旅の始まり④
「なんとかならないんですか? スオウは無敵なんでしょう?」
「だからそりゃ前にも言ったろ。俺がどれだけ強かろうが意味は無えんだよ。それにもし俺が護ってやったとして、俺がいなくなったらどーすんだよ? 結局殺られちまうだろうが」
「それは……」と言葉に詰まるレニン。
「俺がモンスターを倒せば、奴らはそれに負けじと進化する。逆に人間は護られてりゃ、その間にどんどん平和ボケしていきやがる。だから人間は自分たちの力でなんとかするしかねえんだよ。……お前も自分で『世界を救う』とかぬかしてたじゃねえか。あの大口はどこいったんだ?」
「言いましたけど……やっぱり僕たちはスオウのように強くはなれないです」
「……じゃあ諦めんのか?」
「そんなつもりはありません!」とキッパリ言いいながら上体を起こすと、レニンの頭が天井にぶつかった。
「痛ったぁ……。――でも人間はモンスターのように進化もできませんし、どうすればいいんでしょうか?」
「知るか。そこを頭使ってなんとかするのが人間だろ。足りない部分は持ってるモンの積み重ねで補う。――少なくとも俺がいた世界じゃ、人間はそうやって進歩していったんだ」
「進歩……頭を使って――?」
自分の頭をさすりながら、レニンは枕元に重ねてある本の中から、スオウにしか読めぬ文字で書いてある本――『科学の変遷と兵器の歴史』を取り出した。
「スオウ。ゲンダイヘーキっていうのは、僕たちの使う武器よりも強いんですよね?」
レニンは2段ベッドの上から身を乗り出して、下のスオウを逆さまに覗き込んだ。
「あん? 現代兵器? ああ例の本のやつか――。それなら比べ物になんねえよ。一発で街ごと吹き飛ばすようなモンまであるからな」
「そんなにッ?! ――っ!?」
驚いた拍子に手を滑らせベッドから「うわぁ!」と落っこちたレニンを、スオウは片手で優しく受け止めた。
「あ、ありがとうございます……。――それは誰でも使えるものなんですか?」
「まあミサイルや戦闘機ってなると話は別だが、銃ぐらいなら誰でも扱える」
スオウがそう言うと、レニンはいそいそと本をめくってライフルなどが載っているページを指差して見せた。
「銃ってこれですよね? これもそんなに威力があるんですか?」
「まあ種類にもよるが、弓矢なんかとは比較にならねえな」
「そうですか――」と言って、レニンは改めてそのページをまじまじと見つめる。
その様子から察して、スオウがたしなめるように言った。
「言っとくがお前、そりゃそんな簡単に作れるもんじゃねえぞ? この世界は魔法に頼りきりで、科学の下地が無さ過ぎるからな」
「カガク?」
「数学、物理、化学から始まって、熱力学、材料学、構造学、設計工学とか、いろいろだよ。そういう下地があるから物が作れるんだ。それに物を作る技術もな」
「技術と下地――ですか。ドワーフの技術は優れてると思いますけど?」
「まあたしかにドワーフは少し工学的ではあるか。技術だけなら現代の職人にも負けねえような奴もいるしな。――そういやお前もドワーフの血が入ってるんだったな?」
「はい。トルドおじいちゃんはドワーフの里でも随一の腕前だったそうです」
「あのジジイがかよ……」と、スオウは部屋の隅に立て掛けてある黒い鞘の剣を見る。それはトルドから餞別にと受け取ったオリハルコンの剣である。
(つってもアレを作れるんだから、並の職人じゃねえか)
「僕も小さい頃からおじいちゃんの仕事の手伝いをしてましたから、腕には結構自信があるんですよ」と、自慢げに胸を張るレニン。
「ガキの自由工作じゃねえんだ。仮にお前に相応の技術があったところで、下地になる知識がなきゃどうしようもねえだろ」
そう突っぱねたスオウだったが、しかしレニンの反応は彼の予想とは逆であった。
彼女は「あ……」と何かに気づいたように呟いてからニヤリと微笑んだ。
「でしたら、魔法を下地にしてみてはどうでしょう!」
「は――?」
「足りない部分は持ってるもので補う、さっきスオウもそう言ってたじゃないですか」
「たしかに言ったが――どうやって使うんだよ。魔法ありきの武器なら、結局魔法使いしか扱えねえじゃねえか。それじゃ意味ねえだろ」
「それなら僕に良い考えがあります」
自信ありげなレニンの視線は、部屋の隅に置いてある二人の荷物に注がれていた。
その視線をベッドに座ったままスオウが追うと、レニンは麻袋を開いて中を物色する。
そして取り出したのは大きめの革の袋。
「じゃーん! これですよ、これ」
見せつけるように袋を掲げる。
「あ? そりゃ賢――」と言いかけて、スオウは慌てて声を潜めて言い直す。
「――賢者の石じゃねえか」
「そうですよ。これこそ究極の魔法の結晶です。これを使えばいいんです!」
「使うったって、どう使うんだよ? そいつは魔法に反応するんだぞ?」
するとレニンは袋から一粒取り出した。
石は部屋の灯りを受けて虹色に光る。
「たしかにこの石は魔力を吸収しますが、取り込んだ魔力を放つのには、なにも魔法でなくてもいいんです」
「そりゃ初耳だな」と感心するスオウ。
「まあ見ていてください。えっと――」
レニンは周りを見回してから、立て掛けてあるスオウの剣を手に取った。
「これでいいかな」
そして賢者の石を床に置くと、手の平から小さな魔法陣を出現させ、そこから指先ほどの炎を石に向かって飛ばした。
――炎は賢者の石に近づいた瞬間に、吸い込まれるようにして消えた。
「今この石に炎の魔法を取り込ませました。これに術者である僕が再び魔法を当てれば、この石から今の魔法が発動します」
「ああ。そりゃ知ってるよ」
「ですが――」とレニンは掴んだ剣の鞘――それに施された竜の装飾の部分で、思い切り石を叩く。
すると石から小さな炎が上がった。
「おっ?」と小さく驚くスオウ。
「実はその発動は特定の金属――金がいちばん良いみたいですが、その金属で衝撃を与えるだけでも可能なんです」
「ほーぅ、なるほどな。……ってゆーかお前、よくそんなの知ってるな」
「昔家の蔵で遊んでるときに偶然見つけただけですよ。……とにかくこの原理を活かせば、魔力を持たない人でも魔法が使えるんです! どうですか?」
レニンは金色の前髪の隙間から、大きなと翡翠の瞳をキラキラと輝かせながら言った。