王都ラフトリア①
見上げるほどに高い城門の前で、軽鎧に身を包んだ番兵がまじまじと通行証を検分する。
「――レニン・グラゼッペンに、スオウ・フレイヴハイマー……」
屈託のない笑顔を番兵に向けるレニンと、やや緊張気味な面持ちのスオウ。
彼らの前後は、この王都ラフトリアへ入場しようという商人や冒険者たちで、延々と続く長蛇の列である。
番兵は通行証のサインの真贋を確かめると、レニンの顔を覗き込んだ。
「……鍛冶屋とあるが、お前本当に成人してるのか?」
「勿論ですよ! 僕は今年で18歳です!」
――というのは大ウソで、レニンはまだ16になったばかりだが、出生記録などが細かに存在するわけでもないこの世界では、そういった個人情報が重要視されることはなかった。
役所の人間ですら「ある程度大きくなってしまえば2、3歳は誤差」という、かなり大雑把な認識でよしとしているのである。
番兵は、今度はスオウの凛々しい顔を見上げる。
「もう一人は流浪者か……。アンタ強そうななりしてるのに、こんな娘に使われてるんじゃ、余程大きな借金でも抱えてるのか?」
「まあ、そんなとこだ」と、スオウ。
スオウの腰に提げられた上等な剣を番兵は訝しげな顔をして見たが、後ろに続々と控えた人間たちの「まだか」と言わんばかりの視線に鼻を鳴らして、その通行証をレニンに返した。
「よし、通っていいぞ」
「ありがとうございます!」
レニンは明るい声でお辞儀をすると、颯爽と兵士の横をすり抜け、門を潜った。
「わあ! 凄い活気ですね」
城門を抜けた瞬間に、レニンの目の前に広がった王都の景色は華やかで、またどこもかしこも賑やかであった。
建物は木造建築が主流で屋根の色が赤茶色で統一されている。平屋ばかりの村などと違って、こちらは3階建てのものが多った。
石畳の通りを挟む建物の間には紐が掛けられ、そこに万国旗の如く宣伝やら案内やらの小さな垂れ幕がズラリと並んでいる。
そして道沿いの1階部分はほとんどが何かしらの商店や酒場や宿屋といった店舗であり、その店の前には更に屋台や露店が設けられ、売り子の声がひっきりなしに飛び交っていた。
その大声に馬車の通る音や街往く人々の喧騒が重なるので、慣れぬ者なら眩暈を起こしそうな盛況ぶりである。
「あー、うるせえな……」と辟易するスオウの横で、レニンは目を輝かせながらその光景を見回す。
「なるほど! 強固で高い城壁のお陰で、偏西風が強くても木造の高い建物が造れるんですね! あ、見てくださいスオウ、この石畳! 継ぎ目にほとんど段差がないですよ! 地面を掘って固めた所に敷いてあるから精度が高いんだ……人手が多い大規模都市だから可能なインフラストラクチャーですね! でもこれだけ人が多いと水はどうしてるんだろう? 河川や井戸だけじゃ厳しそうだし、どこかに灌漑用水路を?」
レニンが取り留めない独り言を撒き散らしながら、人々の行き交う通りの真ん中で突如足を止めたりするので、後ろから来た男が彼女にぶつかって「邪魔だ、ガキ」と怒鳴った。
「すいませんね。ほらなにやってんだ、行くぞレニン」と、スオウが彼女の手を引いて歩いてゆく。その間もレニンの独り言は止まらない。
するとそんな二人に声を掛ける者がいた。
「そこのお二方!」
スオウがその声に振り向くと、腰まである長い紫色の髪を一本に束ね、白いターバンを巻いた男。
彼は人々の隙間を上手に縫って、スオウらの許へとそそくさと歩み寄る。
「――? なんだアンタ」と、スオウ。
そのターバンの男は、細身の身体にゆったりとした絹の長衣を纏い、金の首飾りや指輪を嵌めた、いかにも成金商人といった風体。しかしまだ若く、せいぜいが20代半ばといったところである。
面長でやけに肌が白く、パッと見では瞳が見えぬほど目が細い。全体的には整った風貌で立ち居振る舞いには気品もあったが、どこか演技じみた胡散臭さが漂っていた。
男は不敵な笑みを浮かべたまま答えた。
「貴方がた、このラフトリアは初めてでございますね? 私はヨハム・ビオレスク・アキドと申す者――」
「商人が何の用だ?」と、スオウ。
「用というほどのものではございませんが、貴方がたはこの街に不慣れなご様子。宜しければ私めがご案内致しましょう。なに、料金のご請求などは致しませんので、ご心配なさらず」
その男――ヨハムがうやうやしく頭を下げると、レニンがその話に食いついた。
「タダで街を案内してくれるんですか? それは助かりますね! スオウ、是非お願いしましょう!」
純粋無垢な笑顔でレニンが快諾すると、スオウは「そうだな……」と頷いてから。
「――じゃあ断る」と、一言。
「えっ?!」と、レニンが目を丸くする。
「なんでですか、せっかくこの人がご好意を――」
「好意で動く商人がいるわけねえだろ、純粋かお前。……いや純粋なのは良いことなんだが」
頭を掻きながら溜め息を吐くスオウ。するとヨハムが丁寧に割って入った。
「これはこれは、失礼致しました。貴方様は商人というものを良く存じてらっしゃる。たしかに我々アキドは利益が無ければ動かぬ生き物。しかし――こちらのお嬢様に関しましては、私事ではございますが、それなりの理由がございまして」
「理由? 僕に?」と、レニンが首を傾げる。
「ここでは少々人目に付きますので、こちらへ――」
そう言うとヨハムは、人気の少ない路地裏に歩み入った。スオウは警戒してレニンを後ろにやりながら、それに続いた。
少し歩いて人の気配が遠ざかるのを確認すると、ヨハムは路地裏に詰まれた木箱に隠れるようにしながら、頭に巻いたターバンを解いた。
「あ……」と、レニン。
そこに露わになったのは、ピンと三角に尖った耳――エルフの耳であった。
「お解り頂けましたでしょうか?」と、ヨハムが微笑む。
「……ああ、アンタがエルフだってのは解った。だがそれがなんの理由になるってんだ?」
それでも尚しらを切るスオウに、ヨハムは静かに頷いてみせた。
「なるほど、何か隠しておきたい訳があるということですか――まあ大体の察しは付きますが。……しかし隠していても、同族には魔力の匂いで判ります。そちらのお嬢様、貴女様もエルフでございましょう?」
それを聴いてスオウの目が鋭く光る。
「おっと、そのように怖い眼で睨まないでください。私めに害意はございませんよ。ただエルフがこのような場所に居るというのが珍しかったのです。エルフが人里に足を運ぶなどというのは、私のような余程の変わり者でなければあり得ませんから」
たしかにエルフの神秘的な雰囲気など見当たらないヨハムは、本人の云う通り余程の変わり者なのであろう、とスオウは納得せざるを得なかった。
「私めの申し出は商人としての好意ではございません。同族のエルフとしてのよしみでございますよ」
そう言って笑うヨハムの顔に悪意は感じられなかった。