第四夜 自警団団長の王子
ジェンたちが通う魔導・杖騎士学校の屋上にいた少年は一体、誰なのだろうか?
魔導・杖騎士学校の屋根上で、深緑の髪と青緑色の瞳が特徴の少年・ナイトは、訓練所にいる彼らを見ていた。
母上の言う通りだ。あいつが生きているのは、確かだ。けど、嬉しい事と悲しい事が同時に襲いかかるって何だ?とナイトはそう考えていた。
そこへクリーム色の髪に瞳が蛍色でツインテールが特徴の少女が彼の元に来た。
「お兄ちゃん。」
「リティ…。そろそろ、時間だったか。城に戻ろう。」
「うん。」
――俺は、ナイアルト・エルシィーダン。エルシィーダン王国第一王権の王子であり、リティの兄だ。皆からは、「ナイト」と呼ばれ、「騎士」と言う意味を持つ。現在、この王国は母上が統治しており、民は平和で安全な暮らしをしている。
しかし、六年前から緊張した空気となっている。南の町を統治していた貴族が何者かにより、町の人々一人残らず壊滅した。それからだ…。
南東を中心に異獣が現れ、人々に危害を加えて来た。母上は、東、西、北の町を治める貴族と共に王都や郊外の町の結界を強化した。
だが、一年前、王都を守る駐屯団から緊急要請が入った為、俺は父上と共に異獣に対抗すべく出陣した。異獣と戦っていた際、父上は蜈蚣型の異獣の手にかかり、死んだ…。俺の目の前で、父上は蜈蚣型に体を砕かれた。
俺の怒りが心の底からあふれ出し、心を鬼にした。父上から授かった『王剣』の金剛が赤く強く光った。俺は、怒りをぶつける為に父上を殺した蜈蚣型を王剣で粉々に切り裂いた。同時に、異獣に対する恨みは果てしないものとなった。
そんな中、母上が『あいつ』が生きていると聞き、真意を確かめる為に魔導・杖騎士学校へ向かった訳だ。――
エルシィーダン王城の王の間へ向かうと、ナイトと同じ色の瞳とリティと同じ髪を持つ女王…ナイトとリティの母は、彼の名を呼んだ。
「ナイト、どうだった?」
「母上の言う通りだ。疑った事はすまない。」
「いいえ。無理もないわ。」
「……母上、これから剣の稽古に向かう。年末大会の事もあるから、先に失礼する。」
「無理はしないでね。」
ナイトが王の間を後にすると、リティの表情は切なさを帯びる。
「お母さん。お兄ちゃんを何とかできないのかな?」
母・ナシィーは、リティの言う事は分からない訳では無かった。しかし、母として息子をどうにかしようと働きかけたが、変化はなく…どうすれば良いか悩むばかりだった。
「そうね。もしかしたら、あの子がナイトの心を元に戻すきっかけになるかもしれないわ。」
「あの子って…。…私に出来る事は無いのかな?」
「ナイトは、リティはいつも笑っていてくれれば良いって言ったいたけど…心配よね。」
「うん。お兄ちゃんを放って置けない…。前みたいに優しいけど、面白くて威厳のある方が良い。今は、怖くて…嫌。」
ナイトは、一人で王城内にある訓練所にて、王剣を抜刀して素振りを始めた。
「はっ‼」
剣筋に乱れはなく、息もバッチリで力加減も器用に使いこなす。剣術は、殆どの者が右利きであるが、彼は珍しい左利きである。戦闘で右利きの者は、斬り込みを上手くできないと言う事がよくある。
幼い頃、彼がずっと思って来たもの…それは―
『民の為に、平和の為に、剣を振るう』
だが、今は異獣に対しての恨みで精いっぱいである。その心は、彼のあらゆる感情を薄くさせてしまった。さらに、異獣との戦闘になれば、無意識に別人と思えるほどになり、エスカレートすると「戦闘狂」にまでなってしまう。これは、民は勿論…母親すら知らない…妹のみしか見ていない彼の姿だ。
剣の稽古をしている時…、彼の元に伝令兵が駆け込む。ナイトはそれに気付き、素振りを止める。
「どうした?」
「実は―」
ナイトは伝令兵の情報を聞き、表情を引き締める。すぐさま、彼は駆け出し、第一壁の南東側へ、自警団を集めて到着する。駐屯団の報告では、天馬・飛竜騎士兵団で現在、一km先にある平原にて異獣の対処を行っているとの事だ。
「ナイト様、出陣準備が整いました。」
自警団団員がそう言うと、ナイトは王剣を抜刀して言う。
「何としても、王都を守るぞ。…自警団、出陣!」
『おぉ‼』
自警団は、壁を飛び降りて飛翔で宙を駆けて行く。ナイトは、リティに「なるべく、後ろにいろ」と言う。リティは、杖の真珠の宝玉を薙刀に変形させる。団員は、剣に槍、斧…魔法弓、魔導書と短剣、杖を手に戦場へ向かう。
空を駆ける事、数分…空を飛ぶ異獣・鴉型の群れが青空に黒く写される。リティは、それに気付きナイトに言う。
「お兄ちゃん、鴉型が!」
「分かっている。……全員、戦闘を開始する!」
そう言うと、ナイトは切り替えて鴉型の群れに突っ込み、素早い剣筋で異獣を討伐する。リティも、薙刀を振るって、鴉型を討伐する。団員たちも群れを殲滅させてゆく。そして、一同は目的の戦場に着いた。天馬・飛竜騎士兵団の姿があり、懸命に戦っていた。
しかし、彼らが来る前に戦死した者もいた。美しい平原に、戦死した兵士や天馬、飛竜の血が赤く染めている。体だけが食われた者や体を砕かれた者と残酷な殺された方をされていた。
ナイトは、王剣の剣柄を強く握りしめて、地上にいる蜈蚣型と蜘蛛型の異獣の元へ行き―
「貴様はそこで、朽ち果てろ‼」
と言い、王剣で二体の体を分断したり、粉々にした。彼の体に返り血がつくが、それを気にせず…いや、戦闘狂と化して異獣の群れのボスとされる大きな鴉型の異獣の元へ行く。
「お前か…。俺には、絶対に勝てねぇ…。」
そう言うと、鴉型は足の爪で攻撃をして来る。ナイトは、避けて斬りかかろうとするが、奴は翼をはためかせて近づけさせない様にしている。
…ったく!風で近づけさせないか…。とナイトは考える。
彼は、王剣の刃に氷雪を着用させて、氷雪魔法弾を放ち、奴の脚を凍らせ凍傷させる。そして、追撃に風刃を二発放ち、奴の左右の足を斬った。奴は、傷を負った事により悲鳴を上げる。
さらに、ナイトは王剣の鍔の金剛を青白く光らせると、奴の体を一気に粉々に切り裂いた。同時に、血飛沫が舞って平原を赤く染めた。すると、長が倒れたのか、異獣は引き返して行き、姿を消した。
去れば良い。今度来たら、一匹残らず切り殺してやる…。と非道であるもナイトはそう思った。
王城へ戻り、服を着替えた彼は自分の部屋に向かった。青系の色で統一された彼の部屋は、机にはとある少女と自分の幼き頃の写真、本棚にはたくさんの本…王宮専用のベッドがあった。
さてと、六年前の自警団の報告書を調べるか…。
ナイトはそう思って、机に過去の自警団の報告書を置き、じっくりと読み込んで行く。
あの事件は、国も混乱していたからな。ましてや、生存者が一人もいないと言う…。情報は、なるべく多く欲しいんだが…。と思いながら彼は調べて行く。
さらに読み進んで行ってみると―
【現在まで、異獣は増加傾向…フィーメ事件以来である。その為、事件の真相は未だに見つかっていない。】
【事件当時、王都でも殺人事件が起きた。不審な集団がとある一家に押し入り、女性一人と男性四人が死亡した。逃走していた生き残りの一人は、仮面をかぶった青年により捕まり、四人を殺害した少女は正当防衛と見なされた。が、その男は牢屋で自殺を図り、動機は闇の中に…。】
【エルシィーダンの結界がここの所、衰弱化している。さらに、吸血鬼や人狼、竜人の一族にも被害が及び。吸血鬼は、六年前から消息が不明。】
ナイトは、物体浮遊で本棚にあるラフィンナに関する本を自分の手まで持って来た。ずっと気になっていた本で、題名には「幾多の伝説」と書かれていている。それを開いて、調べるとこう書かれていた。
『人類の祖は、天にあり。導きの少女・ライリーは、神の魂を持つ神官・ノアと共に、かつてラフィンナに封印された邪悪なる者を消滅させた。これは、人類がこの地で暮らし始めるきっかけとなる伝説…。ノアとライリーは、五つの宝玉を使って結界を創った。そして、赤の巫女、緑の巫女、青の神官…天界王族にそれぞれ宝玉を渡し、彼女は金剛の宝玉を受け継いで行く事となる。』
五つの宝玉が王都にあるのも、結界の強化と守護をする役目を持つのか…。最近、弱くなっているもんな。あの結界がなくなったら、大変だな…。
ナイトはそう考えた後も、無我夢中でその本を読んで行った。
数時間後、ナイトは夕食を部屋で済ませてバルコニーで夕焼けを眺めていた。夕焼けは、徐々に星空が見える夜へと変化する。
昔…よく、あいつと星空を眺めていたっけな?懐かしいな。
そう思う彼であったが、もう二度と昔の様に楽しい事が無くなってしまったと思うと悲しみが込み上げて来る。ナイトは、涙ぐみながらもそれを必死に堪えていた。