魔導技士の少女
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剣が折れた――。
半分になった刃は宙を舞って、騎士の背後の地面に突き刺さる。
「くっ……!」
鋼鉄の毛皮に覆われた鈍色の巨大な虎――それを取り囲む3人の鎧騎士と森の木々。
凶暴な虎は眼を爛々と紅く輝かせ、喉を鳴らす。
折れた剣を握り締めたまま怯む騎士を、虎は彼の上半身ほどもある前足で真横から打ち払った――吹き飛ばされ、木の幹に強打される鎧の悲鳴。
それを見た他の騎士らが、素早く距離を取って左右に分かれると、後方に控えていた3人の魔法兵が一斉に杖を突き出す――先端に展開した魔法陣から、炎の矢。
火の粉の尾を引いて飛ぶ矢が、虎の顔面と体躯に全弾とも命中――しかし、虎は煩わしそうに頭を振るだけで、どこにもダメージらしきものが見当たらなかった。
「魔法も効かないのかっ?! このモンスター手強いぞ!」と、一団から。
鋼鉄の虎は、どの人間を次の獲物にしようかと品定めをするように、ゆったりと横に歩く。
その獰猛な迫力に、騎士団は剣を構えながらも後ずさる。
とその時、騎士の足元に張り出した木の根――。
後退しながらそれに足を取られた騎士が「!?」とバランスを崩した瞬間、虎は間髪入れずに彼に飛びかかった。
「うわあぁっ!」
倒れた騎士の鎧を前足でしっかりと抑え込むと、その爪が鉄の胸当てに食い込んだ。
虎は兜ごと丸呑みしそうな大きな口を開く――その横っ腹に再び魔法兵の炎の矢。
しかし先程となんら変わらず、火の粉だけが虚しく散った。
その攻撃で虎は、騎士の剣や魔法兵の炎が自分にとって脅威足り得ないことを賢しく悟った。彼らを後回しにして目の前の騎士――ご馳走に集中する。
「……た、助け――」
とその時――「退いてください!」と、少女の声。
ガラスの鐘の音のように通る声とともに、魔法兵の間から長い銃身が顔を覗かせると、すぐさま銃口が火を噴いた。
爆音に思わず耳を塞ぐ魔法兵――弾丸を胴体に受けた虎は、鮮血を撒き散らしてよろめいた。
「!?」と、唖然とする騎士団。
すると硬直している彼らの頭上を、一人の男が飛び越え、その倒れた騎士の傍に舞い降りた。
男は彼を軽々と抱えて、再び少女の横へ跳躍して戻ると、その場に騎士を投げ捨てるように下ろした。
突然の見えざる攻撃に戸惑って暴れる虎は、その激痛をもたらした主が突如現れたこの少女と男によるものであると判断し、怒りに染まった瞳で彼らを睨みつけた。
その虎の視線の先――そこに立つ金髪の美少女は、長く簡素なマスケット銃を携え、不敵な笑みを浮かべていた。
――寝癖いっぱいの金色に輝くエアリーショートカット。大きな銀縁眼鏡に円らな黒い瞳。10代半ばの可愛さと綺麗さが見事に融合した、誰しもの目を惹く美少女である。
ただその恰好は、麻布の服の上から茶色い革のエプロンをかけ、大きな手袋とブーツという無骨なもの。鍛冶職人さながらのそのエプロンは豊満な胸にしっかりと押し上げてられていた。
そしてその隣にいるのは20代前半の男。
――白銀の長髪を後ろで束ねたグランジロングウルフ。鋭い眼光を放つ黒の瞳。野生の狼のような精悍さと、貴公子の如き麗しさを併せ持つ美男子。
こちらもやはり残念なことに、高身長かつ実戦的に引き締まった肉体に纏っているのは、質素な布の服とみすぼらしい皮のマント。
「貴様ら一体……? その武器は――?」と、騎士団長と思しき髭の男。
しかし眼鏡の少女は彼を無視して銃を掲げると、胸を張って誇らしげに宣言した。
「ふふふ……見ましたか、スオウ! これ! この威力ですよ! これがマスケットですッ!」
「……そりゃ知ってるよ。何回その暴発に付き合わされたと思ってるんだ、レニン」
銀髪の男スオウは呆れ顔で「いいから早くやれ」と、その少女レニンに促した。
2人の空気に置いてけぼりにされた手負いの虎が、獰猛な四肢を怒らせて歩み出る。
「そ、そうだ――アンタら、早くその武器であのモンスターを……」
スオウに助け出された騎士は立ち上がると、懇願するような眼でマスケット銃を見つめる。
するとレニンは「いやいやいや」と首を横に振った後、マスケット銃をその騎士に「はいどーぞ」と手渡した。
「――?!?」
「これ、弾はあと4発入ってます。いいですか? この筒を相手に向けて、この引き金を引けば――」
「アンタらが倒してくれるんじゃないのか!?」
少女の説明を聞こうとしない騎士は、いかにも戦いに慣れた雰囲気を醸し出しているスオウを見上げた。
するとスオウは「俺はただの雑用係だ」とバッサリ。
困惑した騎士は、続いてレニンの顔を見下ろす。
「何を言ってるんですか? 戦いは貴方がた騎士の仕事でしょう」とアッサリ。
「しかしさっき――」
「さっきのは単なる試し撃ちです。使えることは確認しましたので、実戦運用はそちらでお願いしますよ」
「た、戦わないのか?」
「勿論戦いませんよ。――だって僕、魔導技士ですから」
横風に髪を巻き上げられながら、レニンは天使のような笑顔で騎士に向かって言った。
「魔導……技士――??」
マスケット銃を抱えた騎士が首を傾げているところに、少しずつ虎がにじり寄る。
「うわあっ! え――ええっと……」と、銃をこねくり回す騎士。
「違う違う、逆ですよ逆」と、レニン。
目頭を抑えて「やれやれ」と溜め息を吐くスオウ。
そこに今にも飛び掛かってきそうな虎――しかしスオウはそれを、恐ろしく鋭い眼光で睨み付ける。
「――テメェは動くんじゃねえ……」
スオウの一言で、虎はその身を震わせてその場に留まった。
「こ、こうか――っ?!」と、騎士がようやくそれらしい構えで銃を虎に向ける。
「そうそう、そんな感じです!」と、レニン。
「それで筒の先端にある突起を目標に合わせて――今です!」
レニンが騎士の背中を軽く叩くと、騎士は引き金を引く――激しい爆発音とともに発射された弾丸が、虎の眉間に命中した。
そのまま虎は力無く崩れ落ちる。
「おおー、お見事! 流石は僕の魔導器!」
レニンは拍手しながら頷いた後、へたり込む騎士から素早く銃を取り上げる。
「あれ、でも銃身が少し歪んじゃった……かな? やっぱり錫の比率が――?」
独りで呟いて銃を眺めるレニンと、腕を組んで暇そうに立っているスオウ――。
騎士は二人を呆然と見比べて言った。
「あ、アンタら一体……何者なんだ?」
そう問われてレニンは「ふふふ……」と笑みを零す。
「よくぞ訊いてくれました! 何を隠そう、この僕こそ! 世界最高にして唯一の魔導技士!」
「唯一なら最高もクソもねえだろ」とスオウ――しかし彼女は一向に気にしない。
「この魔導器によって世界平和のお手伝いをする者――僕はレニン・グラゼッペン・ヨロヅです!」
レニンは高らかにそう宣言した。