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僕、魔導技士ですから。  作者: 芳蓮蔵
エピソード1
3/19

スオウとの出逢い②


「――!?」



 薄い闇の中、背後で木の幹がへし折れた(バキバキバキ)のに気が付いてレニンが振り向くと、そこには常識を超えた大きさの禍々しい蛇。


 持ち上げた首だけでも二階建ての高さ。

 灰色と緑の(まだら)模様が迷彩となって全身は視えないが、紅く光る蜘蛛のような8つの眼だけは、視界不良の雨中(うちゅう)でもハッキリと見て取れた。



「………………」



 レニンは恐怖で動けない。


 蛇はつまみ食い程度にしかならぬであろうレニンの小さな体に顔を向けると、巨大な口から荒縄のような舌を出した(シュルリ)


 震える歯(ガチガチガチ)を噛み締めて、それでもレニンは悲鳴をこらえた。声を上げれば、それをきっかけにして蛇が襲い掛かってくるような気がしたからである。


 しかし蛇はそんなレニンを嘲笑(あざわら)うかのように、毒々しい黒い牙を見せた。



(おじいちゃん――)



 まさに絶体絶命と思えるその状況で、レニンは若い命の終わりを悟り、目を瞑った――。



 …………。



 ………………。



 ……………………。



 ――しかしいくら待っても、蛇の牙はいっこうにレニンを襲ってくる気配が無い。



「……あれ?」とレニンが目を開けると、そこにはやはり蛇の姿があったが、先程と違って彼女の前には一人の男の背中があった。


 丈の長い薄汚れた革のマントに、雨に濡れた白銀の長い髪が張り付いている。


 その男は蛇に向かって、爽やかだが芯の太い声で言った。



「またお前かよ……こっちの山には来んなっつったろう?」と、男は気だるそうに頭を掻く。



 彼は蛇の威容などまるで気にせずつかつかと歩み寄ると、牙を向いた蛇に、なんと横から平手打ち(バチンッ!)


 蛇の巨体は派手に吹っ飛んで、その勢いで木々が数本薙ぎ倒された。蛇はそれきり動かない。



「……3回目は無ぇからな、クソヘビ」と、吐き捨てるように男――振り返ってレニンを見る。



 彼は野盗の如き粗暴な口調とは裏腹に、凛々しく整った精悍な顔つきの青年であった。


 ――鋭い力強さを秘めた黒い瞳と真っ直ぐな高い鼻。その顔だけ見れば野盗どころか貴公子といった感じだが、猛々しい雰囲気は擬人化した気高い狼か何かである。


 彼はその鋭い視線と声を、可愛らしい顔と美しい金髪が無惨にも泥まみれになってしまったレニンに投げる。



「おい、ボウズ。お前もとっとと帰れ。自分の身も守れねえ奴がこんなとこに来るんじゃねえ」



 するとレニンはいきなり「う……」と声を漏らした。



「あん? なんか言いたいこと――」



 男が言いかけると、レニンは「うわあああん!」と雨音をかき消すような大きな声で泣き出した。安堵や恐怖や痛みがまとめて込み上げてきたのである。


 彼女の泪は光りの粒となって転がり(ポロポロ)落ちた。



「だぁぁぁッ? うるせぇ! なんだっつーんだ?!」と、男は顔を背けて耳を塞いだ。



「ううう……ひぐっ…………だって怖くて……怪我も痛くて――」と、泣きながらレニン。



「怪我ぁ? ――ああ、そうか。そういやそんなもんがあるんだったな。忘れてた」



 その男の妙な物言いに、レニンは首を傾げた。



「??? おじさんは……怪我をしないんですか?」



「おじさんじゃねえよ、『おにいさん』だ。……怪我なんてしたことねえよ」



「え――?」と、濡れた目を丸くするレニン。



「んなことより――仕方ねえ。とりあえず俺のねぐら(・・・)に連れてってやるから、明日んなったら帰れよ」と言って、男はレニンの身体をひょいと抱え上げた。




 ***




 洞窟の中で、まとめた(まき)に石で火を点けようと苦戦する男。

 外はすっかり闇に包まれていた。



「点かねえな、くそ」と、悪態を吐きながら挑戦を続ける男の横から、レニンが「はい、おじさん」と言って掌から小さな炎を出した。



「おじさんじゃねえよ。……なんだよボウズ、お前魔法使えんのか。――エルフか?」



「いえ、僕は人間です――ほら」と髪をかき上げて、なんの変哲もない耳を見せるレニン。


 『エルフ』は人間との交流をほとんどもたない種族で、並外れた魔力と寿命を持つ。外見は人間と変わらないが、唯一耳先が尖っているのが特徴である。



「お母さんがエルフだったそうです。それと僕の名前はレニンです。レニン・グラゼッペン。……助けてくれてありがとうございます、おじいさん」



「上に寄せんじゃねえよ。『おにいさん』だろどう見ても。人は見かけで判断しろ」



「ごめんなさい。ありがとうございました、おにいさん」



 レニンが行儀良くお辞儀すると男は手を振った(ヒラヒラ)



「さっきのは気にすんな。アイツはやたらこの辺を荒らすんで、どのみち追い払うつもりだったんだよ」と、男は火に顔を向けたまま言った。



「おにいさんはここで暮らしてるんですか? お名前は?」と、レニン。



「名前? ああ名前か……スオウだよ。ここに住み始めたのは7、8年ぐらい前だったか」



「スオウ――。……仕事は何をしてるんですか? あんなに強いんだから傭兵とかでしょうか?」



「別に。なんもしてねえよ。ただのんびり生きてるだけだ。云うなりゃ流れ者さ」



「じゃあ流れ者(ハザマ)ですね」とレニンが言うと、スオウは「なんだそりゃ?」と眉を困らせた。



「名前の最後には職業とか身分を付ける決まりなんですよ? 僕はまだ子供だから付いてないですけど――知らないんですか?」



「……知らねえな。人間の決まりごとなんざ興味ねえ」



 焚火の薪から火の粉(パチリッ)



「――おにいさんは人間じゃないんですか? エルフやドワーフには見えませんけど……」



「さあな」と言いながらスオウは、当たり前のように火の中に素手を突っ込んで、崩れかけた薪の位置を直した。



「熱くないんですかッ?!」とレニンが驚いたが、スオウは「別に」と顔色ひとつ変えずに傾いた(まき)を組み直す。



「こんなもんか――おいボウズ」



「レニンです」



「なんニンでもいい。服脱げ」



「えっ――」と、レニンが身を引く。



「え、じゃねえよ。服乾かさねえとだろうが。そのためにわざわざ火なんか点けたんだから――いいからさっさと脱げ。別に取って食やしねえよ」



「…………わかりました」と言って躊躇(ためら)いながらも、レニンは濡れて張り付いた服を引き剥がすように脱いだ――ホクロひとつ無い透き通った白い肌に、柔らかく膨らんだ胸。



「なんだお前……女だったのか。まあいいや、これ被ってろ」と、スオウはボロボロの大きな布を投げ渡した。



 レニンはそれを受け取ると、そそくさとその布を頭から被った。


 スオウが焚火の前に太い枝を突き刺して、そこへ濡れた服を掛けているのをレニンがじっと見つめていると、揺れる明かりに照らされて、洞窟の奥にある四角い山が目に入った。



「スオウさん、あれは?」と指差すレニン。



「ん? ああ、そりゃ俺の本だよ」



「見てもよろしいですか?」と積み重ねられた本に歩み寄るレニン。



「構わねえけど――お前、字読めんのか?」



「ええ、おじいちゃんに教わりましたから……」



 そう言ってレニンはその本を一冊ずつ手に取っていく。



「――スゴい。見たことないモノばかり……」



 そこにはドワーフの鍛冶や造船技術、エルフが記した高等魔術の研究、モンスターの生態に関する学術書、果ては行商人の見聞録などまでもがあった。


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