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僕、魔導技士ですから。  作者: 芳蓮蔵
エピソード3
18/19

王都ラフトリア⑦


 名も無き市井(しせい)の人々から貴婦人、王太子に至るまで、コロシアムの観客たちが固唾を飲んで見守る中――。


 ギオールは剣先を真っ直ぐ、対峙するスオウの顔に向ける(ピタリ)

 そして翳のある表情は変えぬまま、その容姿に似合う艶めいた声で話し掛けた。



「スオウ・フレイヴハイマー。聞いたことのない名前だ――」



 静かな口調ではあったが、しかしスオウには充分に届く声量。



「ハルガ・ダーシュリーを力でねじ伏せたのは見事だが、君の戦い方は美しくない」


「……あ?」



 スオウの眉が微かに歪む(ピクッ)



「君のここまでの戦いは全て力一辺倒(いっぺんとう)。華麗さの欠片もなかった。ただ強いだけならば、それはモンスターと変わらない。――だが戦いとは美しくあらねば」


「………………」



 ギオールは手先がほとんど視えぬほどの速さで、目の前の宙をバツ印に斬り裂いてみせた。

 少し遅れてスオウの両横を、鋭い風が吹き抜ける。



「(風のエレメンタル……)――魔法剣士か」と、スオウ。


「そうだ。私は風のエレメンタルに守護されている。故に敵の動きは常に風に阻まれ、逆に私の動きは一切風の抵抗を受けることはない。つまり君は、私に触れることすら叶わぬということだ」



 ギオールは構え直した剣の先を少し前に垂らすと、不敵な笑みを零した。



「お見せしよう。研鑽(けんさん)を積んだ華麗なる剣技と、風の魔法による神速の競演を」



 対するスオウが露骨に不機嫌な表情をして仁王立ちのままでいると、審判席から開始の合図があった。



『それでは――闘技開始!』



 合図とともに、ギオールの身体は流れるように動き出したかと思うと、次の瞬間には文字通り風の速さでもって、スオウの横を通り抜けた。


 地面から琥珀の砂塵が舞い上がる。


 その一瞬の間にギオールは、スオウの四肢全てに斬撃を放っていた。



「――終わりだ。反応すらできなかったようだな」



 スオウの背後でゆっくりと剣を納めるギオール。



「四肢の腱を斬らせてもらった。だが傷は深くない。安静にしていればまた――」


「テメェ、なんか勘違いしてやがんな……?」


「っ?!」 



 スオウの声にギオールは咄嗟に振り返った――そこには何事もなかったかのように平然と立つスオウ。



「何故……エレメンタルの攻撃を防げるはずが……」



 戸惑いを見せるギオールに向かって、おもむろに近付くスオウ。



「くっ!」



 彼の只ならぬ雰囲気を感じ取って、ギオールは再び目にも止まらぬ速さでその場を離れる――「遅えよ」――ことはできなかった。


 スオウはギオールですら気付かぬうちに彼の目の前に立ちはだかり、その襟元を掴み上げた。



「なっ……私より速――」


 そのまま片手で持ち上げられて苦しそうにもがくギオールに、スオウは苛立ちに曇った顔で話す。



「美しい戦いだ? 勘違いするなよ、ガキ。戦いにキレイもクソも無えんだよ」



 恐ろしく暗い光を(たた)えたスオウの眼に睨まれ、ギオールは思わずその身を(すく)ませた。



「な……(なんだコイツの眼は――)こ……(殺される……!)」


「どんな動機であれ、戦いってのは敗者弱者を生み出すシステムだ。必ず誰かが血や涙を流す――」



 スオウはギオールを引き寄せると、額同士がくっ付くほどに顔を寄せて言った。



「そんなモンに美しさなんてあるワケねえだろうが」



 静かな怒気を孕んだスオウの迫力に、ギオールは「うわあっ!」と情けない声を上げ、左手で逆手に剣を抜いて、己の服の胸元を切り離した。


 尻もちを付くと同時に右手を翳し――。



「風よ、斬り裂け!」と、詠唱。



 しかし魔法がスオウを斬り裂くどころか、彼の周りにはそよ風ひとつ起きなかった。



「な、何故だ?! どうしてエレメンタルが反応しない?!」



 そこに一歩進み出るスオウ。その拳の内に残った服の切れ端を投げ棄てる。



「魔法剣士のくせに気づかねえのか? 逃げたんだよ」


「に、逃げた……?」


「ああ。……魔法ってのは、術者の魔力を餌にエレメンタルを使役する行為だ。だがエレメンタルってのは純粋な存在だからな。『どれだけ魔力(エサ)を貰おうが割に合わない相手』だと感じれば、魔法は発動しねえんだよ。それどころか消滅させられる危険を感じて逃げ出しちまうのさ」



 スオウはそう言いながら自嘲気味に苦笑した。

 というのも彼が魔法を使えないのは、あらゆる属性のエレメンタル達が、彼の力に恐れをなして寄り付かないからなのである。



「エレメンタルが……逃げ出す? そんな馬鹿げた存在が――」


「いるんだよ、この世界には。何もせずとも魔法を完全に無効化しちまうような化け物がな」



 倒れたギオールを見下ろすスオウ。



「それは竜と――」



 そして剣を逆手に振り被る。



「ヒッ……」と、ギオールが小さく悲鳴を上げた。



「魔王と――」



 スオウの眼が鋭く光る。



「あとは、この俺だ」



 彼が剣を振り下ろすと同時に、コロシアム全体が揺れた(ズズン…!)



「…………あ……」と、言葉を失ったギオールの股の間には、根本まで突き刺さった剣――。



 それを中心にして、闘技場の地面全体に放射状の亀裂が入っていた。


 ただ剣を刺しただけ(・・・・・・・)で起こったその凄まじい光景に、会場全体が言葉を失っていた。


 唯一、特に驚いた様子も無くそれを見ていたのは、レニンだけである。



「――まだ続けるか?」と、スオウ。



 その問いに無言で首を振るギオール。



 勝ち名乗りを上げる気にもならないスオウは、ギオールに背を向けるとそっと手を挙げて、審判席に自分の勝利を示してみせた。



『…………あ。――し、勝者スオウ! 優勝は、スオウ・フレイヴハイマー!』



 そしてコロシアムがどよめいた。


 レニンの隣の席にいたヨハムが、気怠げに戻っていくスオウの後ろ姿を呆然と見つめながら呟く。



「と、とんでもないお方なのですね……スオウ様は……(あんな人間が存在するとは――いや、あの方は本当に人間なのか?)」



 するとレニンは、自分のことのように嬉しそうな笑顔で返した。



「勿論です! 僕の雑用係は最強ですから!」




 ***




 ギルド酒場の受付カウンターの上に、大きな革袋が乗せられた(ドジャンッ!!)



「登録金、1000ゴルドです!」と、レニン。



 目を丸くしている受付嬢の横には、酒の注がれた木のグラスを片手にミロス。



「おいおい、たまげたな……。まさか本当に優勝しちまうとはよ。しかもトンデモねえ強さだったって話じゃねえか。まったく、俺も見に行くんだったぜ」



 ヨハムも「まったくです」と同意した。



「正直私めも驚かされました。これまで多くのモノフや闘技士を拝見しましたが、スオウ様はまるで次元が違う。まさに竜もかくやという戦いぶりでございました」


「別に戦ったつもりはねえんだが」と、スオウ。



 事実として闘技の間、彼が戦闘と呼べるほど行為を何一つ行ってはいないというのは、間違いなかった。



「どうせならアンタもギルドに入りゃあいいのによ。モノフでもどこでも。なんなら王国騎士団にだって歓迎されるだろうよ」



 ミロスが笑いながら言うと、スオウは首を横に振った。



「いや、俺はどこにも入るつもりはねえよ。なんたってコイツの雑用係だからな」



 そう言ってレニンの小さな金色の頭に、手を乗せる。



「そうかぁ、まあ色々事情があるのかも知れねえが、もしその気になったらいつでも言ってくれ」


「ああ、ありがとな」



 スオウとミロスがそんな会話をしている間に、差し出された革袋の中の金貨を数え終えた受付嬢が、再びその金貨を袋へと戻した。



「たしかにピッタリ1000ゴルド、確認致しました。あとの手続きはこちらで行いますので、最後にこの紙に手を」



 受付嬢は棚から一枚の茶色い紙を取り出して、それをカウンターの上に置いた。


 ――紙には青いインクで手型が描かれており、その型の縁を魔法式の文字が取り囲むように書き込んであった。


 レニンが言われるままにその手型に合わせて紙の上に左手を乗せると、ぼんやりと文字が光ってから、彼女の手の甲に、鎚と金床の紋様をした鍛冶屋(ヨロヅ)ギルドのマークが一瞬だけ浮き上がった。



「わっ」と慌てて手を引くレニンに、受付嬢が笑う(クスリ)



「これで登録は完了です。――ようこそ、レニン・グラゼッペン様。本日より貴方は、王都ラフトリア公認、当ギルド連合の一員です」


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