スオウとの出逢い③
レニンが本を漁っているとその一番下に、彼女が見たこともない文字で書かれた分厚い本。
「なに、これ――? 初めて見る文字……」と、レニンはその本をまじまじと見る――その表紙には軍艦と戦闘機の写真。
興味津々な様子のレニンを見て、スオウが答える。
「そりゃ俺が昔いた国の本だ」
「これ船なのかな……? なんだか解らないけど物凄く細かい絵ですね。なんて書いてあるんだろう?」
「タイトルは『科学の変遷と兵器の歴史』だ。あと絵じゃなくて写真っつーんだ、それは」
「シャシン……? 兵器って――武器のことですよね? これも武器なんですか?」と、レニンは銃が載っているページを開いてスオウに見せると、ライフルの写真を指差して訊いた。
「ああ。そりゃアサルトライフル――いや、FALはバトルライフルだったか。……まあとにかく武器だ」
「へぇ……。バトウライフーってなんですか? 杖じゃないんですか? どうやって使うんです?」
「バトルライフな。ライフルに限らず、銃は弾丸を飛ばすんだよ」と、面倒臭そうに答えるスオウ。
「ジュー? ダンガンってなんですか? 投石機みたいなものですか?」
立て続けに質問を投げ掛けるレニンに、スオウは「うるせえ奴だな」と言ってから自分の羽織っていたマントを脱いで、彼女に投げた。
「武器なんざお前には関係ねえ代物だよ。それ着てとっとと寝ろ、ガキ」
そう言うと自分は袖無しの薄いシャツ1枚で横になる。
レニンは物足りない表情で沈黙してから、スオウのその姿と渡されたマントを見比べた。
「……これ――いいんですか? 寒くないんですか? スオウさん」と、心配そうにレニン。
「別に寒かねえよ。――俺にはそういうの無えからな」
レニンに背を向けて寝転んだまま、スオウはぶっきらぼうに答えた。
「………………」
レニンはマントを抱えたまま、黙ってしばらくその様子を観察してから、そっとそのマントを羽織って眠りについた。
***
明くる日の朝――。
「起きろクソガキ」
スオウの罵倒混じりの挨拶でレニンが目を醒ますと、爽やかな陽光が洞窟の入り口に射し込んでいた。
「おはようございます、スオウさん」と目を擦りながら言う。
ふと横に目をやると、すっかり乾いて綺麗に畳まれたレニンの服。
「あ……ありがとうございます」
「もう乾いてる。麓まで送ってやるから早く着替えろ」
そう言うスオウは洞窟の出入り口に立って、陽光を身体いっぱいに浴びながら外を眺めている。
レニンが手早く着替えを済ませて、昨夜借りたマントをスオウに返すと、彼はそれを羽織って「行くぞ」と一言。
するとレニンが名残惜しそうに後ろを振り向いて、本の山に目をやった。
「あの、スオウさん。あれ……お借りできないでしょうか?」
「ああん? ――ああ、あの本か。別に構わねえが、どの本だ?」とスオウが問うと、レニンは悪びれもせず「全部」と答えた。
「――図々しい奴だな。……まあいい、ちょっと待ってろ」
スオウはそう言って洞窟の奥に戻ると、しばらくしてから丸く太ったリュックサックを持ってきた。
「なんですか、それ」とレニン。
「リュックサックだ。テメェで持てよ、ほら」
スオウが軽く放り投げたリュックをレニンが受け取ると、想像以上の重いによろける。
「うわっとと……。これ背負えばいいんですか?」
「本来はな。だが落とすと面倒だから前にしとけ」
スオウに言われた通りにレニンがリュックを前に抱えると、その彼女の身体ごとスオウが抱き上げた。
お姫様抱っこをされてなんとなく恥ずかしそうにしているレニン――誤魔化すように景色に顔を向けると、洞窟は彼女が思っていたより大分高い場所にあった。
森を見下ろしながらスオウが尋ねる。
「お前ん家はどっちだ?」
「ええっと、タルトスの街の方角です。場所はもっと手前ですけど」
「そうか」とスオウ。だが彼は歩き出す素振りは見せず、その場で膝を曲げて低く構え――「落ちんなよ」。
「え――?」
レニンが呟いた瞬間、彼女を抱えたスオウは爆発的な勢いで跳び上がった。まさにロケットの如き上昇――。
「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」
と女の子らしい悲鳴を上げて、レニンはスオウの首にしがみついた。
しかし眼下の木々がミニチュアになった辺りで上昇が緩やかになると、気持ちの良い爽やかな風。
そして彼女の目には、朝陽を背にして輝く石造りの街並み。
「わあ! タルトスの街があんなに小さい! 太陽と一緒に光ってる! なんてキレ――――え?」
――そして無慈悲な自由落下。
「ぇぇええぇぇぇー!!」
スオウの腕が、アトラクションの安全ベルトよろしくレニンの体をガッチリ固定し、突風を切り裂いて降下すると、森の一部が開けた場所に着地。
地面が軽く陥没するほどの衝撃を下半身のバネで吸収すると、スオウは再びロケットジャンプ――。
その人間絶叫マシンが3回目に突入すると、眼下に小さな茶色い屋根の家が見えた。
「あれっぽいな。――おいガキ」
スオウが呼び掛けると、腕の中から「……レニン……です」と力無い返答。
「おいレニン。――ちっ、しゃーねえな……まああそこでいいか」
スオウは最後のジャンプでその家へと向かった。