第五夜 王家の務め
王城の訓練所で、ナイトの妹であり、エルシィーダン王女のリティは、杖の宝玉を斧に変形させて稽古をしていた。
“お母さんとお兄ちゃんを助ける!いつも後ろで控えている訳には、行かないもん!”
リティは、そう思いながら見事な斧の使い方で稽古に励む。彼女の稽古を見守るナシィーは、微笑みを浮かべる。
“成長したわね…リティ”
ナシィーは王の間へ戻り、王の座の近くにある台座に置かれている宝玉を見る。手のひらサイズの大きさだが、まるで湧水の様に透き通った色をしている。
“聖なる宝玉が見せるのは、これから起こる出来事…。最初に見せたのは、勇敢なる者とその仲間によって危機を退ける事だったわ”
「今日は、何か…お告げがあるのでしょうか?」
ナシィーは宝玉にそっと触れると、脳裏に浮かんでくる。
『ライリーの結界が弱まりし時、訪れん。鍵は、導きの少女…。』
ナシィーは、告げを聞いて察した。しかし、結界がいつ弱まり、破壊されるか分からない。結界を創るには、条件がある。
『ライリーの結界』は、王都を守る強大な防壁。それを修復、あるいは再生させるには、強大な魔力を持ったライリーの子孫が必要となる。しかし、ライリーの子孫とは言えど…最悪の場合は死に至る事もあると伝わる。
王族は、結界を強化する事だけしかできず、完全に再生はできない。
一方、その頃…ナイトは、自警団のアジトへ出向いていた。
「それで、ですね。遠征部隊に寄れば、知恵があると思われる異獣の存在が確認されているんです。」
「知性のある異獣と言う事か?」
「はい。」
ナイトは、自警団の会議室にて伝令兵に詳細を聞いた。
現場にいた兵士や自警団団員たちは、知性のある異獣と戦った際に死角である後ろからの攻撃にも素早く気付いたと言う。それだけでなく、曖昧だが言葉も発していたと言う。
「言葉を発した…。奇妙過ぎるな。」
「さらに、異獣にはこの様な印が…。」
伝令兵から渡された資料には、炎の様な紋章の聖痕だった。詳細には、赤紫色の不気味な物であった。
「不気味だな…。それで、遠征部隊は今どこにいる?」
「治療所にて、休養しております。」
「ありがとう。」
ナイトは、会議室を出ると何かの気配を感じたが、気にせずにアジト内にある治療所へ向かう。中に入ると、負傷した団員や兵士がたくさんいた。腕や脚を骨折した者、気絶や打撲で寝ている者と通常より二倍の人がいた。
彼は、そのうちの一人に詳細を聞く事にした。
「なぁ、悪いが…先の戦いを教えてくれないか?」
「ナイト様…。それが、とても不気味で恐ろしい戦いでした。異獣を率いて来た長だと思われますが、今までよりも大きかったんです。私は、一生懸命に戦いました。で、ですが……ひ、ひぐっ…。」
「すまない。それ以上は話さなくていい。今は、休養と治療に専念してくれ。」
「は、はい。」
その兵士は恐怖で震えが来ており、目には涙が溜まっていた。ナイトは、この影響で兵士をやめたりする者も出て来るだろうと考えた。
彼は団員や兵士の様子を見ていると、向こうで治癒で負傷者を治療するリティの姿があった。彼女は、真珠の宝玉を光らせて負傷者の手当てに一生懸命だった。ナイトは、彼女の元へ行く。
「あ、お兄ちゃん!」
「リティ。お疲れ様。負傷者の状態は?」
「あまりにも酷いよ…。知性のある異獣が出て来たって…。」
「あぁ、それも今まで見た事の無い大きさだったと聞く。」
「うぅ…、怖い。」
リティの言う事は当然だ。六年前から騒がれている異獣は増加傾向…しかも南を主な拠点にしている。ラフィンナの南部を征するヴィルハン王国の挑発行動の繰り返しと負の連発である。
「お兄ちゃん、またヴィルハンの挑発が来たって…。」
「クソっ‼またか、いつになったら収まるんだ!」
「お、お兄ちゃん。声が大きいよ…。」
「…すまない。とりあえず、俺も手伝う。話は後だ。」
「うん。」
ナイトは、リティと共に負傷者の治療に当たった。治癒で傷などを癒し、食糧を運んだりと負傷者たちの為に救援活動に貢献した。その後に亡くなった団員や兵士たちの元へ…安置所へと向かう。
安置所には、遺体が何体も置かれ、家族や親子…恋人などを失ってしまった人たちは涙を流して、時には大声でなく子供の姿があった。彼は、これまでも何百と言う兵士の遺体を見て来た。異獣の深刻さ、愛する人を失う悲しみを物語っている。
父を亡くした当時、泣く事を忘れてしまったナイト。彼の心は、今までない悲しさに堕ちた。十二まで「家族を失う」と言う事がなった為、その当時は絶望の底に堕ちた。泣きたいが、憎しみと憎悪が増えるばかり…そして、今の彼へと変わった。
ナイトは安置所を後にして、自警団の会議室へと向かい、会議を開いた。まずは、王都の警備担当の団員から報告を受ける。
「今日は、騎士学校の者が白髪の少女が狙われる事案が起きました。」
「…っ!…それで、どうなった?」
「それが、その少女は雷槍で対応したそうです。騎士学校の生徒二人には、命の別状はなかったのですが…。その…。」
「どうした?」
「目撃者に寄れば、少女の私物の何かが光ったと言うのです。噂では、あの一族が持つペンダントではないかと…。」
「…そうか…。」
ナイトは、狙われた少女が誰かが直ぐに察する。そして、ペンダントが光った理由も。しかし、疑問が浮かんだ。
“あいつ…、自分の力を忘れたのか?いや、そんなはずは無い…”
「……考えがある。」
ナイトは、そう言い話を続けた。
「その少女は一体、何者だ?」
「え、えっと……名前は聞きそびれてしまいましたが、魔導・杖騎士学校で騒がせている生徒だと言う事です。」
「やはり、か…。なら、潜入部隊を作る。彼女の事を調べるのだ。」
「ナイト様…。どうして、そこまで?」
ナイトは一息ついて、団員たちに事情を話し始めた。
「もしかしたら、彼女は俺の知る人物の可能性が高い。それと、ペンダントがあれば何か特徴があるはずだ。一致すれば、鍵となる。」
会議を終え、自分の部屋に戻る際中でナイトはナシィーに会う。
「母上…これからどこに?」
「ナイト、丁度良かったわ。貴方に知らせたい事があって。」
「知らせたい事?何。」
ナイトはぶっきらぼうになるが、ナシィーは気にせずに話をする。
「宝玉からお告げがあったわ。結界が弱まっているみたいなの…あの子の力が必要とされるわ。」
「実は、丁度自警団の会議で魔導・杖騎士学校へ潜入調査をする事になっているんだ。」
「そう。…私は、あの子をいつか城へ迎え入れたいと思っているの。」
「ふ~ん。母上が良いなら、それで良いんじゃない?」
ナイトはそう言って、廊下を歩いて行き部屋へと行ってしまった。ナシィーは、切ない表情で彼の背中を見ていた。そして、その光景を辛そうに見るリティの姿も…。
ナイトは部屋に入り、ため息をついて自問自答していた。
“まただ…。何故、素直に言えなかったんだ。母親に迷惑をかけないんじゃなかったのか⁈……とにかく、今は成すべき事をやるだけだ。”
夕食は自室で摂り、風呂を済ませたナイトは、再び机に向かって調べ物を始める。自警団の報告書以外にも目を向け、エルシィーダン軍や駐屯団、天馬・飛竜騎士兵団の報告書で、重要な部分を自分のノートに書き記した。分からない点は、本棚にて探し出して調べ物をした。
数十分後、ナイトは休憩に伝説に関する本を読んでいた。彼が読んでいたのは、「乙女の覚醒」に関するものだった。
『聖なる宝玉が王家に告げる時、危機迫る。大地で脅かす大いなる影…立ち向かうのは、導きの少女・ライリーと勇猛なる神官・ノア。二人は、激闘の末に大いなる影を打ち破り消滅させ、大地に新たな歴史を刻んだ。ライリーの宝剣が一族が…。ノアの王剣は後のエルシィーダン王家に伝わり、代々受け継いでいる。』
“そう言えば、母上からよくそんな話を聞いてもらったな。あいつも熱心に聞いていたな”
彼は、机にある少女との2ショットの写真立てを見る。彼女から教わった事は、たくさんある。だが、今は生きているかどうかも怪しい状況だ。彼女と同じ人物は見つかったと言うが、本当にそうであるのかが決め手となる。
迷っている場合…いや、迷っている時間は無かった。彼は、いずれ成長して国王となる身…一つの道をただ進んで行くだけであった。
翌日、ナイトはリティと共に第一壁である調査をしていた。
「お兄ちゃん。これから、何をするの?」
「…そうだな。宝玉を調査をするって感じだな。」
「確か、東西南北に置かれている結界を守っているって言う…。」
「そうだ。ライリーの勇者伝説は聞いた事、あるだろ?」
「うん。」
「ライリーの他にも魔法に長けた者たちがいた。赤の巫女、緑の巫女、青の神官だ。ライリーと共に王都に結界を設けた人物たちだ。」
「ていう事は、四大公家の人たちが宝玉を受け継いでいるって言うのがそう言う事なんだね。」
リティはそう言う。ナイトは頷いたが、こう言う。
「だけど…最近は、結界が弱まっている。赤、緑、青の公家も昔に結界を創る際には、代償で結界を強化する能力だけしか子孫に受け継がれない事となった。」
「そうなんだね…。じゃぁ、私たち王家も?」
「いや、実は俺たちの先祖も代償を持ったようなんだ。詳細は無いが、結界を強化するだけとなってしまった。」
「そうだったんだ。て事は、ライリーの子孫の皆が鍵となるって言う意味?」
「あぁ。お前の言う通りだ。恐らく、何者かがこの事を知っているうえで六年前の事件を起こしたに違いないと思っている。確信はしていないけど…。話はこれ位にして、南の宝玉を見に行くか。」
「他の宝玉は見なくて平気なの?」
「あぁ。異常はないってさ。…ほら、行くぞ。」
ナイトはそう言って、飛翔を発動し、リティと共に南の方へ向かった。彼女は、町の様子を見て今日も平和である事にホッとする。
到着すると、置かれている金剛の宝玉には小さな罅がいくつもあった。
「お兄ちゃん。罅が入っている様だけど…。」
「そのようだな。一族が滅んだと言われているのもこの宝玉に異変が生じたからだろう。でも、一族が生き残っていると言うかの様に、輝いている。諦めない心の様に……。」
「ねぇ、お母さんに相談してみようよ!きっと、何か分かるよ!」
「リティが言うなら、そうしてみようか。」
「ありがとう!……お兄ちゃん。気になったんだけど、この宝玉が置かれている場所には、剣を刺す台座があるようだけど…。」
「そうだったな。お前が見るのは初めてか。これは、結界の儀を行う時に使われるんだ。昔は、王剣で行われたようだけど、今はできないんだ。ライリーの宝剣が儀式を行う際に使われるんだ。普段は、立ち入りは禁止だ。」
「へぇ~、凄い。神聖な場所なんだね。」
二人は話しながら、王城へと戻った。ナイトは、ナシィーと共に会議に出席。その間、リティは「ある場所」へと向かった。