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僕、魔導技士ですから。  作者: 芳蓮蔵
エピソード3
16/19

王都ラフトリア⑤


「何を――」とハルガが動こうとした瞬間、スオウの剣が凄まじい勢いで振り下ろされた。



 ――剣戟の音(ギィンッ!)が響く。



「ぐうッ!?!」



 スオウの攻撃を咄嗟に剣の腹で受けたハルガは、その余りの重さに慌ててもう片方の手を剣先に添えた。



「……ぬっ……ぐうぅぅぅ」



 呻くハルガは、悠々と片手で圧しつけられるスオウの剣に、両手を使って必死に耐える。



「くっ――(なんっ……たる……膂力!)」



 ほんの一瞬でも気を緩めれば、たとえ刃の無い模造剣ですら頭蓋ごとカチ割られるだろう――ハルガはそう判断して、ありったけの力でそれに抗った。


 しかし無慈悲な圧力は徐々に増していき、耐えかねたハルガは片膝を突く。彼の顔には焦燥が、そして腕や首筋には太い血管が浮かび上がった。


 額に噴き出た汗が、彼のゴツい頬を伝う――だが対するスオウは涼しげな顔で、まるで力を込めている素振りなどなかった。



「ぐっ! ――くっ……」と、ハルガが歪んだ表情を見せる。



 初めのうち、観客達はそれが何らかの余興であろうと思い笑っていたが、ハルガの余りに必死な形相を見て、次第に訝しむ声が漏れ始めた。



「……お、おい……」


「あれ、まさか本気でやってるのか……?」


「嘘だろ? 相手は片手だぞ?!」



 ハルガ贔屓の貴族女からも困惑や悲鳴に似た声が上がったが、余裕の無い彼の耳には届かない。



(こ、コイツは――バケモノか……!)



 腱や筋肉の繊維が千切れるほどに力んでいても、ハルガの剣は押され続ける。


 両者の武器は切れ味を伴わない分、普通の剣などよりも遥かに厚く頑丈に作られていたが、ついにはそれすらスオウの腕力に耐えかねてたわみ(・・・)始めた。



(マズい……! このままでは――)



 ハルガの脳裏に、剣を折られ自分の頭が無惨に粉砕される画像が生々しく浮かんだ。


 そしてスオウが更に剣を圧し進めると、剣の真ん中に亀裂(ピキッ)が走った。



「!? 待っ――!」



 ハルガが苦しそうに叫んだ。



「待ってくれ!」



 彼の言葉が発せられると同時に、絶望的な圧力は跡形も無く消えた。


 ハルガはその場でよろめいて、左手を地面に着いた。力みっ放しだった右手は硬直して開くことができず、剣の柄は手に張り付いていた。


 頭を垂れた彼の顔から、大量の冷や汗が滴となって地面に落ちる(ボタボタ)



「ハァ……ハァ……参った……私の負けだ。降参する……」



 それを聴いたスオウは、平然とした顔で剣を下ろした。



「そうか。……悪かったな、強引なやり方で」



 そう言ってそっと手を差し伸べるスオウ――。


 その手をハルガが掴むと、スオウは小石でも拾い上げるかのような軽い動きで、彼の巨体を引き上げた。


 観客と審判は暫くの間、その光景が何を意味しているのかを理解できず、ただ呆然と見ていた。


 しかしハルガが、まだ僅かに震えが残る手でスオウの右手を高々と挙げてみせると、ようやく状況を飲み込んだ。



『し、勝者……ス、スオウ・フレイヴハイマー!』



 審判席から戸惑い混じりの勝利者宣言が響くと、数秒の後に、怒涛の如き歓声が闘技場を包んだ――。




 ***




 大工房を赤々と染める熱気と、金床に打ち付けられる鉄槌が奏でる二分音符(カァン!…カァン!…)


 中央にある巨大な塊鉄炉から放射状に分かれたいくつもの炉口の前では、鍛冶職人達が各々の仕事に精を出している。


 造られているのは剣や矛、鎧や盾といった武具に留まらず、農具や蹄鉄や建物に使われる飾り金具まで、多種多様であった。



「わあ、懐かしいなあ、この感じ!」



 レニンがヨハムに連れられ、目を輝かせ(キラキラ)ながらその職人達の横を通り抜けると、工房の雰囲気には不相応な珍客に視線が注がれた。

 それに構わず二人は工房の奥――納品前の品質チェックが行われている一角へ。



 するとそこには老年の鍛冶職人に混ざって、一人の若い女性の姿があった。


 ――赤い髪をした、20台半ばと思しき外見。分厚い革のエプロンを掛け、袖無しの服から剥き出しになった腕は闘技戦士もかくやという逞しさである。ウェーブのかかった前髪を頬に一束垂らし、残りは首の後ろで結んでいる。


 目鼻立ちのハッキリとした美人であったが、その瞳は険しく手元の剣に注がれていた。



「失礼致します、ナオリ様」と、ヨハムがその女性に声を掛けると、彼女は視線を剣から逸らすことなく応えた。



「――帰んな、ヨハム。ウチは金貸しに用は無ぇヨ」



 彼女は片目を瞑ると、水平にした剣の柄を自分の眼の下に当て、刃の根本から切っ先までを注意深く視る――。


 澄んだ光を反射する剣は、素人目には見事な出来栄えに見えたが、剣を下ろしたナオリは大きく溜め息を吐いた。



「…………ダメだな、反りが大きい」



 彼女から剣を受け取った隣の職人が「そうですか?」と、同様に剣を覗き込む。



「ああ、それじゃ良くて一級品だ。とても特級品としては出せねえヨ。――ミドに打ち直させろ」



 職人にそう命じた彼女――ナオリが剣を台に置くタイミングを見計らって、ヨハムは改めて話し掛けた。



「そう邪険に扱わないでください、ナオリ様。今日は商売のお話をしに来たわけではございません。私はこちらのレニン様を、ヨロヅギルドのマスターである貴女のもとにご案内差し上げたまで」



「は? なんだって?」と、ナオリがヨハムの方に顔を向けると、彼の横に立っていたレニンと目が合った。



「誰だヨ、このガキは」



 ナオリは前髪で瞳が隠れたレニンの顔を、不機嫌そうなキツい眼つきで見据えた。


 しかしレニンは動じる様子も無く、その眼に無邪気な微笑み(ニッコリ)を返す。


(何だコイツ……)という感想が、ナオリの表情に露わになる。



「この方はレニン・グラゼッペン様。先程ギルド酒場にて、このヨロヅギルドに登録申請をなさいました。登録金はこれから――だそうですが、その前にナオリ様にご挨拶をと、私がお連れしたのでございます」


登録金(そんなもん)はどうでもいいが……こんなガキがウチのギルドに登録だって? 飲んだくれのミロスはなんで止めねえんだヨ」



 ナオリは困った様子で腰に手を当てて、大きく嘆息を洩らした。


 すると「ミロス様からはむしろご推薦を頂いておりますが」と、ヨハム。



「はあ? なんでこんなガキを……」



 と言ったところで、ナオリは言葉を止めて首を傾げた。



「ん? ちょっと待て。お前、名前なんつった? レニン――?」


「はい、レニンです!」と、朗らかな返事。


「いやそうじゃなくて。家名だヨ、家名」


「グラゼッペンです!」


「グラゼッペン……てまさか、ドワーフの――」


「左様でございます」と頷くヨハム。



 それを聴いたナオリは、唖然としたまま丸い目で、再びレニンの姿を上から下まで確認する。



「マジかヨ……じゃあお前は、師匠の身内ってことか……」


「え? 師匠? ナオリさんも祖父に鍛冶を教わったんですか?」と、レニン。


「いや、師匠ってのはウチが勝手に言ってるだけだけど……っつーか、伝説の名匠トルド・グラゼッペンって言ったら、世界中のヨロヅが師と仰ぐ存在だろうヨ。でもトルド・グラゼッペンは別名『孤高の鍛冶師』なんて呼ばれて、生涯一人の弟子も取らなかったって話だが――」


「レニン様は、その伝説の名匠トルド様のご令孫。そして唯一のお弟子様でございます」


「マジかヨ……」と、同じ台詞を繰り返すナオリ。



 しかしすぐにハッとなって、レニンに問い質した。



「いや待て。そうは言っても証拠が無え。それにヨロヅだってんなら、相応の腕がなくちゃ話にならねえ。お前はそれを証明できんのかヨ?」



 するとレニンは「うーん」と考えてから。



「証拠――になるかどうかは判りませんけど、この王都までの旅の途中で僕が試作したナイフならあります」



 そう言って彼女は腰に付けた革袋から、小さな短剣を取り出した。


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