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僕、魔導技士ですから。  作者: 芳蓮蔵
エピソード3
15/19

王都ラフトリア④


 琥珀色の砂が敷き詰められた地面に、剣士が尻餅をついて(ドッ!)倒れ込む(ズザンッ!)



「ぐっ――!?」



 即座に起き上がろうとした剣士の喉元に、剣を模した鉄板が触れる(チャキ…)


 彼が見上げた先に立つ剣の主は、中天の陽光を背負ったシルエット――薄暗く見える端正な顔に笑みが浮かぶ。



「――まだ続けるか?」と、その男が言った。



 不利な体勢だけでなく、男が発する覇気に気圧された剣士は、身動きが取れぬまま唾を飲んだ(ゴクリ…)



「い……いや、参った。――こ、降参する……」



 その言葉の直後に、固唾を飲んで見守っていたコロシアムの観客たちから、一気に歓声が上がった。



『勝者! ギオール・クラウストス!』



 会場の中央に迫り出した審判席から高らかに告げられた勝利宣言は、観客席から湧き起こる男への歓呼の声(ギオール!ギオール!)に呑み込まれ、その響きはコロシアムの中にある出場者用の控室にまで届いた。



 ――「なんか、エラい騒ぎだな」と、その控室にいるスオウ。


 彼は長椅子に座って、出場者全員に共通の装備として宛がわれた、鉄製の左側だけの胸当てを付け終えると、今度は手甲付きの革手袋に手を通す。


 そばにいた禿げ頭に髭面の、いかにも腕に覚えのある荒くれ者といった風体の男が、地鳴りのような歓声に耳を澄ませてから、スオウの言葉に応える。



「……ありゃあ、ギオールだな」


「ギオール?」と、スオウは首を傾げて聞き返した。


「ああ、ギオール・クラウストスだ。まだハタチそこそこの若造だが、前回の大会じゃあ圧倒的な強さを見せつけて、初出場で優勝しちまった奴だ」


「ほう、そりゃ大したモンだな」



 という台詞とは裏腹に、スオウは大した興味も無い様子で淡々ともう一つの小手を嵌める。



「おまけに見た目もイイときてるからよ、若え街娘から闘技好きの貴族のババアまで、皆がアイツ贔屓になっちまいやがった。だもんで根っからの闘技好きって連中からは相当嫌われてる」


「そりゃ単なるやっかみ(・・・・)だろうに」



 スオウが呆れたように笑うと、「違えねえ」と男も髭をさすって苦笑する。



「まあ周りがどう思おうが、ギオールの実力は本物だ。かく言う俺も前回アイツに負けたんだけどな。……ところでアンタもここらじゃ見ねえツラだな? まだ若そうだが、闘技は初めてか?」


「ああ。ま、若くはねえが――こういう試合ってのは初めてだな」


「そうか。にしちゃあ随分と落ち着いてるな」



 男は感心した様子で、支度を終えて立ち上がるスオウの姿をまじまじと見た。


 ――薄汚れた麻布の服に綿ズボンと革のブーツ。許された装備は鉄の胸当てと小手、それに剣の形はしているが刃の無い鉄製の板だけである。


 その恰好だけを見れば間違いなくみすぼらしくもあったが、しかしそれによってスオウの戦士としての魅力が損なわれることはなかった。


 美しく長い銀色の髪と整った精悍な顔つきのスオウは、喩えるならば、泥にまみれたところで気高さを微塵も失わぬ孤高の狼で、彼の鋭い眼光は控室の出口の扉と、その先にある闘技場の方角へと注がれていた。



「――アンタ、ただモンじゃなさそうだな……」



 男は闘いを生業とする者の直感で、スオウの秘めたる力を感じ取ってそう言った。




 ***




 闘技場の東西に設けられた2つの入口――そこの鉄格子が鎖で引き上げ(ガラガラガラ)られる。


 広がる砂に反射した陽光が、入場してきたスオウの目に射し込む。と同時に客席からは歓声。

 しかしそれはスオウではなく、彼の対戦相手に対して起こったものであった。



『続いての対戦は――前々回優勝、そして前回の準優勝を飾ったこの男! 不屈の剛剣、ハルガ・ダーシュリーィィッ!』



 審判席の男が高らかに声を上げて紹介すると、客席からの声援は一層高まった。



「随分と人気者だな」と、呟くスオウ。



 スオウの相手――ハルガ・ダーシュリーは上半身が裸、下には膝丈の皮のズボンを穿いた巨躯の戦士であった。

 年齢は30半ば。腕や脚は丸太の如く、胸板はスオウよりも二周りも厚みがある。


 獣人鬼(オーク)にも引けを取らぬその見事な身体は、彼に合わせた特注サイズの胸当てと小手の必要性を疑わせるほど、並外れた頑強さを窺わせていた。


 風貌も決して醜いということはなく、赤茶色の波立つ髪とゴツい骨格の顎が雄々しくも凛とした獅子のような印象で、男らしさに魅力を感じる女性からすれば、むしろ男前と云っても差し支えないレベルであった。



『対するは、今回初出場の流浪者(ハザマ)、スオウ・フレイヴハイマー!』



 当然のことながら、ハルガと違って全く名の知れていないスオウの紹介は淡白で、それと同様に歓声や拍手の類も極めて控え目なものであった。


 そして客席からは――



「ありゃあ、何分も保ちそうにないな」


「初出場で最初の相手がハルガとは、運の無え奴だ」


「まあ決勝まではハルガで間違いないだろう」


「怪我しねえうちに降参したほうがいいぞ」



 などといったスオウへの憐れみや辛辣な言葉が、そこかしこから聞こえた。


 ただ何人かの貴婦人から「あら、なかなかイイ男じゃない」という、戦闘に対する期待とは関係の無い評価の声もあった。


 それを聴いたハルガが不満そうに鼻を鳴らし(フンッ…)、剣を真っ直ぐスオウに向けて構える。

 規定装備である模造剣は標準的な直剣の長さであったが、彼の手に在るとそれは小枝のように小さく見えた。



『それでは――闘技開始!』



 審判席から合図が告げられると、対するスオウもゆっくりとした動作で斜めに構える。

 しかしその構えに気は込められておらず、単に「戦う意思が無いわけではない」という程度の意思表示に過ぎなかった。


 ハルガは数歩距離を詰め、お互いの間合いの手前で足を止めた。



「スオウと言ったか。偽物の剣とはいえ、舐めてかからんほうがいいぞ。そのような態度で闘技に臨めば大怪我をすることになる」


「ん? ああ、忠告してくれてんのか」



 とは言ったものの、スオウは別段気構えをする様子も無く、剣を持たぬ方の左手は脱力したまま。



「だがアンタにゃ悪いが、俺は本気でやるってワケにもいかねえんでな」


「本気を出さぬだと? ……大した自信だ。だが私は例え貴様のようなウサギやネズミが相手でも、手を抜くことはせんぞ」



 そう言ったハルガの剣を握る手に力がこもる。その構えには一分の隙も見当たらない。



「獅子の心得ってやつだな。まあライオンがネズミ相手に頑張るってのは自由だ」



 しかしスオウはそれに気圧されることもなく、飄々とした態度でそう言った。



「貴様……馬鹿にしているつもりか」と、睨むハルガ。


「いや、そんなつもりはねえんだが――獅子ならともかく、竜が蟻一匹相手に本気を出すってのはさすがにナシだろ」



 スオウのその言葉に、ハルガの顔つきが一段と険しくなった。



「自らを竜に喩えるとは……。――不遜も甚だしい!」



 ハルガは地を蹴って、その巨体からは想像もつかぬ速さで間合いに飛び込んだ。


 電光石火の袈裟斬りがスオウの肩口を狙う――が、弾かれた(ガァンッ!)



「なんっ?!」



 しかし弾いたのはスオウの剣ではない。


 ハルガの渾身の一撃は、確かに命中したスオウの肩――生身の体に弾かれたのである。

 その証拠に、剣を受けた彼の服は裂けていた。



「貴様、一体何をした……?」


「別に。なんもしてねえが」と、スオウ。



 その言葉通り、実際に彼は何もしていない。ただ立っていただけ(・・・・・・・)である。



「馬鹿な……。竜の鱗すら傷つけた我が剣を――」


「なんだ、アンタ()竜とやったことあるのか。そいつは大したもんだ。悪かったな、蟻ってのは少し言い過ぎた」



 そしてスオウは片手で剣を振り上げる。



「つってもまあ、やることは変わらねえ。――ちゃんと降参しろよ? 無理すると怪我するからな」


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