第二十八夜 年末大会、安泰へ
ジェンは、ナイトの精神の世界へ来ていた。
精神の世界は、人の心の状態を具現化させた場所である。それぞれの人間が描く精神の世界は違うが、闇に閉じ込められたり、取り込まれたりすると、禍々しい風景に包まれてしまう。
彼女は、ゆっくりと宙から降りて行く道中で、黒のしみに覆われ、座って縮こまり、怯える彼の姿があった。ジェンは地面へ降り立つが、どう接したらよいか分からない状態だ。すると、誰か背中を優しく押して彼女を前へ進ませる。振り返ると、三十歳くらいの男性の様な形をした何かが立っていた。
ジェンは、勇気をもって彼に話しかけてみた。
「ナイト王子殿…。」
「…誰だ。」
「私は、ジェンレヴィと申します。貴殿にお話をしたいと思い、参りました。」
ジェンは正直に伝えるが―
「話?くだらねぇ。言っておくが、俺は誰の指図も受けない!」
「指図するつもりはございません。貴方の身を危険に晒す闇を晴らす為だけに、来たのです。」
「闇か…。…っ、笑わせる。俺は一人で何とかなる。邪魔はするな。」
ナイトの言葉には、ジェンの考えを一切受け入れないと言っているものだった。彼女は少しイラッと来た。
「邪魔ですって!一人で何とかなるって言っても、実際、貴殿は周りに危険を脅かしているのですよ‼リティにあんな態度を取って良かったのですか⁈」
「うるせぇ‼お前、何でリティの事を知っているんだよ?呼び捨てにしていたのは、お前と同じ名前の少女だけだ。良い気なっているんじゃねぇよ、この偽物が‼」
ナイトは剣を握って、ジェンに向かってくる。
「本当はそう思ってもいないくせに、そう言う事を言うのではありません‼」
ジェンは宝剣を強く握り、ナイトの刃と自分の刃をぶつけて火花を散らせる。
「本心だよ!今まで、俺は何もしていないのに、父は殺され、ヴィルハン王国との緊張関係が続いてんだよ‼」
「話が矛盾です!自分だけ、悪くないだなんての間違っています‼誰だって間違う…人間はそうなんです‼」
「黙れ……黙れ、黙れ黙れぇ‼俺は悪くない‼大切な物を奪った奴が悪いんだ‼」
「うっざたいです!自分だけ、正当化させる方が間違っている‼国王様を奪ったのは、異獣…貴殿と親しい少女を奪ったのは、謎の宗教団……。それに、――――だから……そんな貴殿は、本来全く違う人です。そんな姿で民の前に晒して恥ずかしくないのかよ‼‼」
ジェンは「ナイトが情けない」と思い、怒りが爆発し、ナイトの刃を自分の刃で押し返し、左手を拳にして彼の左頬を殴った。ナイトは、衝撃で剣を手放して地面へ尻餅し、左頬を押さえる。ジェンは、宝剣を地面に刺してこう言う。
「私だって、七年前の記憶が無い身です!本当は誰なのかって怯える事もありました!時に、怒った事もあります!……ですが、それを受け入れて前に進むべきでしょう?人間、誰しも困難や嫌な事、苦手な事が日常茶飯事にあり、それを試練として乗り越える事で強くなっていくんです!貴殿みたいに誰かのせいばかりして、自分を正当化する人間は強くもなんともない…ただの情けない男だ‼本来の貴殿の事、リティから聞きました。今のままで、良いのですか⁈……貴殿を心配する大切な人たちを、失っても良いのですか?」
彼女の言葉に彼の様子が変わった。
“情けない…。そうだな。…誰だって逃れたい事もある”
ナイトは、かつての自分がどうであったかを思い出した。
リティやナシィー、今亡き国王、民や親友の家族たち…幸せに囲まれて生活していた。なのに、異獣に対する復讐や憎しみに燃えて、いつしか囚われていた。今まで大切な物は与えられてばかりだった。ナシィーと国王に怒られた事もあったが、それは彼の為になった事ばかりだった。
「失う物なんてこの世にあるはずが無い」
それが、間違いだった。民は失いたくない友人、家族、愛する人を誰かによって奪われているのに、自分だけ満足していた。だから、亡くなった兵士の安置所では涙が出なかった。
彼はそう考えてゆくうちに、自然と涙が青緑色の瞳から流れ始めた。それは、とても悲しい表情だった。ジェンも彼の悲しみに涙を貯めていた。彼は、頭を抱えて言う。
「僕は…なんて、愚かな事をしたんだ…。君の言う通りだよ。でも、どうやって罪を償えば良いんだ?」
「…民の皆さんに全てを打ち明けるのです。貴殿へ呪いを掛けたのは、ヴィルハン王国によって洗脳された私の兄・ヴィルです。洗脳とはいえ、ご迷惑をかけてしまい…申し訳ありません。ですが、貴殿はこれから未来の為に貴殿なりに出来る事をやっていただきたいのです。」
「自分なりにって、そんな…。」
ナイトは、顔を挙げて心配そうに言う。
「大丈夫です。貴殿が出来ない事は、私や私の友人、貴殿の仲間たちが支えてくれます。……さぁ、帰りましょう!皆が待っています。」
ジェンは、宝剣を納め、笑顔で彼に手を差し伸べた。ナイトは、ゆっくりと手を伸ばして彼女の手を優しく握る。同時に、今までの暗い景色が、光り射す美しい景色へと戻った。
現実世界。リティとナシィー、自警団団員、観客が来ていた。実は、ナシィーが王の間にあった宝玉のお告げを聞いて、安全だと確信したからである。
リティとナシィーは、王族席ではなく、アンネ、ソル、シーガの元へ来ていた。
「皆さん、大丈夫?」
リティが三人の元へ駆け寄り、心配する。三人は笑顔で言う。
「リティ王女…。大丈夫ですよ。お二方が無事で良かったです。」
「リティちゃんとナシィーちゃんが、皆を避難させてくれたおかげだよ。」
「そうですよ!俺たちもこうして無事でいられるんです。感謝です‼」
そう言った時、光が闘技場の天井の方に現れ、辺りを照らす。その中から、ジェンと彼女に抱えられ目を瞑っているナイトの姿があった。
「ジェン~‼」
アンネは、彼女が無事である事、ナイト王子を救った事に感動し涙を流して駆けつける。ジェンはゆっくりと地面へ足を着いて、ナイトを地面にそっと寝かせてから観客全員に言う。
「皆さん、お騒がせしまして申し訳ありませんでした。あの化け物は、ナイト王子への呪いが具現化したもの…。そして、その呪いを掛けたのは……ヴィルハン王国によって洗脳されたヴィルン殿によるものです。私はその者の妹である事…、皆様にご迷惑をかけた事をお詫び申し上げます!」
ジェンはそう言ってから、土下座をして闘技場にいる者すべて…民の全員に謝罪をした。数秒して、彼女は立ち上がり、続ける。
「ナイト王子の暴走は、彼の意思ではなく呪いによって起きた事であります。彼に悪気はないのです。どうか…彼を許してください!もし、許せないと言うのなら、私に殴り掛かっても…石を投げても構いません!彼と私の兄の責任は全て、私が取ります!」
すると、これまでの嫌な出来事や事件への怒りに燃えていた人たちが、彼女に向かって石を投げた。アンネ、ソル、シーガ、リティ、ナシィー、ジェンのクラスメイトらは、観客を止めるように呼び掛けるが、人々は耳を貸さず彼女に向けて石を投げ続ける。
ジェンは、石をぶつけられても立ち続けた。しかし、一つや二つは当たり所が悪く…頬や瞼に石が当たり、頬には鋭い石による小さく浅い傷がいくつもあった。その中に、アンネ、ソル、シーガ、リティ、ナシィーの目をかい潜り、ジェンへ刃を立て迫って来る者がいた。その者、男はジェンに左斜めから刃を振るった。
彼女は軽く避けたが、顔の鼻辺りに左斜めの大きな傷ができた。その傷から血が流れる。痛々しい傷のはずなのに、ジェンは何も言わない…。男は、その事に驚く。
「何故、避けない?」
「……。」
ジェンは黙っていると、彼女の左肩に手を置く者がいた。先程までに目覚めなかった王子・ナイトであった。彼は、ジェンに傷を負わせた男に向かってこう言う。
「じゃぁ、今すぐここで、殺してみろ‼」
『……っ!』
ナイトの言った言葉に石投げが止んだ。男は、躊躇し始める。ナイトは、男に凄まじい貫禄でこう言う。
「どうした?やるのか…やんねぇのか…どっちだよ?」
「も、申し訳ありませんでしたぁ~‼」
男は、震えながら一目散に逃げた。ナイトは、闘技場にいる民に言う。
「皆には、すまない事をした。僕は、必死に呪いと戦った。が、情けない事に一人では…無理だった。それに、家族までも巻き込んでしまった。こんな情けない僕だが、これからはこの国を平和へと導ける存在になりたい。だけど、それには皆の力が必要となる。苦しい事や嫌な事もあるかもしれないけど、共に生き抜いて行きたいんだ‼どうか、皆が持つ知恵や様々な力をこの国で発揮して欲しい‼お願いします‼」
ナイトは、そう言って土下座をした。観客の皆は、その光景に沈黙する。すると―
『ナイト王子に栄光あれ‼』
ジェンのクラスメイトら全員が一斉にそう言った。それは瞬く間に広がり、闘技場中に広がった。アンネ、ソル、シーガも言う。ナイトは、顔を挙げる。ジェンは、彼に微笑んで語り掛ける。
「貴殿は一人じゃない…その証拠ですよ。」
「……皆。」
「さぁ、ナイト殿…立ち上がりましょう。貴殿が立派な所を見せてあげてください。」
「…あ、あぁ!」
ナイトは立ち上がり、右腰に納められた王剣を抜刀し、天へ掲げた。同時に歓声が大きくなった。




