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僕、魔導技士ですから。  作者: 芳蓮蔵
エピソード4
19/19

魔導器①


 小さな二階建ての木の家の前の庭。洗濯桶に張られた水面に映り込んだ快晴の空が、ゆったりと揺れ動いている。


 そこへ大量の服の束を放り込んだスオウは、その場に腰を下ろすと一枚一枚丁寧に(ゴシゴシ)洗い始めた。


 王都の喧騒は遠く、数羽の小鳥のさえずりが響く中、干された洗濯物が気持ち良さそうになびく。



 ――レニンが鍛冶屋(ヨロヅ)ギルドの一員となって3ヶ月。


 街中は地代が高過ぎるという理由で、レニンとスオウは王都の外れにある、以前は門兵の詰所として使われていた払い下げの建物を借りて住むことになった。

 二人で住むには少し広いその建物を、彼らが安く借りられたのは、ヨハムの根回しがあったからである。


 レニンはその家にギルドで使わなくなった古い鍛冶道具を持ち込んで、粗末ではあるが自分だけの小さな工房を築いた。


 王都内とはいえ街の中心まではそれなりに距離があったが、買い出しは(もっぱ)らスオウの仕事であったし、ギルドの仕事よりもむしろ新たな技術研究に没頭したいレニンとしては、喧騒から離れたこの立地は好都合であった。


 数日に一度、大工房に顔を出して任された仕事をこなす時以外、レニンはこの小さな工房に籠もってひたすら開発に明け暮れていた。


 無論それは、スオウの持っていた科学と兵器の本を元に足りない部分を魔法で補うという、彼女なり、あるいはこの世界なりの新兵器の開発であった――。



「こんなもんか……」



 スオウは洗い終えたシャツを絞り、勢いよく広げる(パンッ!)


 すると突然、家の中から階段を駆け降りる音(ドタバタドタ)。そして――。



 ガラ! ガッ! ガン! ゴロン! ガッシャーン!



「…………」



 振り向いたスオウの視線の先では、小物と一緒に盛大に転げ落ちてきたレニンが、パンツ一枚、裸同然の恰好で扉からせり出して、うつ伏せに倒れている。



「……何やってんだ、お前」



 冷ややかな目でその姿を見つめるスオウ。



「………………」



 無言で突っ伏しているレニン。しかししばらくすると「フフフ」と嬉しそうに笑いながら、何事もなかったかのように立ち上がった。


 そして透き通った白い肌と大きな胸を惜しげも無くさらけ出したまま、意気揚々とスオウを指差す。



「できましたよ、スオウ! 何を隠そうこのレニ――? っわぷ!?」



 その顔にまっさらな服が投げつけられた。



「何を隠そうじゃねえよ、色々隠すとこあんだろ」と、スオウ。



 レニンは投げ渡されたポンチョに渋々頭を通しながら。



「別に僕は、いまさらスオウに裸を見られたって気にしませんよ?」


「そういう問題じゃねえよ。常識をわきまえろって話だ」


「えっ?! まさかスオウにも常識が?」



 驚きの声を上げながら真っ白なポンチョから頭を出したレニンは、その毒舌とは裏腹に花の妖精を思わせる、美しさと可愛らしさのハイブリッドである。



「まさかってなんだ。お前は俺を山猿かなんかだと思ってんのか」


「いやいや、さすがに山猿は言い過ぎだと思いますが、常識という観点から見れば獣人鬼(オーク)と大差無――っぷ!」


「下も穿け。そのままじゃヘンタイだ」



 ぶかぶかの綿ズボンをスオウが再びレニンの顔に投げつけると、レニンはいそいそとそれを穿きつつぼやく。



「ヘンタイって……洗濯するからって服を剥ぎ取ったのはスオウでしょう?」


「お前がいつまでも同じ服着てるからだろ。――臭うぞお前」



 スオウがそう指摘すると、レニンは「えっ……」と大分伸びてきた金色の髪を鼻に近付ける。



「なんだ、気にしてんのか。冗談だよ」と、スオウ。



 するとレニンは恥ずかしそうに顔を赤らめて、憤慨した。



「スオウのバカっ!」



 頬を膨らませてそっぽを向くレニンに、スオウは悪びれた様子も無く話を続ける。



「んなことより、ちゃんと替えの服を置いといただろう。アレはどうしたんだよ?」


「……アレなら弾丸のパッチに使いました。丁度良い厚みでしたから」


「はあ? せっかく洗ったってのにお前は――って、弾丸? お前一体何作ったんだ」



 その質問にレニンは先程の怒りなど一瞬で忘れて、待ってましたとばかりに目を輝かせた。



「そうそう、よくぞ訊いてくれました! 何を隠そうこのレニン・グラゼッペン・ヨロヅ! ついに試作品第一号を完成させたんです!」


「だから何の試作品だって訊いてるんだよ」


「決まってるじゃないですか。魔法伝導型兵器――通称『魔導器』の試作品第一号ですよ」


「ふーん、魔導器ねえ……」



 全く期待も感動も見せないスオウの反応に、レニンは不満げな表情。



「少しは感動してくださいよ。ちょっと待っていてください。今持ってきますから」



 そう言ってレニンは家の中に入ると、すぐに鉄製の長い筒を持って舞い戻ってきた。


 それを見て「ほう」と、僅かながらに感嘆の声を洩らすスオウ。


 レニンが持ってきた筒は、紛れもなく銃器――科学兵器と呼ぶにはいささか拙い物ではあったが、どこからどう見ても正真正銘の鉄砲。長い鉄の銃身に木製の銃床を取り付け、引き金も照準もそれなりの体を成した古典的な長銃であった。



「――マスケットか……良くできてるな」



 スオウはレニンから手渡された銃を眺めながら呟いた。



「基本形は、ですけどね。動力は魔法なので、当然火薬は使ってません」


「フリントロック(※1)じゃねえんだな」


※1:火皿に詰めた点火薬を火打石(フリント)で着火させ、銃身内の装薬(発射用の火薬)に伝火させる方式。


「構造としてはパーカッションロック(※2)に近いですね。火の魔法を封じた賢者の石を雷管として使ってますから、魔法がそのまま装薬の代わりにもなります。伝火のタイムラグが無い分、カートリッジ(※3)に近い即応性があるはずです」


※2:撃鉄で雷管を叩くことによって初期発火を起こし、装薬に伝火させる方式。

※3:弾丸、薬莢、雷管などが一体化した実包を装填し発射する方式。現代における弾薬。


「なるほど。賢者の石を雷管に使う以上、弾薬としては量産できねえってワケか。だが火薬がいらねえ分弾丸のコストは低くなるし、威力が魔法に依存するから火力も上げやすい」


「さすがはスオウですね。その通りです」と、感心して頷くレニン。


「弾は?」


「入ってますよ。バネ仕掛けのシンプルな機構ですが、後装式で5発まで装填できます」


「セミオートとは大したもんだ――で、コイツは撃てるのか?」


「勿論! 的も作りました」



 満面の笑みで肯定したレニンは、再び家から木の板を持ってきた。その板には絶望的に下手くそな、絵らしき何か。


 スオウは最大限好意的な解釈によって、それが何かの生き物を表していると判断して、レニンに訪ねた。



「……何で的にタヌキの絵が?」


「? 何を言ってるんですか。これはゴブリンです、見れば判るでしょう?」


(判んねえよ)と、目頭を抑えて溜め息のスオウ。



 レニンは10メートルほど離れた場所の木にそのゴブリン(?)の的を括り付ける。



「――準備いいですよ!」と、手を振るレニン。



 スオウは彼女が的から充分に離れてから、マスケットの銃床を肩に密着させて構えた。



「(射程は問題無さそうだが――)……いくぞ」



 慎重に狙い定めるスオウ――。


 期待に胸を膨らませて(ドキドキワクワク)見守るレニン――。



 だがスオウが引き金を引いた(ガチンッ)と同時に、マスケットの銃身が小爆発(ボカン!)


 黒煙がスオウの顔を隠し、数秒経ってから、真上に吹き飛んだ撃鉄が彼の頭に落ちてきた。



「…………おい」と、硬直したままスオウ。



「あれ? おかしいな」と、レニンが首を傾げながら歩み寄る。



「――径が小さ過ぎたのかな? それとも内圧に装填部の構造が耐えられなかった? あるいは魔法の威力とのバランスでしょうか……。いずれにしても機構そのものを見直さないとダメですね」



 独り言(ブツクサ)を呟く彼女に、スオウは眉間にしわを寄せて不自然に笑う。



「その前に言うことがあるんじゃねえのか」



 するとレニンは思い出したように「ああ」と手を叩いた。



「――すみません、失敗しちゃいました」



 ぬけぬけと天使の笑顔で言う彼女に、スオウは溜め息を吐いた。


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