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僕、魔導技士ですから。  作者: 芳蓮蔵
エピソード3
17/19

王都ラフトリア⑥


(ナイフ? まあ徒弟(とてい)の練習には丁度良いシロモノだが……)



 怪訝そうに見つめるナオリをよそに、レニンは鼻唄を歌いながら鞘からそれを抜いた。


 それは極めてシンプルな、何の意匠(いしょう)も施されていない片刃の短剣であった。



「それぐらいの物なら、ウチの見習いだって作れんヨ?」とナオリは、拍子抜けしたように軽く溜め息(ハァ…)


「確かに見た目はちょっとアレですけど」



 素人臭いデザインに恥ずかしそうに苦笑いするレニン。

 しかし彼女からその短剣を受け取ると、ナオリの顔色はにわかに変わった。



「これは――(なんて軽さ……剣身にほとんど重みを感じない……)」


「使ってみてください」と、レニン。



 そしてナオリが近くにあった革の切れ端に手を伸ばすと、レニンは「もっと硬いもので」と付け加えた。



「…………」



 ナオリは壁に立て掛けてあった鉄製の丸盾を無言で取ると、それをレニンの短剣で軽く斬りつけてみた。


 すると刃は盾を斜めに抜ける(スゥーッ)。そして下半分が床に落下(ガラン)


「は……?」とナオリは、自分の行為がもたらした結果が、彼女の予想と全く異なることに当惑した。



「て、鉄の盾が……」



 その様子を横で見ていたヨハムや職人達も、彼女と同じく絶句したまま――。



「いかがですか? 素晴らしい切れ味でしょう!」と、レニンは誇らしげに上向きの胸を張った。



 ナオリは己の手に在る、ごく普通の短剣にしか見えぬレニンのナイフを眺めながら呟いた。



「……い、いや、素晴らしいとかそれ以前に――何なんだヨ、この刃は? 鋼なのかと思ったけど、光の返しが鉄とは微妙に違う……何より異常に軽い」


「それはオリハルコンです」と、サラリと言ってのけるレニン。



 するとナオリは得心した様子で頷いてから。



「ああなるほど。それならたしかに伝承通りの――って……は? 何だって?」


「オリハルコンです」


「オ、リ……? はぁぁぁっ?!」



 ナオリの余りの大声に、離れたところで鉄を打っている職人達までも、手を止めて彼女らの方に顔を向けた。



「お前、そりゃ伝説の金属じゃねえかヨっ?! 一体どこでそんなモンを……」


「どこで、という言い方は正確ではないです。オリハルコンは純金属ではなく合金に近い物体ですから。どうやって、という方が適当です。まあその作り方は一口に説明できるものではありませんけど」


「そ、そうなのか……。じゃあお前がコイツの作り方を?」


「まさか」と、笑って否定するレニン。


「そのナイフを造ったのは僕ですが、オリハルコンの精製法を発見したのは祖父です。僕はそれが記された祖父のメモを元に、自分なりに再現しただけです」


「トルド・グラゼッペンのメモ……そんなものが――」


「残念ながらそのメモをお見せすることはできませんが、少なくとも僕が解釈して再現し得た技術や知識については、皆さんにちゃんとお伝えするつもりです」



 レニンは真面目な顔でナオリを見据えて、そう言った。



「ウチらにオリハルコンの精製法を……」



 それが判明すれば鍛冶屋(ヨロヅ)の世界は一変する――まさに革命とも云える事態が巻き起こるのは間違いない。そう直感したナオリは、己の全身が期待に震えるのを感じた。


 そしてひっそりと影に徹していたヨハムもまた、その眼を興味深く光らせていた。



(ただのエルフの少女ではないと思っていましたが、まさかこれほどの情報をお持ちであったとは……。オリハルコンが安定して作れる物であるならば、その影響はこのギルドに留まるものではない。それどころか、トラエフ王国以外の国々にも大きな変化をもたらすのは間違いない。他の者に先んじてレニン様と出逢えたのはまさに僥倖(ぎょうこう)――これは面白くなりそうだ)



 そんなヨハムやナオリの思いはともかく、レニンはずけずけと言ってみせた。



「まあ前提条件として、僕のギルド加入を正式に承認して頂ければ、のお話ですけどね」



 その提案にナオリははた(・・)と我に返り、いわずもがなと闊達(かったつ)な笑顔を返す。



「勿論。伝説の名匠の遺産を拒むギルドなんてあるもんかヨ。このギルドのマスターとして、お前――いやレニン、アンタを正式なギルドメンバーとして承認、そして歓迎させてもらうヨ」


「ありがとうございます! 宜しくお願いします!」



 ナオリが差し出した手を、レニンも無邪気に輝く笑顔で握った。




 ***




「お見事な交渉でございました、レニン様」と、ヨハム。



 無事に鍛冶屋(ヨロヅ)ギルド登録の許しを得たレニンは、ヨハムとともに大工房から(きびす)を返し、再びスオウのいるコロシアムへと戻ってきた。


 そしてヨハムが会場の係の者に、懐から取り出した金貨をそっと手渡すと、彼らは最前列の席をへとすんなり着くことができたのであった。



「交渉なんて大それたものじゃないですよ。ただ人の為になる技術は広めるべきだと思いますし、その技術は正しく扱える人間が知るべきだとは思います」


「なるほど。レニン様はナオリ様がそういう人間であると見抜かれたのですね」


「見抜いたというか、その人がどういう人かというのは一目見れば何となく解ります。人に限らず、物の構造なんかもそうですけど」


「ほう。それは――(物事の本質を捉える特殊能力『エルフの慧眼(けいがん)』。無意識にそれを発動しているとは、やはりレニン様はただのエルフとは違うようですね……)」



 屈託のないレニンの横顔をヨハムが見つめていると、会場がザワつき、国旗が掲げられた中央の特別観覧席に、身なりの良い金髪の青年が姿を現した。



「あの人は――?」と、レニンがヨハムに尋ねる。


「あの御方は王太子殿下です」



 その王太子が席に着いて片手をそっと挙げると、審判席にいた男がうやうやしく頭を下げてから、巨大な銅鑼が打ち鳴らされる(ゴォォォンン…)



『これより、闘技大会決勝戦を行います!』



 同時に高まる熱気と歓声――。



『まずは今大会初出場にして、並居る強豪を退けついにこの場へと辿り着いた謎の男、銀髪の剣士、スオウ・フレイヴハイマー!』



 引き上げられた格子の門から、気怠そうにスオウが姿を見せると、初戦とは打って変わった客席からの声援(ワァァァァー!)が渦を巻く。


 その反応に目を丸くして会場を見回すレニン。



「スオウ……初出場なのに凄い人気ですね……」


「よほど素晴らしい勝ち方をされたのでしょう。しかしまさか本当に決勝まで残っておられるとは……」



 正直スオウの強さを信じていなかったヨハムは、人気がどうこうというよりも、彼が宣言通り勝ち進んでいたことのほうが驚きであった。



『そして迎え撃つは、前回の覇者、華麗なる剣技で全ての闘技者を圧倒する天才剣士、ギオール・クラウストス!』



 最高潮と思われた歓声は、しかしスオウの時の倍にも増して会場を包み込んだ。その大きさはレニンが思わず耳を塞ぐほどである。


 スオウが登場した門と反対側から現れた剣士――ギオール・クラウストスは、すらりとした細身の白いチュニックを纏った、一見して女性と見紛(みまご)うばかりの眉目秀麗(びもくしゅうれい)な美青年であった。


 ――愁いを帯びた青い瞳と白い肌。シルクのような滑らかさをもつ茶色い髪は、ピッチリと切り揃えられたマッシュスタイルで、細い輪郭の彼を一層繊細そうに見せていた。


 身長は決して低くはないものの、並外れた体躯であったハルガや高身長のスオウに比べると、かなり見劣りするのは間違いなかった。

 肩幅や胸板もスオウより小さく、闘技士という括りの中で云えば華奢と表現してもよいぐらいである。



「あの人が最強の剣士……」



 試合開始に向けて客席が静まったところで、レニンがそう呟く。



「左様でございます。彼の外見からその強さを窺い知るのは難しいでしょうが――」


「解ります」



 ヨハムの言葉を遮ってレニン。



「あの人は強いですね、かなり――いえとんでもなく……」



 その視線の先で、剣士ギオールは流れるような動作で剣を構えた。


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