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僕、魔導技士ですから。  作者: 芳蓮蔵
エピソード1
2/19

スオウとの出逢い①


 300年前、突如この世界に現れた『転生者』はたった一人で、それまで人の手には負えなかった強大なモンスター達を次々と容易く(ほふ)り、ついにはモンスターの頂点に君臨していた魔王を倒した。


 そしてその1年後、彼は誰に告げることも無く忽然(こつぜん)とその姿を消した。


 誰もが待ち望んでいた『魔王亡き後の世界』――しかし転生者がもたらしたその世界は、人々が夢見ていたような平和で穏やかな世界ではなかった。



 ***



 石畳に薄茶色のレンガ作りの街並み――。


 賑わいを見せる目抜き通りを、馬車や商人(ガラガラガラガラ)が行き交い、その隙間を子供たちが縫った。



「まったく困ったもんだよ」と、青果を売る露店の主人。



 溜め息を吐きながら、リンゴが2つ入った麻袋と釣り銭を少女に渡す。


 少女はレニン・グラゼッペン。14歳。


 刺繍も柄も無い質素な服――その恰好は少年のようである。

 しかし服はともかく本人は、近い将来美人として花咲くこと請け合いの、可愛らしい(つぼみ)のような女の子。


 ただその可愛らしさは、目をほとんど覆い隠すように垂らされた金色の前髪に隠されていた。



「何がですか?」と、レニン。



「――モンスターさ。最近は小さな動物まで凶暴化してきてね。野菜や果物も育てるのが難しくなってきたんだよ。畑を荒らす狐を退治するのにも、傭兵を雇わなくっちゃいかん」



「ふーん……」と、レニンは興味が無さそうな返事。



「それもこれもみんな、忌々しい大昔の『転生者』のせいさ」



「テンセイシャ――?」と、レニンが首を傾げる。



「ボウズは聞いたことねえのかい? どこからともなく現れて、とんでもない強さでモンスターを片っ端から倒しちまったって奴の話を」



 彼女を少年と勘違いしている主人の話に、レニンは首を横に振った(フルフル)



「そいつはモンスターどころか、その親玉の『魔王』までやっつけちまったんだよ。それで魔王がいなくなったら、モンスターどもは好き放題やらかし始めて――それをまた転生者がやたらめったら倒したもんだから……。本能っていうのかねえ、殺られねえように、逆にモンスターはどんどん強く進化しちまったってワケだ」



「ふーん、そうなんですか。それでその――テンセイシャはどうしたんですか?」



「ある日突然、パッタリと消えちまったらしい。まったく……世界をめちゃくちゃにしといて無責任なもんだよ」



 主人が再び大きな溜め息を吐くと、レニンの後ろの中年の女が苛立った声を上げた。



「ちょっといつまで待たせるのよ、買い物が終わったんならどきなさいよ」



「ああ、すみませんね――ごめんなボウズ」と、主人。



「お前も気を付けるんだぞ。街の中はまだ安全だが、山の方じゃどんなモンスターが出るか知れたもんじゃない」



「はい、ありがとうございます。おじさんも気を付けて」



 レニンがそう言って颯爽と店を後にすると、その横を(ほろ)の無い荷馬車が通り抜けていった――その荷台には怪我をして(うめ)く兵士。


 それをレニンが横目で流し見ると、近くで井戸端会議をしているエプロン女たちの声が耳に入った。



「また山で新種が出たらしいわよ?」


「こんなに大きな蛇なんですって!」


「最近の警備兵は頼りないわねえ……」



 好き勝手な声の横を抜けて、レニンは街の裏門を出る。彼女の家は街から大分離れた山麓(さんろく)にあった。




 ***




 素朴な石造りの家――。


 頑丈さ以外に取り柄が見当たらないその家のドアが、勢い良く開かれる。



「おじいちゃん、ただいまー!」と、元気よくレニン。



「おかえりレニン。遠くまで行かせてしまってすまないね」



 彼女を迎えたのは、彼女とさほど身長が変わらない――だが横幅は3倍もある恰幅(かっぷく)の良い老人。


 彼はトルド・グラゼッペン・ヨロヅ。


 レニンの祖父で、頑健な肉体を持ち物作りにも長けた『ドワーフ』という種族に属する。

 薄くなった白髪と長い髭。(いか)つい顔とは対照的に、その物腰は柔らかであった。



「大丈夫ですよ、僕だってもう14歳ですから」と、レニン。



「そうか……大きくなったものじゃなあ。お前も同じ年頃の子供たちと遊びたいじゃろうに」



「ううん、気にしないでください。僕おじいちゃんの仕事手伝うの好きです。それに街はいろんな人がいて面白いし――あ、これ売上です」



 レニンはそう言って、腰に付けた革袋を木机に置いた(ドシャリ)。その袋には銀や銅の硬貨が詰まっていた。



「カルマンさんが、この前買ったふいご(・・・)が凄く使い易いって言ってました。それとミトラさんの所の水車、歯車の調子が悪いから今度見てもらいたいって」



「それは良かった。じゃあ今度は儂も街へ行かんとな」



「いいですよ、おじいちゃんは。脚が悪いんですから。図面さえあれば歯車ぐらい僕でも直せます」



 そう言いながらレニンは(かまど)(まき)をくべると、棚から薬草を1枚取り出した。



「あれ――クレの葉がもうないや。おじいちゃん、僕ちょっと薬草採りに行ってきますね」



「ああ気をつけてな。そろそろ陽が落ちてくるから、遅くならんように」と、トルド。



 レニンはサンダルを革のブーツに履き替えると、小さな鎌と革袋を腰に提げて家を出た。




 ***




 鬱蒼と木々が生い茂る山中――。


 トルドの脚の病を緩和させる為の薬草を革袋がいっぱいになるまで採り終えると、薄っすらと赤焼けてきた太陽を見てレニンは一息ついた。



「ふぅー、もう充分かな……そろそろ帰ろ――」



 そう呟いて鎌をしまうレニンの視界に、四つ葉のように笠が開いた珍しい形のキノコ――。


 レニンは「あっ」と声を上げてそれに近寄る。



「ヒャクネンタケだ! わぁ、珍しいなあ……」と、レニンはそのキノコをもぎ取ると、薬草を何枚か捨ててから袋に押し込んだ。



「あっ! こっちにもある!」



 キノコはレニンを誘うように、山の奥に向かって点々と生えていた。



「凄い……これだけあれば、おじいちゃんの病気だって治せるかも?」



 レニンは日没まで間もない事も忘れ、それを次々と採りながら山に分け入っていった。


 やがて彼女の懐がキノコでこんもりと膨らむ頃には、辺りは大分暗くなっていた。



「遅くなっちゃったな……早く帰らないと」



 そう言って(きびす)を返す彼女の頬に、小さな雨粒(ポツリ)――「雨……?」。



 ――ポツ……ポツ……パタパタパタ……ザァァァァァァ――



「ひゃあっ!」と、レニンが両手にキノコを持ったまま慌てて小走りになりかけたところで、彼女の足はぬかるんだ地面で予想外(ズルリッ)の動きをした。



「あ――」



 咄嗟に枝に掴まろうとして手を離した彼女の目に、ゆっくりと宙を舞うキノコ――彼女の身は崖に向って傾いて、次の瞬間には視界がジェットコースターになった。




 ***




 気がつけば小降り(シトシト)になった雨の中――。



「う……うぅ……」



 レニンが目を覚ましたのは、ぬかるんだ土の上。その目の前には散乱するキノコ。



「ッつ! あ痛たたた……」



 ゆっくりと起き上がると、身体中の関節が痛んだ(ビキビキ)。服も所々が裂け、擦り傷や切り傷が無数にできていたが、幸いなことに激しい出血や骨折は皆無であった。


 辺りは暗く、レニンが崖を見上げてみても、自分がどの程度の高さからどのように落ちてきたのかすら窺い知れない。



「ううぅ……どうしよう――」という独り言も森の静寂に呑み込まれ、途方に暮れて泣き出しそうなレニン。



 その彼女の後ろから、うねる大樹のような巨大な影が枝木を割りながら(バキリボキリ)這いずり寄ってきた。


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