第三十九夜 代償を受ける覚悟
王都が七年前以前の盛り上がりを見せつつあった。その頃の保健所では…。
「……っ。」
ジェンは、ゆっくりと目を開ける。しかし、まだ疲労を感じる。
「目が覚めた?」
「シーガ…、ナイトは?」
「大丈夫。ナイト君は少し忙しくて…。」
「そう…。」
ジェンは、ナイトが忙しくしているのを心配する。シーガは隣のベッドから降りて、彼女のベッドの近くにある椅子に座る。
「そんな顔しない方が良いよ。ジェンちゃんは、前向きな顔が似合うよ。」
「シーガ…。あ、ありがとう。」
「いいえ。どういたしまして♪」
「わっ!」
シーガは、ジェンを抱きしめる。彼女は驚いて、何だろうと思った。
「良かったよ。…相変わらず、髪はふわふわ。」
「シーガ…、恥ずかしいからやめて。」
「おっ、ジェンちゃん。そう言って来たか…。でも、敬語もなくなって良かったよ。前のジェンちゃんに戻ったんだね。」
シーガはそう言って、抱きしめるのを止める。
「うん。記憶は、まだなんだけど…。人格は、一つに戻ったみたい。」
「そっか…良かったぁ。ナイト君、安心するかもね。でも、無茶したって少し気分損ねさせているよ?」
「それは、悪かったって思っているよ。それに、儀式に代償を受けたから…良いの。」
「代償?」
シーガはそう問うと、ジェンは代償で「頬骨の金剛(ダイヤモンド」」と「魔力疲労」の事を話した。頬骨の件はともかく、疲労の事でシーガは気まずい表情をする。
「ちょっと‼……あぁ、ナイト君が知ったら間違いなくヤバい…。」
「え?どういう事?」
「魔力疲労って、下手したらしばらく魔法が弱体化するんだよ?」
「大丈夫。」
「そう言う問題じゃないんだって!」
「な、何でシーガがそんな事を言うの?私が決めた事なんだから…。」
ジェンがそう言うと、シーガは服を脱いで上半身を露わにする。そして、彼女の方に背中を向ける。
「……っ‼その傷…、どうしたの?」
「これは、吸血鬼の一族が滅ぼされた時に負った傷だ。背中だけじゃない…。吸血鬼は強靭な体を持っているから、腕や脚にも傷を負わされた。」
彼の言葉に、ジェンは思い出した。彼を始めてみた時、露わになっている腕や膝下に薄く傷跡がある事を…。シーガは、この事をアンネには既に伝えてあったと言う。
「これだけじゃない。首もだ。殺されそうになった時につけられた。親父が助けて、俺を逃がした事を…今でも思い出す。」
確かに、彼の首には縄の絞め跡があった。それを隠す為に首にチョーカーをつけていたのを思うと、辛い目に遭ったのかと胸が痛む。
「だから、俺みたいに皆が傷つくのはもうごめんだ。だから……、ジェンちゃん?」
彼が振り返ると、ジェンは涙を流していた。
思い出した…。シーガ…、九年前に滅ぼされたと言われた吸血鬼の生き残り…。辛かったでしょうに…。私が助けに行くのが、遅かったから…。
ジェンはその後悔に涙が止まらなくなった。
「……なさい。…ごめんなさい、私が助けに行くのが遅かったから、あんな事に。」
「違うよ。ジェンちゃんのせいじゃないよ。俺も、まだ武器を持てない年齢だったから。……そんなに泣かないで、ジェンちゃんが前に言ってたでしょ?前を向いて、歩いて欲しいって。」
「シーガ…。そうね。ぐしゅ…。」
ジェンは自分が言っておいて何か恥ずかしいと感じてしまった。
アンネとソルは、ジェンとシーガの見舞い品を持って、話をしながら保健所に向かっていた。
「本当に、結界が出来て良かったぜ。」
「そうね。……ソル…あの時、私の代わりに出陣してくれてありがとう…。」
「礼を言われるのは嬉しいが、本当に礼を言うのは俺の方だ。こちらこそ、ありがとうな!」
「ど、どういたしまして…。」
アンネはそう言って、ジェンとシーガがいる入院室のドアのノブに手をかける。
「さぁ、入ろ…って、シーガぁぁぁぁ‼」
「うわぁ‼」
アンネの怒鳴りに、シーガはビビる。ジェンを抱きしめていた事で、アンネは純粋過ぎるジェンにとって悪影響だと怒る。
「アンネ、ソル‼来ていたのね。って、アンネ…何を怒っているの?」
ジェンの発言にソルは少し呆れて、内心こう思った。
相変わらず、天然さは抜けていないなぁ。
数分後、アンネの怒りが治まり、四人は話を始める。アンネとソルは、ジェンの魔力疲労に驚く。
「無事で良かったが、魔力疲労は問題だぞ…。」
「と言うより、ナイトはこの事を知っているの?」
「分からないわ。」
ジェンがそう言うと―
「知ってる。」
「フーティ先輩‼」
入院室の入り口でフーティの姿があった。そして―
「ジェンちゃん!シーガちゃん!」
「ペラリ先輩まで‼」
二人は、四人の元へ来る。フーティは、彼らにジェンの視力について話す。
「ジェンの魔力疲労の事は、ナイトは分かっていた。ナシィー様は、覚醒の宝玉を通じて分かっていたみたいだが、その代償はジェン自身が受け入れるかどうかが関わると。」
「正直、私もびっくりしたよ。……でも、ジェンちゃんは受け入れたのね。」
ペラリの言葉に、ジェンは頷いて言う。
「はい。それに、人格も戻った事で…吸血鬼の一族や残りの三つの種族…四大公家の三家の事も思い出して来てるよ。」
「良かった!リアフも聞いたら、安心ね。今日も、お兄さんに説教していてさ。」
ペラリの言葉を聞いて、四人は「なるほど」と内心思いつつ、呆れた顔になる。すると、フーティはジェンに話す。
「ジェン。しばらく、無茶は止せ。良いな。」
「はい。あ、ありがとう。」
「それと、歩くのにも負担がかかるだろう。だから、車いすと言うヤツを使え。」
「は、はい。」
翌日。ジェンとシーガは、保健所から外へ出る事ができた。ジェンの車いすに座る姿や敬語を使わなくなった事に、学校の生徒らは驚いてしまったが、彼女は「こんな姿でも、皆が楽しい生活を送れていれば安心するよ」と言う。クラスでも訓練所でも明るく振る舞う彼女の姿を屋根から見ていたナイトは、切ない眼差しを向けてこう思った。
あんなに幸せそうに笑っているのに…。俺は、何て事を言ってしまったんだ。
「ナイト君。」
「あぁ、シーガか。いや、ジェンが元に戻り始めていると聞いて戻って来たんだ。」
ナイトはそう言って、様子を見続ける。シーガは彼の背中を見て、言う。
「……魔力疲労の事が気になるの?」
「…まったく、君には見抜かれるね。……まぁな。でも、ジェンが受け止めるのを決めていたなら…仕方ないかもしれないが…。けど、魔力疲労だけじゃない、他にも原因があるんだ。」
「?どう言う……もしかして!」
「あぁ。あの時、強烈な攻撃によるものだ。母上も宝玉を通じて知った。」
実は、巨大な異獣から放たれた攻撃は、ジェンに直撃していた。結界を創り終えたばかりの彼女は防御で守ったが、一歩遅く…攻撃の衝撃を受け止めきれなかったのだ。
治癒で完治したが、魔力回復だけが出来なかった。
「じゃぁ、ジェンちゃんが魔力疲労している今でも…。」
「あぁ。結界があっても、王都の外は…まだ、地獄だ。」
ナイトは、鋭い眼差しを空へと向けた。
その頃、リティはナシィーと共に部屋にいた。
「お母さん。結界は、無事に完成したけど、まだこれで終わりじゃないってどういう事?」
「王都の外は、一次結界がまだ完成していないの。王都のは二次結界と言って、とても強力なの。一次結界は、異獣の侵入を拒ませる役割を持っているの。」
ナシィーはそう説明した。
「じゃぁ、七年前に異獣が稀に第一壁まで来るって事は。一次結界の復元も必要なの?」
「残念だけど、そうみたい。」
ナシィーはそう言った。リティは、母から知らされたジェンの魔力疲労に関しての事で少し疑問に思った。
待って。じゃぁ、何で疲労は完治していないの?……何か、嫌な事が起こりそう。
リティと同じく、ソルもだった。彼は授業中、窓際の席で一人空を見て思った。
嫌な事が起こりそうな気がする。それに、フーティ先輩の左目…何か、邪悪な魔力を感じたが…。
それから、ジェンは車いす生活をしたまま学校生活を送り始め、数日は経とうとしていた。ある日、ジェンとナイトは仲間と共に、食堂で楽しく食事を摂っていた。
「……ふふ、それにしても、貴方は自分の事を俺って言う様になったのね。僕って言っていた幼い時とこの間が可愛く見えちゃうよ。成長して、男らしくなったね。」
ジェンはナイトの変わった部分に気付いて、微笑んで言った。ナイトは、恥ずかしくなった。
「ジェ、ジェン⁈お、お前、恥ずかしい事を言うな!それに、男に可愛いは無いだろ‼」
「あっはは、照れてる!」
「照れてねぇし‼」
二人は言い合いをしたが、最後はお互いに笑い合った。こうして冗談を言いながら笑う事が、二人にとって久しぶりで懐かしく感じた。
夏休みは、あっと言う間に過ぎてしまった。まだ、夏休み明けを感じないジェンたちは、学校にて新学期を過ごすのに少々苦戦した。授業に遅刻しそうだったり、授業中にボーっとしてしまったりと、しばしば…。
ジェンは歩けるほどまで回復し、体力も戻りつつあるが、過度な運動は避ける様に医者に言われた。
ある日、ジェンたち二学年は荷馬車で、とある場所へ移動していた。今日から二泊三日、実際に外の実習で比較的、異獣が来ない森で地上戦、空中戦訓練を行うのだった。




