第六夜 可憐な王女の思いと小さな棘
リティは、魔導・杖騎士学校の屋根上へと到着する。
お兄ちゃんの許嫁さん…どこかな?……?あの人かな?今は、昼休みの時間だよね。とリティが探していると―
「アンネ、その調子です!ソル、もう少し力を抜いて!」
彼女、ジェンの声が聞こえる。アンネ、ソルと呼ばれた男女二人は、訓練所で凄まじい魔法を放って的に命中させる。リティは、「凄い」と心から魅了された。
“私も、教わって見たいなぁ”
と思う。
リティは、これまで単体魔法の応用しか魔法を使えていない。魔法弾、光線、刃、防御だ。しかし、攻撃魔法は一つずつしか発動できず…複数や連続で敵に襲われたら歯が立たない。
「あの約束…忘れっちゃったよね。でも、優しさは変わらないよね?」
リティは、そう呟いて王城へと帰って行った。
その頃、ナイトはナシィーが抜けた会議室にて、公家の者たちと会っていた。ビルフ家、ブライリ家、ビュウター家である。
「ナイト様、重要な話とは一体?」
赤の公家・ビルフ子爵は彼に尋ねると、彼は話を始める。
「母上が宝玉の告げで、あいつの存在があると言っていた。」
「何と、あの娘さんが!」
緑の公家・ブライリ伯爵はそう言う。しかし、ナイトは眉を寄せて話を続ける。
「生きていたのは嬉しいんだが、一向に城に来ないのは何故だろうと思うんだが…。」
「ナイト様。もしかすれば、記憶障害の可能性が高いです。」
そう言ったのは青の公家・ビュウター侯爵であった。彼は、続ける。
「本人にとって、脳にかなりの負担がかかると記憶を失う事もあるんです。あの娘さんは、七歳でしたから無理もないかと…。」
「なるほど…。それは一理あるかもな。それと、魔導・杖騎士学校への潜入調査班がいるんだが、あいつの魔法は国内トップと言う程だが、その様な事が起こらず…。あと、これを見て欲しい。」
ナイトが差し出したのは、色鉛筆で赤紫に描かれた炎の様な絵だった。
「ナイト様、これは?」
ビルフ子爵がそう言うと、ナイトは正直に言った。
「あいつの聖痕が、その資料にある絵になっている。本来は、全く違うんだ。」
『……っ‼』
「けど、何か原因はあるはずなんだ。それを突き止めたいと考えている。」
廊下で聞いていたリティは、ナイトの言う事にショックを受け、もしかして、残酷王が何かを企んでいるのではと感じた。
数十分後、ナイトは会議室を出るとリティと廊下で会う。
「お兄ちゃん!」
「リティ、どこへ行っていたんだ?」
「魔導・杖騎士学校の屋根上。」
「そうか。……リティ、その、お前に伝えたい事があるんだが…。」
ナイトは何かを言おうとするが、リティはこう言った。
「本当に…偽物だったら死なせちゃうの?」
そう、ナイトが三人の公家に伝えた事が―
『もし、彼女が本当のあいつでなければ、正体を暴いて仕留める。』
と。
「お兄ちゃん、何を考えているの‼」
「リティ、落ち着け。」
リティは内心、落ち着ける訳にはなかった。彼女がどれ程、ナイトの異獣への憎しみ…彼が見せる残虐さを見て来たか…。その事を誰よりも知っている。
「落ち着けないよ、お兄ちゃん!……どうしたの?昔はそんな事、無かったじゃない。」
「リティ…これ以上はや―」
ナイトはリティを止めようとするが、彼女は止まらない。
「何でよ!昔のお兄ちゃんは、どこに行ったの⁈」
「黙れぇ‼」
ナイトは、右腰にあった護身用の短剣をリティに向けて振り降ろしてしまう。
「きゃぁ!」
リティは身を守ろうとしたが、短剣は彼女自身の右の二の腕を直撃して出血させ、床にポタポタと落ちる。ナイトは我に返って、自分が妹を負傷させてしまった事に言葉が出て来なかった。
「もう…良いよ。…お兄ちゃんなんか、知らない。」
リティは、右の二の腕の傷口を押さえながら、走って行ってしまった。ナイトは彼女の名前を呼んだが、脚が出ずに立ち尽くしていた。
“俺は…何てことを…⁈”
と、ナイトは思っていると、ふと、彼は幼き頃の事を思い出す…。
白き髪と瑠璃色の瞳で少年ぽいが、れっきとした少女と笑顔で笑い合う日々。そして、夜空を一緒に眺めたり、時には一対一で魔法の勝負した日…。それは、六年前に失った。
ナイトは両手で頭を抱え込んだ。そして、その辛さが彼を闇へと陥る事となる。その後、母であるナシィーに王の間で叱られたナイトは、リティに―
『ダメな、兄を許してくれ…。』
リティは自分の部屋にて、メイドに手当を受けてもらった。メイドは、治癒で傷を癒し、薬を傷口の部分へ塗し、ガーゼを当てて包帯を巻いた。
「リティ…。」
「お母さん。」
ナシィーはリティの部屋に入り、彼女にナイトの伝言をつたえると、当然リティはショックを受けた。自分だって、駄目な所があるのに…。
「お兄ちゃん…。」
「私も、これ以上…どうしたら良いのか…。」
ナシィーはそう呟くと、リティはこう言う。
「……決めた!あの人の所へ行くわ‼」
「リティ⁈」
ナシィーは、傷口を手当てされたばかりは動いてはいけないと言うが―
「今じゃないと駄目なの!きっと、分かってもらえるって!」
リティは、真珠の杖を手にして、部屋を飛び出して魔導・杖騎士学校へと向かった。ナシィーは、彼女の名前を呼んだが、リティは走って行く。ナシィーは、リティの行動を見て思った。
“私も…女王として…頑張らなければ!”
ナシィーは娘の勇気に答えられるように、決意を固めた。
リティは、魔導・杖騎士学校の正門前に来る。リティは、改めて魔導・杖騎士学校の迫力を感じ取る。
“何度も来ているけど、やっぱり迫力がある。よし!もうそろそろ、昼休み!…頑張れ、自分!”
とリティは、正門を監視する兵士に事情を伝え中へと入った。
兵士は、ある人のクラス担任に伝言を伝えた。彼女は、待ち合わせである昇降口へと向かい、校舎内に入った。
「リティ様、こちらです。」
「ありがとうございます!」
リティがそう言うと、一組担任は礼をして職員室へと向かった。リティは、深呼吸をして教室へと入って行った。
「あの!」
「リティ様‼」
「リティ王女、まさかお越しになるなんて!」
アンネとソルは、彼女がいる事に驚いて一礼をする。一人の美少年…いや、美少女は初めて見るかのような感覚で言う。
「王女様?」
アンネは彼女にリティの事を伝えると、彼女は申し訳なさそうに言う。
「す、すみません、リティ王女。私は―」
「ジェンレヴィさんね。普段は、ジェンさんっていうんだよね?」
「え?何故、私の名前を?」
「えっと……。」
リティは、訳をどう説明して良いか戸惑っていると…彼女の腹の虫がなる。ジェンは、微笑んでこう言う。
「リティ王女、お腹が空いていたんですね。ご一緒に食事をしませんか?」
「うん。…ありがとう!」
リティは三人と話しながら、食堂へ向かう。生徒らは、リティの姿を見ては挨拶をかわす。食堂で席に着いた四人は、ゆっくり食事を始める。リティが頼んだのは、クラムチャウダー定食(クラムチャウダー、切り分けパン、ブルーベリージャム付きヨーグルト)である。
アンネ、ソルはリティに自己紹介をする。アンネは、リティに普段どんな仕事をしているのかを尋ねた。
「自警団の補佐って所だよ。治癒で怪我をしている人たちを治しているよ。少しは戦うけど…まだ、半人前。」
「そうなんですか!…俺、自警団へ配属しようかと思っております。」
「本当⁈嬉しいよ。今、怪我人が多くて大変なんだ。」
「そうなんですね。でしたら、私は全力で協力を致します。王都に来てからは、お世話になっていますし…。」
「私も配属します!困っている人を見過ごせません。」
ジェン、アンネ、ソルの言葉にリティは嬉しくなる。
「ありがとう!大歓迎‼」
その後、リティはアンネとソルに「ジェンと二人だけで話をしたい」と言い、学校内にある噴水の元にあるベンチで話をする事にした。
「ごめんね、ジェンさん。」
「いいえ、大丈夫ですよ。…ところで、リティ王女は私に何のお話を?」
「えっとね。その、…ジェンさんは小さい時の記憶ある?」
「そうですね…。思い出した事もありますが、まだ途切れ途切れと言う所でしょうか?」
「ジェンさん…、その中で鮮明な記憶とかあるの?」
お兄ちゃんの事…思い出して…。
そんな思いを秘めて、リティはジェンの返事を待つ。彼女は、こう話した。
「何日か前ですが…、夜空を眺めていたらふと思い出したんです。深緑の髪と青緑の瞳を持つ男の子でしょうか、一緒に星空を眺めていました。あとは、先程の男の子が成長した姿なのでしょうか、青年と私が敵と戦っている夢くらいです。」
ジェンはこれ以上思い出せない事に申し訳ないと言うが、リティは「そんな事はない!」と言う。
「だって、その男の子は私のお兄ちゃんだもの。」
「え?リティ王女のお兄さん?」
「うん。ナイトアル・エルシィーダン…普段は、ナイトって呼ばれているんだ。」
ジェンは「何故、王族と私は仲良く星空を眺めていたのだろうか?」…「敬語で話していない訳は何だろうか?」と疑問を抱える。
「それで、ジェンさんにお願いがあるんだ。」
「お願い、ですか?」
「うん。…私のお兄ちゃんを助けて欲しいの。」
「ナイト様を?」
リティは、ジェンに詳細を説明した。ナイトを救うには、ジェンの力が必要である事。ここに訪れた訳も正直に話した。
「そう言う事だったのですね。でも、私で良いのですか?」
「うん。ジェンさんしか、お兄ちゃんの心を明るく照らす人はいないから。」
「そ、そうですか?……では、年末大会のチャンスを勝ち取れば、良いのですね!」
「そう言う事‼決勝戦でお兄ちゃんは待っているから。」
「リティ王女、私…一生懸命に努力を積む所存です‼」
「ありがとうね!…じゃぁ、指切り拳万!」
「指切り拳万?」
「えっと、これは約束をきちんと守る証!」
ジェンさんが小さい時に教えてくれたんだ。とリティは嬉しそうにジェンと指切り拳万をして、約束を交わした。
それを終えると、ジェンはリティにこう聞く。
「リティ王女、もしよかったら、この後の魔法の授業を受けてみませんか?あ、でも、お怪我されているのなら、見学でも構いませんが…。」
「受けてみる‼ジェンさんの魔法、凄いって聞いたから教えてもらいたい‼」
ジェンは、リティの眼差しに完敗し、怪我の事も考えて魔法だけを教える事にした。さらに、今の話をアンネとソルに話し外部には漏らさない様にすると言う。リティは、「うん」と頷いた。
鐘が鳴り、リティはジェンと共に訓練所へと向かった。担任にジェンは特別な許可をもらい、授業が始まった。準備体操を終え、ジェンはリティに魔法を教え始める。
「ジェンさん、皆と一緒じゃないの?」
「えっと、私は魔法技術が高すぎると言われて、特別にリティ王女に教える事となったんです。アンネとソル達は、武術を修得する授業の様ですし。」
アンネとソル達は、訓練所の半分で武術の練習に励んでいた。
「リティ王女は、どの魔法が得意なのですか?」
「全属性だけど、魔法弾を一つだけしか、放つ事が出来なくて…。」
「そうでしたか…。では、私と練習をしましょう。丁寧に教えますが、分からない所がありましたら、遠慮なく言ってください。」
「うん。」
ジェンは、リティに丁寧に簡単に説明をする。リティは、彼女の説明をしっかり聞き、実際に試しをしてみる。失敗を何度も繰り返して、練習を積み、休憩を挟んでいった。すると、見事にリティは、魔法弾や光線、刃を五つずつ発動させる事が出来た。
アンネとソルたちも休憩時間となり、リティは二人に褒められた。
「凄いです、リティ王女!」
「お見事です!」
「ジェンさんのおかげだよ。」
リティは笑顔でそう言う。すると、ジェンはクラスメイトらに呼ばれた。アンネはジェンの手伝いをすると言い、ジェンと共に向かった。
「やった!昔の約束、果たせてよかった!」
「リティ王女。昔の約束ってなんですか?」
ソルは、リティに尋ねる。彼女は、こう答えた。
「ジェンさんには内緒です。実は、昔魔法を教える約束をジェンさんと約束していたんです。」
「それは、嬉しい事ですね。約束を果たせて、良かったですね。」
「ありがとう、ソルさん‼」
リティは、笑顔でそう言った。ソルは、笑みを返した。二人はその後、話をしてジェンとアンネがクラスメイトらに魔法や武術を教えている風景を眺めて見守っていた。
その頃…、ナイトは部屋で先程の出来事を悔やんでいた。
“絶対、あいつは本当の…。信じたいが…”
と彼はそう思いながら、「クソっ!」と言いながら、机を拳で叩いた。
“何故、リティに怪我を負わせちまったんだ。俺は、将来国王として守らなければいけないんだ。二度と過ちはしたくないのに…”
「六年前…俺は、あいつになんて口をきいたんだか…。馬鹿だ。」
ナイトは部屋で独り、息を殺すかのように涙を流した。