出してきた秘蔵の果実酒を二人で飲みながら、スオウとトルドはいそいそと洗い物をするレニンの後ろ姿を見た。
彼女が昨夜負った傷はもうほとんど治っていた。それが自然治癒力に優れた頑健なドワーフの特性によるものであると、スオウにはすぐに理解できた。
「――本当にアンタの血も入ってるんだな」とスオウ。
ドワーフやエルフといった亜人種は自分たちの種族としての誇りが強く、他の種族と親密に関わり合うことはほとんど無い。
300年以上生きてきたスオウですら、人間と亜人種の混血など見たことはなかった。
「儂の妻は人間でしてな。いつも笑顔で、どんな生き物にも分け隔てなく接することができる心優しい女じゃった……」と、しみじみ語るトルド。
「母親がエルフだと聞いたが?」
「はい。儂らの息子はドワーフと人間の混血――そしてその子がまた他種族であるエルフと結ばれ、レニンが産まれました。……稀有なことです」
「つまりアイツには、ドワーフと人間とエルフの血が入ってるってことか――(珍しいなんてレベルじゃねえな)」
少なくともスオウの知るこの世界の歴史の中では、恐らく初めての存在である。
「外見はほとんど人間と変わりませんが、頑健さや回復力はドワーフと大差ありません。手先の器用さや物作りの才能もあります。それに――あの子の瞳をご覧になりましたか?」と、手持ちの酒を空けたトルド。
スオウは互いのコップに酒を注ぎ足しながら「いや?」と一言。
レニンは金色の長い前髪でずっと目を隠していたが、スオウは別段それを気に留めてはいなかった。だがトルドの言葉でその理由が知れた。
「あの子の瞳は翡翠色――それは月に照らされれば虹色に光ります」
翡翠色の瞳というのはエルフだけが持つ特徴である。虹色に輝くというのは――。
「――『月虹の瞳』か」とスオウが呟くと、トルドは静かに頷いた。
「はい。……本来ならばエルフの中でも、世界樹の祝福を受けた巫女だけが持つといわれる瞳です。何故レニンがそれを持っているのかは分かりませんが、あの子は産まれた時から――その特性は紛れも無く月虹の瞳です」
「産まれた時から、か。……そりゃまあ厄介だな」
含みのある言い方をするスオウに「やはりご存知ですか」と、トルドが尋ねた。
「ああ。それなりに見聞があるんでな。……月虹の瞳から流れる涙は『エルフの泪』――別名『賢者の石』になる。成人して祝福を受けたエルフが泣くなんてことは滅多にねえし、エルフの里から出ることもねえから、相当に希少価値が高いはずだ――昔と変わってなけりゃの話だがな」
「今は昔よりもエルフの数が減って、より貴重な物となっております」
「なるほど、だからこんな辺鄙なとこに住んで目を隠してんのか。ドワーフの鍛冶屋となりゃあ、街で店を出せばいくらでも客がつくだろうに」
「……仰る通りです。それに賢者の石はただの宝石ではございません。上手く扱えば折れぬ剣を作ることも、尽きぬ魔力を生むことも可能――恐ろしき石なのです。過去にはそれを巡って戦が起きたこともあると聞きました」
険しい表情で話すトルドに、スオウが「よく知ってるよ」と返すと、トルドは彼の正体に確信を得た。
――その戦争を収めた者こそドワーフの伝説に語り継がれる、不死の英雄スオウであったからである。