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僕、魔導技士ですから。  作者: 芳蓮蔵
エピソード2
11/19

旅の始まり⑤


 屈託(くったく)のない表情でスオウの顔を見つめるレニン――。



「どうですかって言われてもな。それで『なにをどうする』っつーんだよ?」



 スオウはそう言いながらも、あまりに彼女の笑顔が眩しすぎて、思わず目をそらした。



「決まってるじゃないですか。作るんですよ! 僕なりの――いえこの世界なりのゲンダイヘーキをッ!」



 夜の宿屋にその大きな声が響いた――せいで、ドアの向こうから宿屋の主人が「もう少しお静かにして頂けると」と、申し訳なさそうに(いさ)められた。



「スミマセン……」と二人。



 小声に切り替えて話を戻す。



「だけどお前、その本読めねえじゃねえか」とスオウ。



「それはスオウにお願いします」と、レニンは丁寧に頭を下げた。



「は? なにをだよ?」



「教えてください、スオウの世界のことを。文字や知識や兵器の扱い方を」



 するとスオウは「お前なぁ」と、気だるそうに頭を掻く。



「そんなもん、一朝一夕(いっちょういっせき)で覚えられるモンじゃねえぞ?」



「解ってますよ。でも僕こう見えて記憶力はいいんです。神童(しんどう)って言われてたんですから」



「誰にだよ」



「……おじいちゃん……だけですけど」



 スオウは「はぁ」と溜め息を吐いて、しばらく考えたものの。



「面倒クセぇ、断る」



 そしてベッドで横になった。



「ええぇ……今のは快諾するところでしょう。なぜ?」と、すがるように取り付くレニン。



「言ったろうが。面倒なんだよ。それに読み書き教えるなんざ、護衛とは関係ねえだろ」



「そんな。お願いしますよスオウ」



 揺さぶろうとするレニンの手を払いもしないスオウは、しかし彼女がどれだけ力を入れてもビクともせず、だんまり(・・・・)を決め込んだ。



「………………」



 するとレニンは「分かりました」と、ドアの方に歩いていく。

 そして閉まったままのドアに向かって突然声を上げた。



「酷いっ! 酷いですよ、スオウ! 僕のカラダにあんなことをしておいて、責任は取らないなんて!」



「ちょっ?! テメぇなにを――?!」



 スオウは慌てて跳び起きて、後ろからレニンの口を塞ぐ。



「僕を散々好きにし――モゴモゴ……」



 すると再びドアの向こうから主人の声。



「あの――今なにか……」



「なんでもねえ、なんでもねえから!」



 スオウはドアを背中で抑えつつ、レニンを抱え込んでホールド。



「気にしないでくれ!」



「できればもう少しお静かに……」と主人。



「悪かった、すまん、もう騒がねえから。おやすみ」



 主人は納得したのかしないのか、なにやら呟きながら階段を降りていく――その足音(トントントン)が聴こえなくなると、スオウはようやくレニンを解放した。


 手を離されたレニンが「ぷはぁっ」と息を吐くと、スオウはその背中に向かって呆れた口調で言った。



「とんでもねえガキだな……。――分かったよ、文字は教えてやる。本の内容もな。ただそっから先はテメぇで考えろよ?」



 するとレニンは振り向いて顔を輝かせた。



「本当ですか?! スオウ!」



「デカい声出すなよ、また怒られるだろうが」



 レニンはそんな台詞(せりふ)を無視して、勢い良くジャンプしてスオウの首に抱き付いた。



「ありがとうございます!」



「くっつくんじゃねえよ」と言いつつも、間近で見る無邪気な天使の笑顔に、スオウは微笑みを隠せなかった。




 ***




 晴れ晴れとした空に日が昇り、宿屋の窓から暖かい陽射しが差し込んだ。


 レニンは久々の湯浴みでキューティクルを取り戻した金色の髪(サラキラリン)を、いつものように前に垂らして目鼻を隠す。


 鏡を見ながら「ちょっとキツくなってきたな」と柔らかな胸に布を巻く――鏡の中では、彼女に気を遣って後ろを向きながら着替えるスオウの(たくま)しい背中。


 そして厚手の麻布でできたくすんだ白色の服と、茶色い綿ズボン、それに皮のブーツを履けば、旅する少年のできあがりである。


 一方スオウは、袖がボロボロになったシャツに擦り切れた綿ズボンと分厚い黒革のブーツ、そして膝下まである長い皮マントを羽織る(バサリッ)


 昨日村人たちからお礼として貰った干し肉なども合わせて、より重量を増した荷物を苦も無く背負うと、スオウは「行くか」と一言。


 ――すっかり旅支度を整えたレニンとスオウは、宿屋の前で主人らと挨拶を交わした。



「ありがとうございました!」と、深々と頭を下げるレニン。



「いやいや、礼を言うのはこっちのほうだ。ありがとう――レニンさん、スオウさん」



 そう返す宿屋の主人のほかには、傭兵の二人組や数人の村人たちもいた。



「最近は王都ラフトリアの周辺にまでモンスターが出没してるらしい。気をつけて――なんて言うのは杞憂(きゆう)か。アンタたちなら大丈夫そうだな」



 傭兵剣士のハンスが笑って言うと、宿屋の主人も頷いた。



「それでも旅の無事を祈ってるよ」と主人。



「それでは」と短い出逢いに別れを告げて、レニンとスオウは村を後にした。



 *



 それからの旅路――。


 道中のレニンは毎日毎晩、それこそほんの一時の休憩や食事をしながらでも、常に勉強を続けた。


 川のほとりで釣りをするスオウの横で。


 木を斬り(まき)を集めるスオウの後ろで。


 岩に腰掛け、干し肉をかじりながら。


 モンスターを追い払うスオウを眺めつつ。


 星空の下、焚き火の灯りに照らされながら――火に近づきすぎて、あわや本が燃えそうになり、レニンが咄嗟に放った水の魔法がスオウをびしょ濡れにしたりもして。


 そんな彼女の熱意にあてられて、いつしかスオウの教えにも力が入るようになっていった。


 彼の教え方はことのほか丁寧で、またレニンが驚くべき速さで物事を理解していくので、彼女がスオウの世界の文字を覚え、学術書を一人で読破するようになるのに、そう長くはかからなかった。



 *



 ――2年後――



 王都ラフトリア、正門前。


 ぞろぞろと並ぶ旅人や行商の列に、その二人の姿があった。



「ここがラフトリアですかー。なかなか見事な城壁ですね! ……ただ側防塔の間隔が少し長いかな? 僕なら幕壁にも斜面を設けて――」



「なにやってんだレニン。さっさと行くぞ」



 可憐な(つぼみ)は見事に開花して、レニンは可愛さと美しさを黄金比で兼ね備えた、金色に輝く美少女となっていた。


 無論その前髪は瞳を隠すように野暮ったく下ろされていたが、輪郭や雰囲気、よく通る透き通った声、そして何よりこの2年間で急成長した豊満な胸のせいで、もはや彼女が女性であることを隠し通すのは不可能であった。


 その少し先を歩きながら振り返るスオウは、全くといって良いほど微塵の変化もなかったが。



「あ、ちょっと待ってくださいよ、スオウ!」



 お構い無しに見えてしっかり歩幅を縮めて歩くスオウを、小走りで追いかけるレニン。


 彼女はこれから始まる新たな旅路に、密かに胸躍らせていた――。


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