第三十夜 パーティー開始直前
アンネ、シーガ、ソル、ヴィルが着替えをしている同時刻。
ジェンは、ナイトから案内をしてもらっていた。廊下の窓からは、優しく降る雪が見え、街の明かりがオレンジの宝石のように輝いている。
「本当に、僕の事を覚えていないのか?…本当の事を話してくれる?」
ナイトは歩きながら、ジェンに問う。彼女は一瞬だけ戸惑ったが、彼の願いにこたえる為に正直に話す。
「一部は…思い出してはいますが、完全な所までには至っていません。」
「そうなんだね。……でも、思い出した記憶って、どんなものだった?」
「星を見たりしていた時の事です。晴れた夜空がとても綺麗だったのを…。」
「懐かしいな…。よく二人で、星を見に行っていたよ。暖かい物を羽織って行って、時々、偶然寝ていて気付いたら朝を迎えていたって事もあった。」
ジェンは、自身で初めて聞く自分の過去の出来事を聞いて、「そうだったのか」と思った。そして、ナイトはとある部屋の扉の前で歩みを止める。
「ナイト王子?」
「実は、ここが君の部屋なんだ。」
彼はそう言いながら、部屋のドアを開ける。部屋は明かりがついてはいないが、少女の部屋だとすぐに判断できる。ナイトは部屋の明かりをつけ、ジェンを部屋に招き入れた。
部屋のベッドには、可愛らしいクマとヒツジのぬいぐるみがあり、机には十三歳で学ぶような魔法学や勉学の本が置いてあった。さらに、そこには家族と思わせる写真立てがあった。彼女は、写真立てをそっと手にすると、ナイトは写真について話す。
「真ん中に写っているのが、君だよ。その右隣は、お姉さん。左隣が弟さん。後ろにいるのがお兄さん。君の前にいるのが妹さん。背後に立っているのは、君のご両親さ。」
「……私の、家族、ですか?」
「うん。ここは、七年前のままの状態だよ。掃除は、執事やメイドに任せてしまっているけど、君がいつか戻って来ると信じていたんだ。」
「戻って来る?」
「そう。…実は、その…記憶に無い事かもしれないけど、七年前の事件の前…君に酷い事を言ってしまったんだ。許してくれ…。」
ナイトは、ジェンに謝った。記憶が無くても、酷い事を言ってしまった自分に、ナイトは反省をした。しかし、ジェンは怒る事も無く微笑んでこう言った。
「…もし、今、私の記憶が戻ったとしても、貴方に怒る事も無いと思います。」
「え?」
「兄様から聞いたのですが、貴方は別れる度に泣いて私を引き留めていた程と。」
そう言われたナイトは、恥ずかしくなり頬を赤くするが、切り替えて話をする。
「そ、そうだったかな?……それで、これからどうするんだ?まだ、学校に通い続けるみたいだし…。」
「そうですね。卒業後は、自警団へ入団いたします。いつもお世話になっていますし、今何が起きているのかも知りたいのです!」
……やっぱり、昔のままだね。正直な部分とか、人一倍の思いやり…けど、無理し過ぎな所もある、とナイトは感じる。
「そうなんだ。嬉しいよ。団員数は、最近は増えて行く一方で凄いよ。……あと、もう少しでパーティーが始まるね。着替えとかを用意するよ。ヘアデザインとかは、城の者に任せて良いから。」
「は、はい。ドレス……初めてです。」
実際、何度かドレスは着たことのある彼女だが、まだ思い出せていない様だ。ナイトは、メイドたちやヘアスタイリストを呼び、部屋の外に出た。
その頃、着替えやドレスアップなどができたアンネ、ソル、シーガ、ヴィルは、リティとナシィーから話を受けていた。
「え?どういう事ですか?」
アンネは、ナシィーに質問する。彼女は、こう答える。
「ナイトに寄れば、ジェンは、精神の世界にて昔の彼女の雰囲気があったと言います。詳しい事を聞いてみたら、貴方たちが普段見ている彼女とは全く違う人格だと言うのです。」
「?どういう事だ、ナシィーさん。」
ヴィルは、妹に何かあったのかと思った。
「六年前、あの事件が起きた事によりジェンは二人いるのです。」
「二人?……え?まさか、二重人格と言うのですか⁈」
ソルは確信はなかったが、ナシィーは頷いた。その事により、四人は驚く。
「ナシィーちゃん。その、もう一人のジェンちゃんってどんな子なの?」
シーガの質問に、ナシィーはこう答えた。
事件が起きた当時、目の前でジェンにとって、最悪で、悲惨で、残酷な事が起き、同時に脳内に衝動的にもう一人の自分を生み出した。それが、勇ましい今の彼女。
元々は、少女らしく言葉遣いも今のように敬語ではなく、誰にでもフレンドリーに接し、今と同じ様に悪事には正面から止めに掛かっていた。だが、ショックな事が起き、自分の命の危機に精神的にも追い詰められた。そこで、無意識に自分を守る存在……事件の悲惨さや弱い自分を封じ込めるべく…今の彼女が形成された。
「この、覚醒の宝玉からそう話を聞きました。」
「覚醒の宝玉?」
ナシィーの言葉に、アンネは首を傾げる。リティは、宝玉について説明する。
「真実や予言、王都の結界の様子を見る事ができるの。でも、本当はね。…この世界に滅びが迫る時、王剣を携えし者は、覚醒の宝玉をラーフの神殿の祭壇に捧げ、剣の試練に挑め…さすれば、ラーフの目覚めにより、魔法の覚醒が起こるだろうって。」
「それは、確か、伝説にも話されているんですよね?」
「はい。ですが、今は、ヴィルハン王国に狙いを付けられています。ラーフ様の目覚めを呼ぶだけではなく、滅びを呼ぶ邪悪な飛竜を呼び覚ます為でもあると言われています。」
「ハンヴィルですか…。」
ヴィルの言葉に、シーガは「世界を破滅させ、世を暗黒・暗黙・虚無へと包み込む恐ろしく巨大な飛竜」だとアンネとソルに説明する。二人は、ハンヴィルと言う言葉を知ってはいたが詳しい事は聞いていない為、少し、恐怖が出て来る。
その飛竜が出て来ちゃったら、終わりって事⁈
アンネは、そう思った。
数分後…。ジェンは、ドレスに着替えた。メイドたちとヘアスタイリストが部屋から出て行くと、同時に王子の正装をしたナイトが入って来る。彼はジェンの姿を見て、言葉を失う。
彼女は、シンプルな薄緑色のドレスを着ていた。髪型もアップされており、程良く化粧やアクセサリーも身に付けていた。惜しくも顔に「あの時」の傷跡はあるが。
そして、大会で授与された冠を被っていた。これは、伝統で毎年勝利した学校の選手をパーティーに招き、選手代表は黄金の月桂樹の冠を被るのだ。
「あ、あの…ナイト王子…。どうされましたか?」
ジェンに声を掛けられ、彼は我に返って言う。
「いや、その…久しぶりに見て、綺麗だなと。」
「綺麗?そうでしょうか?」
ジェンはそう言う。ナイトは、新年になる前にヴィルから手紙をもらい、その内容に少々驚いた。
【ジェンには、特別な感情が芽生えていない…】
と書かれていたのだ。
母上の言っている事が本当なら…、そうかもしれない。とナイトは信じるしか無かった。
「あ、あぁ。……それより、君の友人の所に行こう。さぁ、行くよ。」
ナイトは彼女の手を取り、歩き始めた。ジェンは、「ありがとう」と純粋な気持ちでそう言った。彼は廊下を歩いている最中、顔を赤くしていたかもしれない。
アンネとシーガたちがいる部屋では、先程の話を頭の奥にしまいジェンとナイトが来るのを待っていた。
「ジェンは、どんなドレスで来るのかな?」
アンネがそう言うと、リティがこう言って来た。
「実は、お兄ちゃんが選んだドレスを着て来るみたいよ。あっ、でも、ジェンさん本人には内緒!」
「ナ、ナイト王子自ら⁈」
「へぇ~。良い事聞いちゃった!」
リティの後ろにいたシーガは、いじわるそうな笑顔を浮かべていた。リティは彼が後ろにいるとは思わず、驚きの声を挙げた。
「シーガさん、驚かせないでよ‼」
「ごめん、ごめん。まぁ、俺もその話を内緒にしているけど、バレたって…ジェンちゃんは純粋だから、感謝の言葉を言ってくれるし。それに、ナイト君の照れている姿を見たいし。」
「シーガ君、人をそんなにからかわないの!」
「いいじゃん。これは、コミュニケーションの一環!」
「もう…。」
すると、丁度良い時に部屋のドアが開いた。ナイトと、その後ろに彼女がいた。
「ジェン!」
アンネは彼女の元へ行き、ドレス姿を称賛する。ジェンもアンネのドレス姿を褒める。アンネが着ているのは薄桃色のドレスだ。それは、可愛らしくかつアンネ自信を美しくさせている。すると、アンネの横からシーガが入り、ジェンにこう言う。
「実はね。ジェンちゃんが着ているドレスは、ナイト君が選んだんだよ。ねぇ、ナイト君!」
「…っ‼お、おい、シーガ‼言うなっつてんだろぉ‼」
ナイトは頬を赤くして、シーガに怒り、反撃する。
「お、お前だって、アンネさんのドレスを選んだじゃないか⁈」
「えぇ‼」
ナイトの言葉にアンネは驚いた。すると、彼は珍しく恥ずかしがって言う。
「そ、それは‼うぅ…、ずるいよ、ナイト君‼」
これは、一体何の話でしょうか?でも、ナイト王子とシーガは仲が良いみたいですね。とジェンは思う。
「お二人とも、仲が良いのですね。」
ジェンはそう言ったが、ナイトとシーガは共に反応して―
『はぁ⁈』
ジェンのド天然発言か…。こういう場は、良いかもしれないな。
と、ソルは、その場を見守る事にした。ヴィルもソルと同じく、その場を見守った。




